ウォルスの街並みとその歴史
「おお、近くで見ると、かなり強固な城壁だな。ここってそんなに危険な場所なのか?」
ウォルスの街は、バイゼンに負けないくらいの巨大な城壁に囲まれた街だった。間近に迫った城壁を見上げながら、俺は思わずそう呟く。
確かこの世界での城壁の役割は、俺の元いた世界とは違って戦争の為ではなくて外敵、つまり魔獣やジェムモンスター、野生動物なんかが街へ入ってこないようにするためのものだ。
ここまで強固な城壁を築くって事は、実はこのあたりには危険な魔獣や野生動物、ジェムモンスターなんかがいるのだろうか?
花見に浮かれてあまり周囲への警戒をしていなかったけど、実はまずかったのか?
今更ではあるが周囲を見回しながらそう考えていると、ハスフェルには俺の考えている事なんてお見通しだったみたいで、周りを見て慌てている俺を見て苦笑いしている。
「大丈夫だから安心しろ。今ではもうこの城壁はほぼ無用の長物だよ。外部からの襲撃があったのは昔の話だ」
何でもハスフェルの説明によると、昔は街の周囲に広がる大小の畑やあの栗林に、野生動物や魔獣、ジェムモンスターの襲撃が絶えなかったらしい。
そして、当然畑に来たそいつらは、街へも餌になるものを求めて侵入し始める。
当然だよな。街には無防備な人が大勢いて、肉食獣ならば人だって獲物になりうる。それに店には様々な作物が豊富にあるし、放置されているゴミを漁る奴だっているだろう。
その結果、集まった野生動物や魔獣やジェムモンスター達の街への侵入を防ぐ為に、城壁がどんどん強固なものになっていったのだそうだ。
「へえ、だけどカデリーの辺りも一大穀倉地帯だったけど、そっちはそこまでの被害は聞かなかったよな? ここと何が違うんだ?」
街道の東側には栗林が延々と広がり、街道の西側にはいくつもの畑が広がっている。
今は、作物が実っている畑と、まだ土が見えている畑がある。
農業についての知識は限りなく浅い俺だけど、雪解けの後に畑を耕して植え付けを始めたのなら、確かにまだ収穫するのは早い時期なのだろう事くらいは分かる。
見る限り、いくつかレタスっぽい葉物がそろそろ収穫かな? と思えるくらいで、あとはまだ、どれも小さい苗がびっしりと並んでいる程度だ。
「カデリーとの一番大きな違いは、ここの作物は種類がとんでもなく多いって事だな。その為、襲ってくる相手も多岐に渡るんだ」
「ああ、そういう事か。カデリーの辺りは米が中心で、しかも二期作だって言ってたから、ネズミの害獣が多かったのか。だけどここは、様々な種類の作物を同時に作っているから、襲ってくる側も種類が豊富な訳か」
妙な納得をして、改めて畑を見てみる。
「確かにここから見えるだけでも、作っている作物が何種類もあるな。そりゃあ農家さんも大変だ」
苦笑いをして、さっき見た街道の西側に広がる光景を思い出す。
このウォルスの街がある辺りから、街道の西側は西方草原地帯と呼ばれる平原が大きく広がっている。
ちなみに、リナさん一家の故郷である草原エルフが住んでいる村があるのが、この西方草原地帯だ。
まあ、村があるのはかなり奥地の山側に近い場所らしいけどさ。もちろん、俺はあんな所には絶対に近付かないよ。
「でも、巨大な城壁は壊すだけでも大変だからそのまま使われているわけか。成る程なあ」
感心したようにもう一度城壁を見上げてから、城壁に負けないくらいに巨大な城門へ向かった。
「ようこそウォルスの街へ。魔獣使い殿」
城門のところにいた警備の兵士に、ギルドカードを見せて街へ入る。
バイゼンの街は質実剛健って感じで、どっしりとした石造りの建物が多かったんだけど、この街はなんというか全体にもっと華やかだ。
