ジェムモンスター狩り
「さてと、それでは行くとするか」
しばらくの間、ニニに抱きついてもふもふを堪能した俺は、起き上がって大きく伸びをした。
立ち上がった俺に、全員がついて来て宿泊所を後にする。また全員揃って、今度は城門を通って街の外へ出る。
城壁に囲まれた街の外は、遠くに森が見えているが、周りはなだらかな草原になっている。
「どの辺りへ行くんだ?」
マックスの背中に乗せてもらって、まずは森へ向かって走りながら尋ねる。俺の肩にはシャムエル様もちゃっかり同行している。
「私たちはまた順番に狩りに行きます。ご主人には、その間にジェムモンスター狩りをされては如何ですか。街で買い物するにもお金がいるんでしょう?」
マックスの口からそんな言葉が出て、俺は思わず笑っちまったよ。
「了解。じゃあ、頑張ってスライム狩りでもするか」
「あ、それなら森の中に、あんまり知られてないけどブラウンホーンラビットの営巣地があるよ。ジェムモンスター狩りをするのなら、そこへ行けば?」
シャムエル様が、急にそんな事を言い出した。いやいや、俺はスライムでいいよ!
「あ、良いわね、じゃあそこにしましょう」
ニニが嬉しそうにそう言い、マックスが少し向きを変えて遠くの森へ向かって一気に加速した。
うん、俺の知らないうちに、勝手に目的地が決められたみたいだ。
……ブラウンホーンラビット。名前を聞く限り、角のあるウサギだろう。まあ、それなら何とかなるかな?
その時、反対しなかった事を俺は後で後悔する事になる。
目的の森に到着したらしい俺達は、そのまま森の中を駆け続け、ようやく止まったのは、腰くらいまでの低木の茂みがあちこちにある、砂利混じりの土が見える草地だった。
「ここか? そのジェムモンスターがいる場所は」
止まったマックスの背中から降りる俺を置いて、先にマックスが狩りへ行くためにいなくなった。
「茂みの下に穴があるのが見えるでしょう? あれがブラウンホーンラビットの巣穴だよ」
シャムエル様の声に茂みを見ると、確かに直径30センチぐらいの穴が、あちこちに開いているのが見えた。
「ええと、出てくるのを待ってれば良いのか?」
さすがにあの穴には俺は入れない。困ってそう言うと、ニニの首輪からセルパンが降りて来た。
そして俺が見ている前で、最初に捕まえた時位の1メートルぐらいの緑色の蛇になった。
おお、これこれ。確かに最初はこうだったよ。なんと言うか、この大きさが、一番蛇って感じがする。
若干びびる俺に、申し訳なさそうなセルパンが首をもたげた。
「私が巣穴に入ったら、間違いなくブラウンホーンラビットは飛び出して来ますから、ご主人はそれをやっつけてください」
おお、確かに、うさぎの穴に蛇が入って来たら、そりゃあ逃げ出すだろう。
「分かった。じゃあ飛び出してくるところをやっつければ良いんだな」
頷いた俺は、腰の剣を抜いた。
俺の後ろにはニニが、茂みの上にファルコが止まって今にも飛びかかる準備万端で待ち構えている。
そうだよ、俺だけじゃ無いんだから新しいジェムモンスターだって心配しなくて良い……んだよな?
「では行きますね」
そう言って、セルパンは穴の中にスルスルと入って行った。
おお、その動き、まさしく蛇だね。
しばらくすると、穴の一つから突然何かが飛び出して来た。
何あれ! デカいって!
