それじゃあまたね!
「この辺りなら大丈夫ね。もう人の目はないわ」
グレイの言葉に、全員の足が止まる。
そこは深い森の中にぽっかりと空いた不思議な場所で、どうやら大きな木が倒れた事によって出来た空間のようだ。
その証拠に、地面には折れて倒れ、苔むして朽ちかけた巨木の残骸が崩壊寸前で転がっている。
「ここまで乗せてくれてありがとうね」
軽々と飛び降りたシルヴァが、そう言ってテンペストの首元に抱きつく。その隣では、グレイもファインに抱きついてお礼を言っている。
二匹がちょっと、ドヤ顔になっているぞ。おい。
同じく飛び降りたレオはティグに、エリゴールはセーブルに抱きついて、それぞれお礼を言って笑っている。
それを見て、俺達も地面に降りる。
いよいよ別れの時だ。
不意にあふれてきた涙で目の前が滲んで見えなくなり、慌てて目を閉じてこぼれ落ちた涙を拭った。
「ケン、本当にありがとうね!」
目を開いた直後、両手を広げてシルヴァが飛びついてきた。
「どわあ! 危ねえ!」
咄嗟に飛びついてきたシルヴァを抱き返して、片足を後ろに下げて何とか踏ん張って仰向けに倒れるのは堪えた。
「あら、倒れないなんてケンも成長してるわねえ」
胸元に顔を埋めたシルヴァの言葉に、顔を見合わせた俺達は揃って吹き出した。
「じゃあ、二人分ならどうかしらね!」
そう言って、笑ったグレイまでもがシルヴァの背後から両手を広げて飛びついてきた。
しかも、めっちゃ勢いをつけて飛びついてきたもんだから、俺はあっけなくそのまま押し倒される羽目になったのだった。
だけどまあ、当然だが俺の背後にはしっかりとスライム達がいつものスライムベッドを作ってくれていたので、結果として俺たちは勢いよくスライムベッドに飛び込む形になった。
ぽよんと反動がきて、真上に跳ねる俺達。
そのまま落っこちてまた跳ねる。
「ああは、これがスライムトランポリンね! ちょっとやってみたかったの!」
「そうそう、これよこれ!」
シルヴァとグレイが、揃って嬉しそうにそう言って声を上げて笑う。
その瞬間、スライムベッドが一瞬でスライムトランポリンに変化した。ぐいっと横に広がり、背中に感じる弾力が桁違いになる。
「おいおい、また新技かよ。すげえな。一瞬で変わったぞ」
背後を振り返りながらそう言い、また跳ね上がって落ちる。
「ああ良いな! 俺もやりたい!」
「俺もやりたいぞ! お前らだけずるい!」
レオとエリゴールの叫ぶ声に、全員揃って吹き出して大爆笑になった。
「よし、じゃあ緊急イベント。森の中でスライムトランポリン祭りの開催だ!」
一旦スライムトランポリンから下りた俺の言葉に、また全員揃って吹き出してから拍手大喝采になった。
って事で、ここからは全員が連れているスライム達が集まって、巨大トランポリンとミニサイズトランポリンも用意されて、全員がそれぞれ好きにスライムトランポリンを楽しんだのだった。
皆、終始笑顔で遊び、気がつけば太陽は西の空に少しずつ傾き始めていた。
「ああ、もう時間切れだわ」
ようやくスライムトランポリンから降りたシルヴァの呟きに、グレイとレオとエリゴールもスライムトランポリンから降りて残念そうなため息を吐く。
「確かにもう帰らないと駄目だな」
「そうだね。もうそろそろ限界だね」
顔を見合わせたレオとエリゴールは、そう言って俺のところへ走ってきた。
跳ねるのは止まっていたが、スライムトランポリンに座ったままだった俺は、慌てて降りたよ。
「じゃあケン、本当にお世話になったね。ありがとう。すっごく楽しかったよ」
笑ったレオに右手を差し出され、握り返した俺は何て言っていいか分からなくて何度も頷く。
「うん、うん」
そんな俺の気持ちが分かっていると言わんばかりに、手を離したレオが両手を広げて抱きしめてくれた。
背中をポンポンと叩かれて、俺の涙腺が決壊する。
エリゴールとも握手を交わした。
「まあ、また何かあればいつでも呼んでくれ。すぐに駆けつけるからな」
サムズアップでそう言われて、泣きながら俺もサムズアップを返した。
「ありがとうね。本当に最高に楽しい時間だったわ」
「ありがとうね。体には気をつけてね。怪我なんてしちゃ駄目なんだから!」
グレイとシルヴァが笑顔でそう言って、俺の両腕に抱きつく。
美女二人にすがりつかれて固まっていると、笑った彼女達に両頬にキスされたよ。
「それじゃあまたね!」
驚いた俺が固まっている間に、笑ったシルヴァとグレイが手を離して離れる。
そして、レオとエリゴールと手を繋いで輪になると、笑ったシルヴァの声と同時に四人は一瞬で消えていなくなってしまった。当然彼らが連れていたスライム達も一緒にいなくなっていたよ。
「あいつら、逃げやがった」
「いくら別れが寂しいからって、もう少しくらいは別れの余韻ってものを感じさせろよなあ」
呆れたようなハスフェルとギイの呟きに、俺とオンハルトの爺さんが揃って吹き出す。
「確かに、これは逃げられた感満載だなあ。よし、次に会った時に文句言ってやる」
笑った俺がそう言った次の瞬間に目の前に収めの手が両手で現れ、掌を合わせてまるでお願いするみたいに左右に振られた。そしてやや傾けた状態でしばらく止まった後に離した両手を振って消えていった。
「あいつら、何やってるんだよ全く」
それを見てまた吹き出した俺達は、揃って大爆笑になったよ。だけどまあそのおかげで、今回は別れの湿っぽさとは無縁で済んだのだった。