最後の夜
「はあ、空樽亭から商人ギルドまでって、こんなに遠かったっけ……」
明かりの灯る街灯に照らされた道を列になって、ヴァイトンさんと一緒に商人ギルドへムービングログを転がしながら、これって飲酒運転にならないのかなあ。なんて、若干酔っ払った頭で考えていた俺だったよ。
はあ、夜風が気持ち良い……。
「ご主人、危ないよ〜〜」
うっかり寝そうになって体重が前に掛かる。即座に、足元に置いた鞄から異変を察知して飛び出してきてくれたアクアとサクラが、一瞬で俺の足をホールドして体を引き起こしてくれる。
「危ない危ない。うっかり寝こけてムービングログから落っこちるところだったよ。ありがとうな」
誤魔化すようにそう言ってから、何とかハンドルを握って背筋を伸ばす。
マックスの背の上に乗っている時と違って、このムービングログは勝手には動いてくれないんだから、気をつけないと。
そのあとは眠気と戦いつつ、何とか商人ギルドへ無事に到着した。
「はあ、やっと到着だよ。マジでこんなに遠かったっけ? 誰かギルドの場所変えたか?」
ムービングログから降りながら、大きなため息を吐いてそう言うと、ほぼ全員が同意するみたいに笑いながらすごい勢いで頷いていた。
「確かに遠かったなあ。だけど、この建物を動かすのは大変そうだぞ、おい。誰がやったんだ〜〜〜?」
ヴァイトンさんの言葉に、あちこちから吹き出す音が聞こえて、ギルドの建物の前で大爆笑になったのだった。
もう完全に単なる酔っ払いの団体だよ、これ。
まあ俺もかなり飲んだけど、皆はそんなもんじゃあなかったからなあ。神様軍団なんて、確実に俺の倍は飲んでいると思うぞ。マジでお前らの肝臓が心配になるよ。
「それじゃあここで解散だな。気を付けて。また冬に帰って来てくれるのを待ってるからな」
厩舎からマックス達を引き取って来た俺達は、改めてもう一度挨拶を交わした。
「絆の共にあらん事を」
せっかくだから、ここでもお決まりの台詞を言ってみると、皆一瞬驚いたようにしたあとに笑顔でこう言ってくれた。
「良い言葉だな。では、絆の共にあらん事を」ってね。
見送ってくれるスタッフさん達に手を振り返し、それぞれの従魔に乗った俺達は、そのままゆっくりとお城まで戻って行ったよ。
まあ、半分以上寝こけていて、アッカー城壁を超えて一気に加速したところで、一斉に悲鳴が上がって大爆笑になった。
どうやら従魔の背の上で寝ていたのは俺だけじゃあなかったみたいだ。
いやあ、スライムの有り難さを思い知ったよ。
「じゃあ、もう解散でいいな。ええと、一応明日は午前中はゆっくり休んで、午後からの出発予定にしているんだけど。アーケル君達もそれで良い?」
無事にお城へ到着して扉を開けたところで、さっき勝手に明日の予定を俺達だけで決めていたのを思い出して、慌ててリナさん一家とランドルさんに確認する。
「俺は元々のんびり出発する予定だったので、それで大丈夫ですよ」
「私達もそのつもりでしたからね。じゃあ、朝はのんびりして、昼から出発ですね」
片手を挙げたランドルさんの言葉に、リナさん達も揃って頷く。
「ええと、じゃあ昼食を食べてここで解散……ですかね。王都へ行くのなら東の街道からですよね。俺達は南の街道を桜を見ながら進む予定です」
「ああ、確かにそうですね。出発する城門が違うのか。ケンさん。本当にお世話になりました。ハンプールでまた会えるのを楽しみにしています」
ランドルさんの言葉に、俺も笑顔で頷く。
「早駆け祭りが今から楽しみだな」
嬉しそうなハスフェルの言葉に、皆も揃って満面の笑みで頷き合ったのだった。
「ほら、最後の夜だ。しっかり甘えておいで」
その時、ランドルさんがそう言ってカリーノの背中を撫でてから、俺の方へ押しやった。
