旅立ちの日
そして旅立ちの時だ。
お城の戸締りを全部してから、俺達は揃ってお城を出て広い玄関前に集まった。
「ケンさん。お世話になりました。次に会うのは、ハンプールの早駆け祭りですね」
笑顔のランドルさんの言葉に、何とか俺も笑顔で頷く。
「うん、再会を楽しみにしているよ。道中気をつけて」
がっしりと握手を交わし、カリーノの頭をそっと撫でてやる。
「皆と仲良くな。怪我には絶対に気をつけるんだぞ」
「はあい。ちゃんとしま〜す!」
目を細めて嬉しそうに笑ったカリーノは、同じ猫科の従魔である、オーロラサーベルタイガーのクグロフとオーロラブラウンカラカルのモンブランのところへ走って行った。
「そうか、ランドルさんのところも猫族軍団なんだ。先輩達と仲良くな」
「任せてください!」
「もう可愛くて仕方がないんです!」
「うん、まだまだ体が大きいだけの子供だから、しっかり守ってやってくれよな」
クグロフとモンブランの嬉しそうな言葉に、俺は笑ってそう言いながら二匹をそっと撫でてやった。
それから、リナさん一家全員と、改めて順番に握手を交わした。
「皆さんもどうか元気で、王都にいるお姉さん達によろしくね」
「ええ、良い土産話がたくさん出来ましたよ」
ミニヨンの頭を撫でながら、リナさんが嬉しそうに笑っている。
それぞれの従魔に飛び乗るのを、俺は黙って見ていた。
「それじゃあ、先に出発しますね! お世話になりました!」
ランドルさんの声に、リナさん一家も顔をあげる。
「ハンプールで会いましょう!」
「ありがとうございました!」
「ケンさんもどうかお元気で!」
「楽しかったです!」
「お世話になりました〜〜〜!」
口々にそう言って笑顔で手を振った後、それぞれの騎獣に乗ったランドルさんとリナさん一家は従魔達を引き連れて一気に駆け出して行った。
その後ろ姿を、俺はまた浮かんできた涙を堪えながら手を振って見送っていたのだった。
「行っちゃったな」
土埃が消えた頃、小さくそう呟いてため息を一つ吐いた。
「ええと、シルヴァ達はどうするんだ? この前みたいに、もうここから帰っちゃうのか?」
振り返って、出来るだけ平然とそう聞いてやる。もういい加減泣くのはやめよう。
「別にどこからでも帰れるんだけど、私達がここでいきなり消えちゃったら、門番さんやギルドマスター達に不審に思われかねないからね」
「だからケン達と一緒にこのままひとまず街を出るわ。それで街道をウォルスの街の手前まで一緒に進んで、有名な枝垂れ桜を見てから街道を外れて森の中へ入って、人目が無くなったところで帰る事にしたの。せっかくだから、もう一回桜の花見をしたいなあって思ってさ」
笑ったシルヴァとグレイの説明に納得する。
確かに、神様達が俺と一緒にいるのは皆知っているわけで、それなのに、もしも俺達だけが旅立つのを街の人達や、すっかり顔見知りになった門番の兵士達、それに鍵を預けに行った冒険者ギルドのガンスさん達に、彼女達やエリゴールが一緒じゃなかったら、当然変に思われるだろう。
「確かにそうだな。だけどもう花見弁当は食っちまったぞ」
「ええ、もうお弁当は無いの?」
今、冗談抜きでガーンって形の擬音が、彼女達の頭の上に落っこちて来るのが見えたぞ。
「まあ、普通の弁当やサンドイッチはまだまだあるから、今日のところはそれを食っといてくれ」
「うん、よろしくお願いします!」
一気に機嫌が良くなる彼女達を見て、どうやったって湿っぽい別れにはならないんだろうなと、苦笑いしながら諦めのため息を吐いたのだった。
「じゃあ俺達も出発だな。鍵を冒険者ギルドへ預けてから行かないとな」
いない間のお城の管理や定期的な草むしり、そして万一アッカー城壁やお城に問題が発生した場合、速やかに対処してくれる事になっている。それから留守の間に幾つか屋内の修理や補修もお願いしているから、次に戻ってくる時が楽しみだよ。
気分を切り替えるように大きく深呼吸をした俺は、一旦鍵を収納してから鞍を載せたマックスに飛び乗った。
「よし、じゃあまずは冒険者ギルドだな」
「そうね。じゃあ行きましょうか」
シルヴァの声を合図に、いつもの従魔達にそれぞれ飛び乗る。
エリゴールはもちろんセーブルの背の上だ。
「アッカー城壁まで競争!」
マックスの頭の上に座っていたシャムエル様が突然そう叫び、全員が一斉に弾かれたように走り出す。
「どわあ〜〜〜〜! ちょっとマックス! ステひ〜〜〜〜〜〜!」
完全に気を抜いていた俺は冗談抜きで落っこちそうになり、一瞬で出てきてくれたスライム達に下半身をホールドされた。
だがマックスが止まる気配はない。
「視界が全部空〜〜〜〜〜! うぎゃあ〜〜〜! 待ってマックス! ステひ〜〜〜〜〜!」
マックスの背の上に完全に仰向けになって倒れたままの俺は、全力疾走する勢いで左右に振り回されては、アッカー城壁に到着するまでずっと情けない悲鳴を上げていたのだった。
ちょっと前途多難な気がしたんだけど……きっと、俺の気のせいだよな!