30センチぐらいの穴から出てくるんだから、それぐらいの大きさなんだろうと勝手に思い込んでいたが、出て来たそいつは、体長1メートル近くある超デカい茶色のウサギだったのだ。しかも、額には30センチ近くある、太くてデカい真っ直ぐな角が突き出ている。
あれに突かれたら、絶対怪我では済まないって。
「じょ、冗談はやめてくれよ! あんなデカいなんて聞いてないぞ!」
剣を構えたまま叫ぶ俺に、シャムエル様が慌てたように言ったのだ。
「あれあれ! うわあ、あれってブラウンホーンラビットの亜種だね。しかも大きいから、恐らくこの群のボスだよ。うわあ、いきなりあれと戦うのは、ちょっと君には難易度が高いかな」
「高過ぎる! 絶対高過ぎるって! チュートリアルが終わった途端に、いきなり中ボスを出すんじゃねえよ!」
マジで焦って叫ぶ俺だったが、次々と穴から飛び出してくるブラウンホーンラビットの群れに、さらに焦った。
一番デカいのは、最初に飛び出して来た奴だが、他の奴らでも50センチ以上はあり、角だってデカい人参サイズだ。それが皆揃ってこっちへ向かって角を突き出して威嚇してるんだぜ。
本気で気が遠くなりそうな俺に、あの一番デカい角付きウサギが飛び込んで来た。
背中を向けて逃げたら、絶対あの角で突かれて一巻の終わりだ。
とにかく剣を握って向き合い、飛び掛かってくるそいつを横から思いっきり切りつけた。
驚いた事に、そいつは頭を振って、額にあるあの角で俺の剣を受けたのだ。
物凄い衝撃が来て俺は跳ね飛ばされる。
なんとか剣は握ったままだったが、転んだ俺にそいつが襲い掛かってくる。
ああ、俺の人生終わった……。
人生の終わりを覚悟したその時、超デカくなったセルパンが穴から飛び出して来て、空中でボスウサギに飛び掛ったのだ。
空中で激突した二匹は、当然、絡まったまま俺が転んだ場所に二匹揃って降ってくる。
「うわうわうわー!」
咄嗟に転がって、下敷きになるのだけは避けたよ。
うん、まともにあれの下敷きになってたら、違う理由でこれも人生終わるって。
俺が転がってその場から逃げ、急いで起き上がって振り返った時、セルパンが絡みついて捕まえたそいつは、唐突に消えた。そしてデカいジェムが地面に転がった。
ジェムを拾う間も無く、俺は次々と飛びかかってくるブラウンホーンラビットと戦った。
落ち着いて見れば怖いのは突撃だけで、横から剣で叩き斬ってやれば、なんとかなる。
それが分かってからは、もう俺は必死になって剣を振り回した。
ニニやファルコは、その場から逃げ出す奴らを追い掛けてやっつけてるようで、結局、砂場にいる奴らは、殆ど俺と巨大バージョンのセルパンでやっつけたよ。
うん、もう巨大セルパンも怖くなくなりました。
歯を剥き出しにして襲い掛かってくる、デカい角付き凶暴ウサギに比べたら、単にデカいだけのセルパンなんて可愛いもんだ……よ……多分。ハハハ。
ようやくウサギがいなくなった時、もう俺は立ち上がれないぐらいにヘトヘトになっていたね。
アクアとサクラが、いつの間にか落ちていたジェムを拾っていてくれたらしく、確認したら今回集めたジェムだけで、58個もあった。
しかも、最初のあのボスのジェムは、俺の握り拳よりもデカくて、直径15センチ近くある、丸くて白っぽい石だった。
「おお、すごいすごい。これは高く売れるよ。良かったね、しばらくすると、また湧いてくるから、ちょっと休憩すると良いよ」
いつの間にかいなくなってたシャムエル様が、唐突に現れてそんな事を言う。
俺は思わず気が遠くなったよ。
「待って、とにかくここから離れよう。またあれが出てくるなんて、勘弁してくれって!」
叫んだ俺は、間違ってないと思う。
とにかくその場から離れて、見晴らしの良い草原へ出た。うん、ここなら何か襲って来てもすぐに分かるだろう。
今回はちゃんと、足元を確認してから地面に座った。
ニニがすぐ後ろに来てくれたので、もたれかかって空を見上げる。
腹が立つくらいい良いお天気だ。
