花筏と桜の思い出
「うぎゃあ〜〜〜〜!」
情けない俺の悲鳴と、シルヴァ達の笑い声が聞こえる中、俺は全く抵抗する事も出来ずにマックスの背の上でただひたすらに万歳状態のままで青空を見上げていたのだった。
アッカー城壁までの道のりが今までで一番遠い気がしたよ。いやマジでさ。
ちなみに今回は、俺がこんなだったから順位は取らなかったらしい。
アッカー城壁の城門前でようやく止まってくれたマックスの背の上で、何とか腹筋だけで起き上がった俺はこれ以上ないくらいの大きなため息を吐いた。
「ああ、ありがとうな。おかげで落っこちずに済んだよ」
まずは俺の足をホールドしてくれたスライム達にお礼を言う。
今は金色合成したままホールドしてくれていたみたいで、下半身全面金色で思わず吹き出した俺だったよ。
「もう大丈夫だね。じゃあ、かいさ〜〜ん!」
アクアの声の直後、一瞬でばらけて地面に転がったスライム達は、綺麗に跳ね飛んで俺の鞄に次々に飛び込んでいった。
「よし、じゃあここからはゆっくりだな」
笑った俺の言葉に、あちこちから吹き出す音が聞こえた。
時々手を振ってくれる屋敷にいる子供に手を振り返してやり、ゆっくりとマックスを進ませて街の中へ入る。
「もう行っちまうのかい」
「また冬には戻ってきてくれよな!」
「道中気をつけて!」
街へ入ると、何故か俺たちが旅立つ事をほとんどの人が知っているらしく、まるで早駆け祭りのパレードの時みたいに、俺達は全員揃って冒険者ギルドまでの道を大勢の人達に見守られて進む羽目になったのだった。
モブその一くらいの扱いがいい俺的には、ゴリゴリとライフを削られる道中になったのだった。はあ。
「おお、わざわざすまんな」
到着した冒険者ギルドでは、満面の笑みのガンスさんが待ち構えていた。
「はい、お世話になりました。まあ、また冬には戻ってきますので」
収納していた鍵の束をガンスさんに手渡す。
「確かに預かった。これが鍵の預かり証だ。次回戻ってきた時に必要になるから、無くさないようにな。まあ、お前さんなら、もし無くしても問題ないだろうけどな」
笑って預かり証を渡してくれたガンスさんの言葉に、ギルドの職員さん達も苦笑いしている。
「分かりました。絶対に無くさないようにします」
無駄にキリッとした表情でそう言ってやると、ギルド中大爆笑になったよ。
それから、笑顔で話しかけてくる顔馴染みになった冒険者の人達や職員さん達とも改めて挨拶を交わしてから、なぜか最後は拍手喝采で送られて、冒険者ギルドを後にしたのだった。
そして当然、南門までの道のりも大歓声と拍手に見送られて、またしても俺のライフがゴリゴリに削られたのだった。
はあ、早く外へ出たい。
「行っちまうのか」
「寂しくなるなあ」
「また、いつでも戻ってきてくださいね!」
南門にいた門番の兵士達にまでそう言われて、もう笑うしかない俺だったよ。
揃って見送ってくれる兵士さん達に手を振り返してから、桜並木の中をゆっくりと進んで行った。
「うわあ、もうほぼ満開だよ。一日でこんなに咲くのか」
ハラハラと舞い飛ぶ薄紅色の花びらの中、上を見ながらゆっくりと進む。
「ああ、花筏になってる!」
街道横の水路を見た俺は、思わず身を乗り出すみたいにして大きな声でそう言った。
「何それ?」
俺の右肩にいたシャムエル様が、不思議そうに俺の顔を覗き込む。
「あれ、こっちでは言わないのか? あんな風に、水路や川に桜の花びらが落ちて埋め尽くしている状態の事だよ。あの桜の花びらの塊を、筏に見立てているわけ。まあ、まだちょっと少なめだけどな」
やや細めだが、水面に落ちた桜の花びらの塊を指差す。
「ほう、それはまた雅な呼び名よなあ」
オンハルトの爺さんが、感心したようにそう言って水路を見る。
「確かに良い言葉だよな。俺が子供の頃、満開の桜を見に母さんと散歩に行った時に教えてもらった言葉なんだ」
笑った母さんが、川面いっぱいに広がってゆっくりと流れる桜の花びらの塊を指さしてそう教えてくれたんだよ。あの時の母さんの楽しそうな笑顔は、今でもはっきりと覚えている。
あれ? あの時って、父さんもいたような気がするけど……どうだったかな? まあ、子供時代の記憶なんてそんなもんだよな。父さんごめんよ。
そこだけ思いっきり曖昧な記憶に気がつき、苦笑いして心の中で父さんに謝っておく。
そのままのんびりとマックスを進ませていたんだけど、街から離れるに従い、だんだんと人も少なくなってきた。
まだまだはるか先まで、桜並木が続いている。
「言ってた枝垂れ桜があるのって、まだ先なのか?」
シルヴァ達が見たがっていた枝垂れ桜、俺も是非とも見てみたい。
「枝垂れ桜があるのはまだかなり先ね。ねえ、ちょっとだけ走ってみたいわ!」
笑ったシルヴァの声に、グレイも笑って拍手をしている。
「まあ、通行人もほぼいなくなったし大丈夫かな。だけど、全くいないわけじゃあないんだから、速さは程々でな」
「はあい」
良い子の返事が返り、何となく一気に走り出す従魔達。
とは言っても、草原を走っている時のように左右に広がって走れるわけもなく。大人しく一列になって、いつもの半分以下くらいの速さで走っている。
シルヴァが軽く手を振ると、優しい風が吹いて一気に花びらが舞い散り目の前が薄紅色に染まる。
「うわあ、綺麗!」
シルヴァとグレイの感激する声が上がり、俺はあの花筏を教えてもらった帰り道に母さんと一緒に見た、桜吹雪を不意に思い出して、少しだけ出た涙を飲み込んだのだった。
「最高だな!」
誤魔化すように大きな声でそう言って、腕を伸ばして近くの桜の枝をそっと叩いたのだった。