桜並木と枝垂れ桜
「それにしても見事なもんだな。もうほぼ満開じゃあないか」
どこまでも続く薄紅色のグラデーションがかかった桜並木を見て、もう俺は、さっきからその言葉しか出てこない。
「これだけ暖かくなれば、そりゃあ桜も一気に咲きたくなるんじゃあない?」
今はゆっくりとマックス達を進ませているので、移動の速さは徒歩とさほど変わらない。マックスの頭に寝転がって花見を楽しんでいたシャムエル様が、俺の呟きが聞こえたのかそう言って座り直す。
「まあ、確かにそうだな。これだけ暖かくなれば、花も咲くか。おお、ほらあそこ。見てくれよ! 雀が桜の花を咥えてるぞ。可愛い!」
一際大きくて枝ぶりの見事な桜の巨木の枝先では、どこからどう見ても雀以外の何者でもない茶色っぽい小鳥達が、桜の花を豪快に根元から引っこ抜いて蜜を吸っている真っ最中だった。
どうやらこの巨木が雀の団体に襲撃されているらしく、その辺りの地面にだけ丸ごとむしられた桜の花が丸ごと落ちている。しかも大量に。
「うわあ、見ている分には可愛いからいいけど、桜の花にしたらいい大迷惑だな。受粉していても花ごとむしられたら終わりだよ」
落ちてきた丸ごとの桜の花を空中キャッチして、根本部分を指でつまんでクルクルと回しながら覗き込む。
「小鳥達にしたら普段は食べられない期間限定スイーツなんだから、そりゃあ張り切って食べているんじゃあない?」
シャムエル様も落ちてきた桜の花を掴まえたらしく、両手で抱えるみたいにして持ってご機嫌で香りを嗅いだり、頬擦りしたりして、鼻先にちょっと花粉っぽいのがくっついている。
何だよそれ、可愛いじゃあないか! ああ、どうしてここにカメラがないんだ〜〜〜!
「まあ、全部の花が無くなる訳でなし、そう考えれば確かにちょっとくらいは良いのかもな」
気を取り直して笑ってそう言い、また手にした桜の花をクルクルと回して頭上にかざして、花の間から差し込む光に透かしてみる。
「綺麗だなあ。本当に綺麗だ」
もうそれしか感想が出てこなくて深呼吸をした俺達は、あとはもうのんびりと、文字通りに花見を楽しんだのだった。
向こうの世界にいた子供だった頃は、毎年咲く桜の花が楽しみだったけど、社会人になって以降は、桜といえば花見で飲める! って喜んだ事くらいしか覚えていない。
しかも、実際に公園の花見の席で実際に桜の花を見たのかって聞かれると、正直ほぼ飲んでいた記憶しかない。
あえて言うなら、集合して開始前に「おお、咲いてるなあ」って同僚達と言いながら見上げた時くらいだ。
「今になって、こんな健全な花見が出来るとはねえ」
また目の前に落ちてきた桜の花を空中で掴んで小さく笑いながらそう呟き、こっそり桜の花を収納しておく。
「これなら、しばらくは季節が過ぎても花見酒が出来そうだ」
笑って、また落ちてきた桜の花を掴まえる。時間停止の収納様々だな。
「ねえ見て! 可愛い?」
その時、俺の前を進んでいたシルヴァとグレイを乗せたテンペストとファインが、不意に止まってこっちへ戻ってくる。
「おう、どうした?」
何事かと驚いて二人を見ると、何と彼女達の髪に落ちてきた桜の花がいくつも引っかかって、まるでちょっとした髪飾りみたいになっているのだ。
「おお、お見事な花の髪飾りじゃあないか」
笑った俺が拍手をしてそう言うと、一瞬で俺の頭の上にワープしたシャムエル様が、持っていたやや大きめの桜の花を俺の前髪に突き刺して、すぐにマックスの頭の上に戻った。
「ケンもよく似合ってるよ〜〜!」
「あはは、ありがとうな」
笑った俺は、また落ちてきた花を掴んで、シャムエル様の頭の上に花を伏せた状態で乗せてやる。
「ほら、桜の花の帽子だ。おお、可愛いぞ〜〜〜」
嫌がるかと思ったら、何やら嬉しそうに片手で花びらを押さえて頭に乗せたまま、片手でご機嫌に毛繕いを始めた。
「ほら、俺達も!」
得意げなハスフェルとギイがそう言って揃って振り返ると、彼らの髪にも落ちてきた桜の花が絡まっている。
「あはは、凄い凄い〜〜よく似合ってるぞ〜〜」
ペチペチとやる気なさそうに手を叩きながら完全な棒読み状態でそう言ってやると、二人から何故だかブーイングされたぞ。
何だよ、そんなに褒めて欲しかったのかよ。
そのままのんびりとハスフェル達と馬鹿話をしながら進んでいると、道が大きく蛇行してS字カーブみたいになっている箇所があって見通しがそこだけ悪くなる。
どうやら、ここまでほぼまっすぐだった街道の進路上に、巨大な岩の塊があったみたいで、街道はそれを避けて大きく迂回するように敷かれていたのだ。
何となく会話も途切れてそのまま巨大な岩沿いに足早に進んでいくと、ちょうどS字カーブを抜けた先で街道の横が広くて大きな草地になっていて、一気に視界が広がる。
そしてその草地の真ん中に、巨大な一本の枝垂桜が大きく枝を広げて草地いっぱいに花びらを散らしていたのだ。
「うわあ、これは確かに見事だ。って言うか……デカすぎ……」
マックスの背の上にいてさえ、首を完全に上にしないと全景が見えないくらいに木が大きい。
しかもどうやら街道の花よりも咲くのが早かったらしく、ここだけ今まさに散りはじめ。広い草地がほぼピンク一色に染まっていた。
それほど風があるわけではないのに、はらはらと次々に舞い散る薄紅色の花びらは桜吹雪と言っても過言ではないだろう。
「これ、樹齢何年だよ。長老の木とタメ張れるんじゃね?」
思わずそう呟くと、これも聞こえたらしいシャムエル様が一瞬で俺の肩の上にワープしてきた。
「あはは、さすがにそこまでじゃあないけど、まあ、この世界に数ある古木の中でもトップテンには入るね。これはおそらく、最古の桜だと思うよ」
「マジ? それは凄い」
感心したようにそう言ったきり、街道の端に止まった俺達は、圧巻の枝垂れ桜の巨木を前にして全員揃って言葉も無く揃って感動に打ち震えていた。
「いやあ、人ってあまりに巨大な物や歳月を経た物を見ると、何と言うか、言葉に出来ないくらいに感動するんだなあ。確かにこれは一見の価値ありだよ」
呆然と呟く俺の言葉に、その場にいた全員が全力で頷いていたのだった。