再会の約束
「うああ〜〜〜! 違うの! そうじゃあなくて!」
職人さん達やジャックさんと熱い激論を交わしていたフクシアさんが、不意に頭を抱えてそう叫ぶ声が聞こえて思わずそっちを振り返った。
フクシアさんの周りにいた人達がドッと笑う。
「笑うな〜〜〜!」
耳まで真っ赤になったフクシアさんが、まるで子供みたいに両手を振り回して周りにいる笑っている人達を威嚇している。何やってるんだよ。
「あはは、単なる酔っ払いになってる〜〜」
思わず吹き出してそう言うと、何故かまたしてもシルヴァとグレイから呆れたような目で見られた。
「さすがは、レオの祝福を全て跳ね返すレベルの鈍感っぷり」
「いやあ、これはもうちょっとした才能だなあ」
同じく呆れたようなハスフェルとギイの笑った声も聞こえて、思わずそっちも振り返る。
「愉快な仲間達に乾杯!」
「おう、愉快な仲間達に乾杯!」
しかし俺が口を開く前に満面の笑みでそう言われてしまい、つい持っていたグラスで乾杯してしまった。
ううん、何だか上手く誤魔化された気がするんだけど……何がどうしてどうなったのかが、俺には全然見えないんだけど??
ちょっと酔った頭で首を傾げて考えていると、ゆっくりと立ち上がったガンスさんが大きく一度だけ手を打った。
大きな音が部屋中に響く。
どれだけデカい手をしてるんだよ。俺には絶対に出せない音だね。
そんな事を考えて感心していると、ようやく静かになった部屋を見回したガンスさんは笑顔で大きく頷いた。
「いやあ、楽しい時というのはあっという間に過ぎ去ってしまうものだな。これほど終わってほしくないと思った宴会はないなあ」
苦笑いしたガンスさんのその言葉に同意するようにあちこちから笑いが起こり、それと同時にこのままずっと宴会したいって声が上がってまた笑いが起こった。
「だが、終わるからこそ楽しいものもある。また次の冬、ここでの再会を約束して、それを楽しみに待とうではないか!」
「うお〜〜〜〜〜〜〜!」
職人さんやスタッフさん達の雄叫びが見事にハモる。
皆、ノリがいいねえ。
笑った俺も、空っぽのままのグラスを手に乾杯したのだった。
「それで、何か良いアイデアは出そうですか?」
お開きになったところで、また駆け寄ってきてくれたフクシアさんに、俺は笑ってそう尋ねる。
「ええ、もう今すぐにでも工房へ行って設計図を引きたい気分です。皆、今から工房へ戻ろうって大騒ぎして、真顔の所長とギルドマスター達に叱られていましたよ」
恥ずかしそうに笑う彼女が、このバイゼンが誇る発明王なのだ。
「それに、オンハルトさんとも、具体的なお話が出来て嬉しかったです。すっごく勉強になりました。まだまだ世界には私の知らない技術や考え方があるんだなあって、思い知る時間になりました」
目を輝かせるその言葉に、俺も笑って拍手したよ。
そりゃあ何しろ鍛治と装飾の神様なんだから、フクシアさんの守護神と言ってもいいお方なんだよ。
そう言いたいのをぐっと飲み込んで、俺は笑顔で右手を差し出した。
「次の冬に会った時にどんな発明品が出来ているのか、楽しみにしていますね」
「あ、はい。すぐに実用化は無理でしょうが、試作品は一つくらいは形にしたいですね」
笑顔でそう言うフクシアさんは、さっきまでの酔っ払って真っ赤になっていたのとは別人のように、もう完全に職人の顔になっている。
どうやら酔いもすっかり覚めちゃったみたいだ。
握り返してくれた彼女の手は、ちょっとカサカサしていたけど小さくて柔らかい手をしていたよ。
まあ、俺とは違って指先や手のひらの真ん中あたりに、固いタコらしきものがあるのはさすがと思ったよ。あれは何のタコだろう?
「それでは、ありがとうございました! 早駆け祭り三連覇! お祈りしていますね!」
不意に我に返ったみたいで慌てて手を離したフクシアさんは、また唐突に真っ赤になるなり叫ぶような大声でそう言って、逃げるみたいにファータさんのところへ走って行ってしまった。
それから、シルヴァとグレイが彼女に駆け寄り、また顔を寄せて内緒話をしたあと、四人同時に吹き出して大爆笑になっていた。
レオは、その隣で一緒になって大笑いしていた。
ううん、彼女達が何を笑っているのか全く分からないぞ。
結局俺の疑問は解決しないまま、その場は解散となった。
職人さん達はそのまま冗談抜きで工房へ戻って行ったみたいだし、後を追いかけそうになったフクシアさんはファータさんに捕まっていて、エーベルバッハさんが送って行くらしく三人は俺に揃って手を振ってから並んで帰って行った。
「はあ、お腹いっぱいだ。明日の朝、起きられるかなあ」
小さなため息と共にそう言うと、ハスフェルとギイが揃って吹き出した。
「確かに。じゃあ別に急ぐ旅でなし、いっそゆっくり休んで昼から出発するか」
「あはは、それは構わないけど、それならアーケル君達が困るんじゃあ……従魔達がいるから大丈夫だな。徒歩なら街道の途中で野営決定だけど、従魔の脚なら昼に出発しても次の街まで直ぐだな」
笑って頷き合う。明日の予定も決まったところで、俺達も笑顔で見送ってくれたスタッフさん達やギルドマスター達に改めてお礼を言って、再会を約束したのだった。
ううん、待っていてくれる人達がいる街が、またひとつ増えたよ。何だか嬉しい。
だけど、ここでの楽しくも賑やかだったあれやこれやと同時に、本当に大騒ぎだった岩食いとの戦いを思い出してしまい、ちょっと遠い目になっ俺だったよ。
ううん、俺的には平穏無事って言葉と仲良くしたいんだけどなあ……。