「はあ、疲れた……」
喉が渇いたので起き上がって、サクラに水筒を取り出してもらう。
コップも出して、そこに移してから一気に飲み干した。
「ああ、美味い。身体中に染み渡るよ」
大きなため息を吐いて、もう一杯飲む。それから思いついて、チョコレートを一粒口に放り込んだ。
「疲れた時には、甘いものだよね」
ゆっくりと口の中で、じっくり溶かして味わって楽しんだよ。
ありがとう、大事に食べますログインボーナスチョコ。
俺はコンロとコーヒーセットを取り出して、ライターで火をつけてコーヒーを淹れた。
「あ、ここにもジェムを入れておこう」
沸かしている間に、思い出してライターを開けて、インサイドユニットを取り出す。
見てみると、スライムの小さなジェムが一回り小さくなっている。
「成る程ね。使うとこんな風に小さくなるんだ」
マジマジと中を覗き込み、アクアに頼んで、スライムのジェムをいくつか出してもらう。
「これって、たくさん詰め込んでても大丈夫なのか?」
「もちろん、一つずつ使うから、たくさん入れるとそれだけ長持ちするよ」
膝に座っているシャムエル様の言葉に、俺はスライムのジェムを詰め込んでいった。ライターには、合計6個入って一杯になった。
追加で買ったコンロには、今日拾ったブラウンホーンラビットの普通のやつの石を入るだけ詰め込んだ。こっちは全部で8個入ったよ。
今、コーヒーを沸かしてる最初のコンロは、シャムエル様にもらった大きな石が入ってる。うん、これも後で確認しておこう。
「もう良いかな」
パーコレーターを火から下ろし、少し置いてからカップにゆっくりと注ぐ。
コーヒーの良い香りが一気にあふれた。
「草原で飲むコーヒー、うん、良いもんだね」
ニニにもたれながら、ゆっくりとコーヒーを楽しんだ。
俺がコーヒーを飲み終えた頃、マックスが戻って来た。
「おや、狩りはもう終わりですか?」
からかうようなその言葉に、俺はいきなりデカいボスウサギが出た話をして、確保した一番デカいジェムを見せてやった。
「おお、それは楽しそうですね。休憩したのならもう一度行きましょう! 私も戦ってみたいです!」
「待て待て! おまっ、何、目を輝かせて物騒な事言ってるんだよ」
しかし、反対しているのは俺だけらしく、普通サイズの蛇に戻ってとぐろを巻いていたセルパンも、ファルコも、スライム達までがやる気満々で、その声を聞くとさっさと森へ向かったのだ。
「待てって、片付けるからサクラは戻ってくださいって!」
慌てて叫んだ俺の声に、しぶしぶと言った感じでサクラが戻って来てくれて、あっと言う間に全部まとめて飲み込んでくれた。
そのコンロ、まだ熱かったと思うんだけど……大丈夫みたいだね。
結局、またしてもブラウンホーンラビットと戦う事になり、さすがにあそこまでデカいボスは出なかったが、次々と出てくるウサギ達と、またしても必死になって戦う羽目になったのだった。
マックスもファルコもセルパンも、嬉々として兎狩りに勤しんでるよ。
まあ俺も頑張って戦ったけど、途中、気が付いた事がある。
戦ってて、死角である背後から襲ってくるウサギが一匹もいないのだ。
まあ俺としては助かるけど、普通、獲物の無防備な背後を取るのは誰でも一番に考えるよな。
何度目かのウサギとの戦いで、ちらりと背後を見た俺は、思わず声を上げた。
そこには、盾のようにデカく広がったアクアとサクラがいて、俺の背中を守ってくれていたのだ。
突進してくるウサギ達は、伸びたスライムの盾に跳ね返されて全く俺に届いていなかったのだ。
「ありがとうな! アクア! サクラ!」
飛びかかってくるウサギを切りつけながら、俺はスライム達に礼を言った。
まさか背中を守ってもらっていたなんてね。
「背後は任せてね!」
「攻撃は苦手だけど、守るのは得意なんだよ!」
二匹の嬉しそうな声に、俺も声を上げて笑った。
「お前ら、最高だぞ!」
飛びかかって来た最後の一匹を叩き斬って、今日の狩りは終わった。
お疲れ様でしたー!