「そうね。最後の夜なんだからしっかり甘えていらっしゃいな」
リナさんも、ミニヨンを抱きしめてやりながらそう言って笑って、手を離してから俺の方へミニヨンを押しやった。
もう、テイムのやり直しも従魔登録も済ませて紋章が変わっているから、二匹の胸にある紋章は俺だけのものじゃあない。
だけど、新しいご主人にそう言われた二匹は、嬉々として俺に飛びついてきた。
「前のご主人! 今夜は一緒に寝るにゃ〜〜!」
二匹の声が重なり、俺は揃って飛びついてきた二匹に思いっきり押し倒されたよ。
「どわあ、危ねえ!」
しかし、即座に広がってスライムベッドになったアクア達に背中を受け止められて無事だったよ。いつもながらスライム達の危機管理能力が凄すぎるよ。
二匹に押し倒された俺は、そんな事を考えながら、大きくなった頭を交互に撫でてやった。
それから起き上がって二匹を交互に抱きしめでやりながら、ちょっとだけ涙が出たのは内緒だ。
リナさんとランドルさんにお礼を言って、子猫達を従魔達と一緒に引き連れて部屋に戻る。
「じゃあ、最後に風呂入ってくるから、ちょっと待っててくれよな」
ご機嫌で喉を鳴らす子猫達を順番に撫でてやり、他の子達も全員順番にしっかり撫でたり揉んだりしてやってから、俺はスライム達を引き連れて風呂場へ向かった。
もちろん、いつもの如くいろんな形の氷をがっつり用意してからお湯に浸かったよ。
転がる氷を追いかけて大はしゃぎするスライム達を見て和みつつ、明日の別れを思って密かに涙を堪える俺だったよ。
「はあ、気持ちよかった。お待たせ〜〜寝るぞ〜〜〜」
しっかり温まった俺は、いつものようにサクラに一瞬で綺麗にしてもらってから服を着て部屋に戻った。
「ご主人、今夜は特別にミニヨンとカリーノとマニの三匹と一緒に寝るといいわ」
笑ったニニの言葉に驚いてベッドを見ると、なんと三匹が輪になるようにベットに寝転がっている。やや緩めの猫団子状態だ。
「ええ、もしかしてあそこで寝ていいのか?」
俺のベッド役はニニとマックスの絶対譲れない仕事だったはずなのに。
「マックスとお話しして、今夜だけねって事にしたの」
目を細めてそう言ってくれるニニに両手を広げて抱きつく。
「ありがとうな。お前ら最高だよ」
それからマックスも同じように抱きしめてやる。
「今夜だけですよ。しっかりお別れしてください」
いつもよりは尻尾が元気のないマックスの言葉に、マジで泣きそうになった。
子猫達と別れるのはもちろん寂しいけど、その気持ちをマックスとニニがちゃんと理解してくれてベッド役を譲ってくれたその気持ちがたまらなく嬉しかった。
「ありがとうな」
もう一回そう言って二匹の鼻先にキスを贈った。
「では、よろしくお願いします!」
そう宣言した俺は、三つ巴紋様みたいに綺麗にくっついている三匹の真ん中に飛び込む。
「おお、埋もれたぞ」
ニニとは違うもふもふの海に沈んだ俺は少し考えて一番体が大きなミニヨンのお腹にもたれかかった。
それを見たカリーノが、横向きに寝転がった俺の腕の中へいつものタロンみたいに鼻先を突っ込んできて、背中側にはマニがくっつく、ニニがミニヨンの後ろへ寝転がり、マックスは俺の足元に遠慮がちにくっつく。
他の子達はそのままベッドの横に集まって巨大猫だんごになる。
「それではおやすみなさい。明かりを消しますね」
笑ったベリーの声の直後に、部屋のあかりが一斉に消える。
「ありがとうな、ベリー。改めてこれからもよろしく……」
カリーノを抱きしめてミニヨンのふわふわな腹毛の海に沈みながら、何とかそれだけを言う。すぐに耐え難い眠気が襲ってきた。
ああ、もったいない。こいつらと過ごせる最後の夜なのに……。
三重奏で鳴らされる可愛らしい喉の音を聞きながら、俺はそのまま眠りの海へ墜落して行ったのだった。ボチャン。