いつもとちょっと違う朝の一幕
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
ふみふみふみ……。
カリカリカリ……。
カリカリカリ……。
つんつんつん……。
チクチクチク……。
こしょこしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きるよ……」
翌朝、いつものモーニングコールに起こされた俺は、眠そうな声でそう言って大きな欠伸をした。
実を言うと、もう、少し前から目が覚めている。
だけど起きたくなくて、いつもとはちょっと違うミニヨンの腹毛に顔を埋めた。
目を閉じてじっとしているけど、何故か今日に限っていつものように穏やかな二度寝の海は見えない。
ため息を一つ吐いた俺は、腕の中にいるふわふわなカリーノを思いっきり抱きしめた。
「ご主人、ため息ばっかり」
俺の顎の辺りを優しく舐めてくれたカリーノの言葉に、俺はもう一回ため息を吐いてから目を開いた。
「だって、起きたらお別れだもん。ゆっくり昼までこのまま寝るんだ」
我ながら拗ねた言い訳だと思う。
だけど、従魔達は誰も笑わなかった。
俺の頭の上にいたシャムエル様が、俺の目の前に滑り降りてきた。
「そうだね。まだまだ時間はあるから、ゆっくり子猫達と戯れていたまえ。じゃあまたあとでね!」
何故かドヤ顔でそう言ったシャムエル様は、そのままクルッと一回転してから消えてしまった。
「おおう、何だ?」
見回したけど、見える範囲にシャムエル様はいない。本当にどこかへ行ってしまったみたいだ。
「まあいいや。俺は寝るんだ」
もう一回ため息を吐いた俺は、ミニヨンのお腹の辺りと、腕の中にいるカリーノを交互に撫でてやり目を閉じた。
甘えるようにカリーノが喉を鳴らしながら俺の胸元に顔を埋めてくる。
「前のご主人、大好き。小さかったカリーノをいっぱいいっぱい可愛がって愛してくれて、ありがとうね。新しいご主人のところへ行っても、前のご主人の事忘れないからね」
思ってもみなかった言葉に、とうとう堪えきれずに涙があふれて前が見えなくなる。
「もちろん、俺だって大好きだよ。ずっとずっと、ず〜〜っと大好きだよ! 新しいご主人にも、いっぱいいっぱい可愛がってもらうんだぞ」
堪えきれなくなって鼻を啜りながら、腕の中のカリーノに言い聞かせるみたいにして何度も何度もそう言っては力一杯抱きしめた。
ぐずぐずと泣きながら、俺はいつの間にか眠りの海へ落っこちて行ったのだった。ドボン。
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
ふみふみふみふみ……。
カリカリカリカリ……。
カリカリカリカリ……。
つんつんつんつん……。
チクチクチクチク……。
こしょこしょこしょこしょこしょ……。
ふんふんふんふん!
ふんふんふんふん!
「うん、起きるよ……」
ずっと腕の中にいてくれたカリーノを抱きしめながら目を開けようとした俺は、不意に違和感を覚えて慌てて起き上がった。
「うわあ、瞼めっちゃ腫れてる……これは万能薬かなあ……」
泣きながら寝てしまったせいか、漫画みたいに瞼が腫れていて目が開かない。
「とにかく顔洗ってこよう」
大きなため息を一つ吐いてから、なんとか起き上がって顔を洗いに水場へ向かった。
冷たい水で何度も顔を洗い、ついでにちょっと目も洗ってからサクラに綺麗にしてもらう。
薄目を開けながらベッドへ戻り、心配そうに、水遊びもせずについてきてくれたサクラに、万能薬の塗り薬タイプを出してもらった。
あまり使った事ないけど、多分これでも腫れ瞼には効くだろう。
もう何度目か分からないため息を吐いてから、瞼に塗り込んでいく。
『おおい、そろそろ起きてくれよ〜〜』
『もう皆、リビングに来てるぞ〜〜』
喉を鳴らしてくっついてくる子猫達を交互に抱きしめてやりつつ目を閉じて放心していると、不意にハスフェルとギイの笑った念話が届いた。
『おう、もう起きてるよ。じゃあ準備したらそっちへ行くからもうちょっと待っててくれ』
本当は行きたくないけど、そう言われては仕方がない。
またため息を吐いて立ち上がり、とにかく身支度を整えた。
剣帯を締めてから、外して収納していたヘラクレスオオカブトの剣を装着する。
「よし、瞼の腫れも引いたみたいだし、じゃあ行くとするか」
昨夜のうちに、スライム達がキッチンに置いていた調理道具なんかは全部回収してくれている。
「厨房には、手持ちの調理道具は置いていないから大丈夫だな。まあ、冷蔵庫のジェムは入れっぱなしでも問題無いみたいだし、あのままでいいな」
忘れ物が無いか一通り部屋を点検してから、置いてあった鞄を手にする。
「行くよ」
振り返ってそう言うと、俺のする事を見て大人しく待っていた従魔達が立ち上がってついてきた。
「お待たせ〜〜!」
出来るだけいつも通りにそう言ってリビングに入る。
「おはようございます」
笑顔のランドルさんの言葉に、カリーノが一瞬走り出しかけてから俺を振り返った。
「うん、行っておいで」
そう言って背中を叩いてやると、跳ね飛ぶみたいにしてランドルさんのところへ駆けて行くカリーノ。
「おはようございます」
笑ったリナさんを見て、ミニヨンも同じように一瞬駆け出しかけて、慌てて俺を振り返った。
「うん、行っておいで」
背中を撫でてから軽く押し出してやると、こちらも嬉しそうに走って行ってそのままリナさんに飛びついた。
抵抗する間もなく押し倒されたリナさんは、一瞬で現れたスライムベッドに倒れ込んでそのままミニヨンとルルちゃんと一緒にくっついて転げ回っている。
可愛がってもらえて嬉しいのと、あっけなく置いていかれた寂しさが同居してまた涙が出そうになってグッと堪える。
「はい、好きに食ってくれよな!」
若干不自然なくらいの大きな声でそう言って、鞄の中のサクラが出してくれる各種サンドイッチやおにぎり、それから各種カツや鶏ハム、野菜の付け合わせなんかを色々と机に並べていった。
「そうだな。まずは食おう」
何か言いかけたハスフェルが、目が潤んでいる俺を見て、それ以上は何も言わずに笑ってくれた。
なんとか笑って頷いた俺も、お皿を手におにぎりを選び始めたのだった。