夜桜とライトアップと鍋料理
「はあ、それじゃあとにかく街道へ戻ろう。それとも、このままどこかで野営すべきか?」
かなり森の中を走った覚えがあるので、ここが何処で、どれくらいで街道に戻れるのかが分からない。
日がそろそろ傾き始めているので、真っ暗になるまで恐らくあっという間だろう。
森の深部で日が暮れるのはちょっと遠慮したい。だんだん心配になってきたので、俺はそう言って周囲を見回した。
「そうだな。とにかく日のあるうちに街道まで戻るとするか」
笑ったオンハルトの爺さんが、そう言ってエルクのエラフィの背中に軽々と飛び乗る。それを見て、ハスフェルはシリウスに、ギイはデネブの背中に飛び乗った。
一つため息を吐いた俺も、側に来てくれたマックスの背に勢いをつけて飛び乗った。
残っていたスライムトランポリンも一瞬で解体して、それぞれの主人のところへ合成して飛んでいった。
俺のベルトの小物入れに、小さくなったアクアゴールド達が飛び込んでいく。
「それじゃあ、行くとするか」
完全に撤収したのを確認してから、俺達はその場を離れた。
ハスフェルが先頭を走り、ギイと俺がそれに続く。オンハルトの爺さんは殿だ。
「あんなに大人数だったのに、たったの四人になっちゃったよ……」
「ええ、ケンは私を人数に入れてくれてないの?」
マックスの頭に座ったシャムエル様が、わざとらしくショックを受けた顔で振り返る。
「あはは、そうだな。シャムエル様もいるから、全部で五人だな」
笑って手を伸ばしてもふもふの尻尾をそっと突っつく。
「尻尾は駄目なの!」
前を向いたシャムエル様は、そう言って俺の左手の指にもふもふ尻尾を叩きつけた。そのままくりんと丸まった尻尾をせっせとお手入れし始める。
ああなってしまっては、もう触らせてもらえない。
一つため息を吐いた俺は、軽く身震いして走るマックスの背の上で背筋を伸ばした。
薄暗くなってきた森の中を一列になって走る、走る、走る。
「ううん、日が暮れちゃったぞ〜〜!」
もう地平線は真っ赤な夕焼けに染まっていて、周囲は早くも影が落ち始めている。
「もうちょいで街道へ出るんだ。あと少し持ってくれ〜〜」
笑いながらそう言ってさらに加速するハスフェル。俺達も慌ててその後を追った。
「ああ、街道が見えた!」
さすがに郊外の街道は、街の中と違って街灯は無い。
だけど、低木の茂みと等間隔に植えられた背の高い桜の木のおかげで、かなり遠くからでもそこに街道があると分かる。
特に今は、満開の桜並木がぼんやりと光っているみたいだから、遠くからでもよく見えるよ。
そのまま俺達は、突き当たった街道へ先を争うようにして駆け込んで行った。
「おお。全く人がいないぞ!」
街道に誰かいたら、驚かせたかと思ってちょっと焦ったんだけど、見る限り街道には誰もいない。
「このままウォルスの街まで走ってもいいんだが、せっかくだから街道沿いで一泊しよう」
笑ったハスフェルが指差しているのは、街道沿いに一定間隔で設けられている草地だ。
そこは、徒歩の旅行者や途中で日が暮れてしまった旅人達が野営出来るように設置されている場所で、まあ、早い者勝ちで自由に泊まる事が出来る場所だ。
ちなみにここの草地の周囲にも、何本もの桜の木が植えられていて、当然ここも満開だ。
「おお、夜桜見物ってのもいいもんだな」
そう言いながらゆっくりと草地へ入っていく俺達。
草地の奥側には、商人らしき人達が荷車を並べて止めてその横にテントを張っている。
あとは徒歩の冒険者らしき人達が数名、バラバラに小さなテントを張っているだけなので、場所にはかなり余裕がある。
従魔達がいるので、俺達は彼らから少し離れた草地の手前側に並んでテントを張った。
当然だが、ここも頭上にも満開の桜が並んでいる。
スライム達がせっせとテントを張ってくれているのを見て、俺はサクラに手持ちのランタンをありったけ取り出してもらった。
「なあ、このランタンを適当にテントの周囲の桜の枝先に引っ掛けてきてくれるか」
ランタンに順番に火を入れていき、一番明るくする。そして机の上に一つだけ置いて残りを全部お空部隊に預けた。
「分かった。こんな感じかしら?」
ローザが一つランタンを咥えて舞い上がり、テントの上に伸びてきているやや太めの枝先にランタンの持ち手を引っ掛けた。
「じゃあこっちもね」
それを見て、他の子達も次々にランタンを咥えて飛び上がっていった。
その結果、ここだけめっちゃ夜桜ライトアップ状態になったよ。
「うわあ。凄い!」
「何だよあれ!」
「すっげえ。桜の花が光り輝いてる」
予想以上に綺麗な夜桜のライトアップに満足して見上げていると、離れたところにテントを張っていた冒険者達の歓声が聞こえてきてちょっとドヤ顔になったよ。
実を言うと、ここの桜並木を見た時から、夜のライトアップがあれば絶対に綺麗だなって思っていたんだよ。
そして、テントから駆け出してきて何やら大興奮している商人さん達。
当然、その日の夜はテントの外に机を出して、夜はちょっと冷えてきたので四人で鍋パーティーにしたよ。
メニューは、ハイランドチキンの肉と鶏団子がたっぷり入った豆乳鍋と、ハスフェル達のリクエストでがっつり岩豚の味噌鍋だ。
少し肌寒い外で、ライトアップされた夜桜を眺めながら囲む鍋は最高に美味しかった。
美味しかったんだけど、のんびり食べていても全然減らない大きな鍋を見てちょっと寂しくなったのは内緒だ。
山盛りに取り分けてやった鶏肉をご機嫌でかじるシャムエル様のもふもふ尻尾をこっそり突っつきつつ、少し切ないため息をこぼした俺だったよ。