まず、メインの道路と思しき広い通りに面した建物の壁が、白や黄色、時に青やピンクなど様々な色が塗られているのだ。
建物自体も、全体にバイゼンよりもこじんまりしていて、まるでおもちゃの街みたいだ。
「へえ、これはまた綺麗な街だな。この華やかな色には何か理由があるのか?」
これは初めてのパターンだったので、なんとなくそう呟くと、近くにいたオンハルトの爺さんが笑って通りに面した建物を指差した。
「そうだな、ちょっと昔語りをしてやろう。昔、この街がまだ小さかった頃に、ある仲の悪い二人の男がいた」
ちょっとわざとらしい口調で話し始めたオンハルトの爺さんを、思わず振り返る。
「それぞれ同じ時期に結婚したその男達は、表通りにそれぞれ家を建てた。一人が庭に木を植えれば、もう片方はさらに大きな木を植え花を植えた。相手が猫を飼ったと聞けば、もう片方は、大型犬と馬を飼った」
「何だよそれ。二人で張り合っていたわけか」
苦笑いしながら頷かれて、呆れた俺も笑う。
「同じ時期に子供がそれぞれの夫婦に生まれ、何故かその子供達同士は仲が良くなった」
「ええ、親を真似て仲が悪くなるかと思えば、仲が良かったんだ」
横で一緒に聞いていたハスフェルとギイが揃って頷いているから、彼らは間違いなくその時の状況を実際に知っているのだろう。
「だが、当然子供達の両親は面白くない。何とか仲違いさせようとするが、それどころかさらに仲が良くなり、子供達が揃いも揃って親を嫌い始める始末」
「あはは、何ともしっかりした子達だな」
笑った俺に、ハスフェルが道の先にある円形広場を示した。
「あれ? 子供の像が……あれがもしかして、その子達?」
どうやら小学校高学年か中学生くらいの少し大きめの子達のようだ。
何故かその像の子達が手にしているのは、どう見ても大きな刷毛。ペンキを塗る時に使う、あの刷毛だ。となると、もう片方の手に持っているバケツはペンキが入っているのだろう。
「ええと、つまり……ドユコト?」
「この地域には元々、春の祭りの前に華やかさを増すために、春の詩を書いてピンクや青に染めた看板を玄関先に立てる習慣があった。その二組の家も、当然毎年のように詩を詠み立て看板を作って、色の華やかさや詩の出来栄えを競い合っていた。街の人達も面白がって、今年はこっちが良いとか、あっちが良いとか言って楽しんでいたのさ」
笑いながらペンキを塗る振りをする三人。
「そのうちに、塗料作りを覚えた子供達が、面白がってお互いの家の壁を塗り始めた。親が怒るたびに子供達は面白がってさらに壁を塗り、屋根まで塗り始める始末」
「ところが、街の人達までがそれを見て面白がって真似をし始めたんだ」
「何だよそれ。街の人達、ノリが良すぎだ」
「そしてある年の春、両家の壁に大きな文字が書かれた。我らはいつも一緒! お父さんお母さんも仲良くして! ってな」
「子供にここまで言われては、さすがの親達も負けを認めた。それからは両家は和解して仲良くなった。そして、成長したその子達は、とても仲の良い子沢山の夫婦になった」
「おお、子供達は男の子と女の子だったのか」
「好きの気持ちを生涯貫いた彼らにちなんで、街の人達が春の祭り前に家の壁を塗り始めた。今でもずっと大通りの家は、どこも毎年春になると家の壁や塀を塗り替えるんだよ」
「今では、塗り替えそのものがお祭りになっていてな。街中で一斉に塗り始めて桜が咲く前に塗り終えるのが決まりなんだ」
「へえ、それでこんなにピカピカなんだ」
感心したように周りを見た俺だったよ。
「面白いなあ。街に歴史ありってわけか」
街の人達の大注目を集めつつ、見えてきた冒険者ギルドの建物に向かいながら、もう一度華やかな街並みを見回した俺だったよ。