今日の予定
「おはよう。今朝もなかなかに賑やかだったな」
「おはよう、相変わらず従魔達に大人気だなあ」
テントから顔を出した俺を振り返ったハスフェルとギイが、そう言って笑っている。
「あはは、確かに大人気なのは否定しないよ。モテる男は辛いなあ」
胸を張ってドヤ顔でそう言ってやる。
「確かにそうだが、そこに同族がいないのが残念だよなあ」
笑ったハスフェルの言葉に、呆気なく撃沈した俺だったよ。
「はあ、気を取り直して飯だ飯!」
なんとか自力で復活してそう言い、笑ったハスフェルとギイを殴る振りをしてからテントに戻る。ここは水場が無いのでサクラに綺麗にしてもらって身支度を整えれば準備完了だ。
それから、サクラに朝食メニューをいつものように大量に取り出してもらいかけて手を止めた。
「違うよな。そんなに出してどうするって。ううん、まだ頭の中の人数設定が大人数のままだよ」
苦笑いして、いつもよりもかなり少なめにサンドイッチや揚げ物などを取り出して机に並べた。
ベリー達には果物を出してやり、野郎四人とシャムエル様で黙々と朝食を食べ終え、テントを撤収したら出発だ。
「ええと、どうする? このまま街道を進んでウォルスの街まで行くか? それとも、転移の扉があるのならそっちへ行くのか?」
一応、この桜並木はウォルスの街まで続いているらしいので、出来ればそこまでは行っておきたい。
それにウォルスの街は栗の有名な産地らしく、年中栗を使ったお菓子や焼き栗があるって聞いたから、行ってみたいんだよな。生産地の本場の栗のお菓子ならシャムエル様も喜ぶだろうし、甘露煮とか焼き栗なんかなら俺も食べられるから是非ともまとめて買っておきたい。
マックスに飛び乗りながらそう尋ねると、ハスフェルは周りを見て無言になる。
「ううん、どうするかな。まあ、ウォルスの街から少し離れたところに一応転移の扉は二箇所ある。俺達はどちらでも構わないぞ」
「それなら、とりあえずウォルスの街へ行こう。行った事がない街だから行ってみたいし買い物したい」
「おう、そういう事なら構わないぞ。じゃあ出発だな。ここからならゆっくり進んでも昼くらいには街へ着けるぞ」
笑ったギイの言葉にオンハルトの爺さんも笑顔で頷き、今日のところはこのままウォルスの街へ行って宿を取るって事が決定した。
「街で買い物って、何を買うんだ? 作り置きはもうそれほど必要無いだろう?」
のんびりと花見をしながら街道を進んでいると、ギイが不思議そうにそう尋ねてきた。
「ああ、作り置きはまだまだあるんだけどさ。ウォルスの街って栗の名産地だって聞いたから、せっかくだから本場の栗を買っておこうかと思って。さすがに生の栗はもう無いだろうけど、加工品やお菓子はありそうだからさ」
「ケンは、栗が好きだもんな。確か、シャムエルも栗は好きだぞ」
「そうそう、俺用にと思って買った焼き栗が、シャムエル様にかなり駆逐されているんだよなあ」
「あはは、そりゃあ大変だ。まあ、春の早駆け祭りまでまだまだ時間はあるから、どうぞ好きなだけ買ってくれ。ちなみに、この時期ならまだ生栗も売っているぞ。まあ値段は少々高いがな」
笑ったギイの言葉に思わず目を見開く。
「ああそうか。時間遅延の収納袋に入れておけば、今の時期ならまだまだ新鮮って事か」
納得して頷く。予算は潤沢にあるんだから、それなら生栗も買わせていただこう。たまには、自分の為の買い物をしてもいいよな!
マックスの背の上で、思わず拳を握ってガッツポーズをとった俺だったよ。
「おお、ここにも枝垂れ桜がある」
あと少しでウォルスの街だという辺りまで来た頃、街道沿いの桜並木が枝垂れ桜に変わった。
シルヴァ達と見たあの巨木ほどではないが、並んでいるのはどれもかなり大きな木で、見事なまでにどの木も満開だ。
「うわあ。これはまた見事だなあ」
思わずマックスを止めてその光景を陶然と眺めていた。
「この辺りが、一番古い街道の木だよ。ここからどんどんバイゼンの街へ向かって、植木職人達が桜の木を植えて行ったんだ」
笑ったハスフェルの言葉に頷き、そのままゆっくりとウォルスの街まで枝垂れ桜の花見を楽しみながら進んでいった。
「あれ、もしかしてあの林って……栗畑か?」
桜並木の外側は、少し前からは森ではなく綺麗に整地された畑が広がっていたんだけど、途中から、明らかに人の手が入ってるっぽい林が続いていたのだ。ここにあるのなら、これが栗の木なのだろう。
「おう、正解だ。栗の花が咲くのはもう少し先だから、残念ながら今はまだ咲いていないな」
ハスフェルの言葉に、思わず考える。
「へえ、気にした事なかったけど、栗の花ってどんなのだ?」
考えるが、前の世界で見た覚えが全くない。
「ううん、知らないなあ。地味な花なのかな?」
「咲くのはもう少しあとですね。枝先に、長いひも状になった花が、ちょうどこの枝垂れ桜のように咲くんですよ」
近くで、笑ったベリーの声が聞こえて思わず枝垂れ桜を見上げる。
「おお、さすがは知識の精霊。へえ、そうなんだ。見れなくて残念だな」
「ハンプールの辺りでも、森の中に野生の栗の木があると思いますから、見つけたら教えてあげますね」
「おう、よろしくお願いします」
笑った俺の言葉に、近くにいた揺らぎが遠ざかっていく。
「さて、ウォルスの街はどんなものが売っているんだろうな」
見えてきた巨大な城壁に囲まれた街を見て、思わずそう呟いた俺だったよ。