蒸気機関のアイデア
「ええと、以前貴女から聞いた、あなたの夢の事なんですけどね」
俺の言葉に、真っ赤な顔のフクシアさんは満面の笑みになった。
「覚えていてくださったんですね。嬉しいです。ええ、いつかもっと簡単に人々が長距離を早く、手軽に移動出来るような手段を作りたいって。馬鹿馬鹿しいって思われるかもしれないけど、これは子供の頃からの私の夢なんです」
少し恥ずかしそうに、それでも胸を張ってそれが自分の夢なのだと語る彼女は、本当に輝いて見える。
「馬鹿馬鹿しくなんてありませんよ。素晴らしい夢だと思います。それで、ちょっと以前オンハルトの爺さんと飲んでいた時に、思いついた事なんですけどね。貴女ならきっと使い方を考えてくれるんじゃあないかと思いまして」
『なあ、俺の元いた世界の動力について少し話したいから、爺さんのアイデアだって事にしてくれないか』
『おお、何事だ。詳しく聞かせてもらおうか』
こっそり念話でオンハルトの爺さんを呼ぶと、笑顔ですぐにこっちへ来てくれた。まあ、両手にワイングラスと未開封の大きなワインの瓶を持っていたんだけどね。
小さく笑って深呼吸をした俺は、自分で収納しているノートの中でも一番大きなのを取り出してテーブルの開いたところに置く。それからつけペンとインクも取り出して並べた。
「何をするんですか?」
不思議そうなフクシアさんに、俺は小さく笑って頷いた。
「まあ、俺は素人なので詳しい作りはちょっと分かりませんが、こんな感じにすればきっと凄いのが出来る気がするんですよね」
誤魔化すようにそう言って、広げたノートに簡単な絵を描いてみせた。
一応、細長い四角の電車が繋がってレールの上を走っている絵のつもり……だよ。
「こんなふうにあらかじめ敷いてあるレールの上を、トロッコみたいに先頭部分に強い動力のある車両を用意して連結すればいい。後ろにあるのは人が乗る客車で、こっちは車輪が付いているだけで駆動部分はありません」
俺の下手くそな絵を見たフクシアさんが急に無言になる。反対側からは、オンハルトの爺さんも身を乗り出すようにして俺の手元を見ている。
「ええと、駆動部分はあのムービングログみたいにして、もっと強力なのを……」
「確かに考え方としては間違っていないと思います。でも、力を上げようとしたら駆動部分は無駄に大きくなるし、強度の問題があるのでかなり難しいかと」
困ったように首を振るフクシアさんのその言葉に、俺の手が止まる。
そうか、単に大きくするだけでは無理なのか。やっぱりそうなるとこれが一番かな……。
『なあ、ちょっと聞くけど、こっちの世界に蒸気機関ってある?』
こっそりオンハルトの爺さんに尋ねると、不思議そうな顔をされた。
『蒸気機関? 何だそれは』
ううん、こっちの世界にスチームパンクの世界観は無いのか。
ちょっと残念に思いつつ、試しに持っていたノートで軽くあおいでみると、風が俺の顔に吹きつけてくる。そうだよな。冷風扇があるんだから風が来るのは分かっている。
煮立ったヤカンの蓋が跳ねているのも見ているから、蒸気による空気圧もこの世界にはちゃんとある。
って事は……。
「空気抵抗があるんだから、空気砲だって作れるはずだよな」
ごく小さな声でそう呟き、少し考えて別に収納してあった一枚のやや厚めの紙を取り出す。
「これを筒状にして……ええとアクア、ちょっと手伝ってくれるか」
「はあい、何をするの?」
テニスボールサイズのアクアが鞄からするりと出てくる。
「これ、筒状にしたからこのまま止めておいてくれるか。内側には入らないでくれよな」
「分かった。外側から押さえておけば良いんだね!」
ご機嫌な声で答えたアクアが巻き付いて綺麗な筒状になったそれの硬さを確認してから置いて、俺は少し考えてワインの栓に使われているコルク栓をいくつか取り出した。
「ええと大きさを合わせて、よしこれで良い」
アクアに一旦離れてもらい、コルク栓の大きさぴったりに紙を巻き直してまたホールドしてもらう。
菜箸を一本だけ取り出し、先に詰めたコルク栓がしっかりと詰まっているのを見てから、反対側にもコルク栓を突っ込む。
「上手く行きますように!」
小さくそう呟いて、突っ込んだコルク栓を菜箸の太い方でぐっと押し込む。
ポン!
若干間抜けな音がして、先に詰まっていたコルク栓が空気に押し出されて少しだけ飛んで机の上を転がる。
その瞬間、場が静まり返った。
「おお、なかなか上手くいったな」
笑った俺の呟きと同時に、いきなりフクシアさんがものすごい勢いで俺の腕を掴んだ。
「ケンさん! 今、今何をしたんですか! コルク栓が勝手に飛んで行きましたよ!」
フクシアさんだけでなく、エーベルバッハさんや職人さん達までもが、真顔で転がったコルクを見つめている。
「これが、オンハルトの爺さんと話していて見つけた空気の力です。小さな筒、つまり密閉された場所に入れて圧力をかけると、加えた分の力が空気を通じて別の場所に伝わるんですよね」
蒸気機関の基礎になる考えだ。
うまく伝えられたか心配になったが、真顔になったフクシアさんは、転がったコルク栓を見つめたまま瞬き一つしない。
「ええと……」
「成る程なあ。理論で分かっていた事でも、実際に目にすると驚きも大きいなあ」
妙に嬉しそうなオンハルトの爺さんの言葉に、金縛りが解けたらしいエーベルバッハさんや職人さん達が一斉に大声で話を始めた。
ものすごい勢いで立ち上がったフクシアさんも俺に一礼するなりダッシュで上司であるジャックさんのところへ走っていき、何やら大興奮状態で話を始めた。
『もしかして、いきなりこれはちょっと無謀だったかなあ?』
『いや、最高の置き土産になったようだな。これは素晴らしい考えだ。おそらくこの考えを元にして新しい動力を作ってくれると思うぞ』
嬉しそうなオンハルトの爺さんの言葉に、俺も笑顔で頷いて転がっていたコルクを拾った。
「ねえ、今のってどうやったんですか!」
目を輝かせたアーケル君達が俺のところへ走って来る。
笑って俺が取り出した別の紙を見て、全員が同じような紙を取り出す。
「今は紙で作ったけど、金属製の筒とかにすればもっと強力なのが出来ると思うぞ」
紙を巻きながらそう言い、今度はサクラが巻き付いてくれた紙筒を手にした俺だったよ。
さて、バイゼンの職人さん達は蒸気機関をどんなふうに作ってくれるんだろうな。