フクシアさんと俺
「ケンったら……」
「これは呆れてものも言えないわねえ」
俺の腕にすがっていたグレイとシルヴァの二人が、呆れたようにそう言って手を離して立ち上がる。
そのまま二人はまだ机に突っ伏しているフクシアさんのところへ行き、壁面に積まれていた予備の椅子を勝手に引っ張ってきて彼女の左右に座った。
シルヴァの隣にお姉さんのファータさんが座り、そして何故かグレイの隣には満面の笑みのレオが座ったのだ。
シルヴァとグレイが左右から彼女の背中を叩いて顔を上げたところで、女性達四人は仲良く顔を寄せて内緒話を始めた。
少し離れて座ったレオは、知らん顔をしつつも彼女達から目を離さない。
だが、しばらくしてフクシアさんが笑って皆で手を叩いたところでレオが乱入して、また一緒に顔を寄せて仲良く内緒話を始めたのだ。ええ、宴会の女子トークにレオったら混じっちゃうんだ。それはそれで凄いぞ、おい。
「ええ、これはどういう状況だ?」
いきなり放置プレイされてしまった俺は、女性達とレオの様子を見ながら首を傾げてそう呟く。
「相変わらず、鈍いにも程があるねえ」
呆れたようなシャムエル様の声が聞こえて、思わず振り返る。
さっきまでお皿の横に座って食べていたシャムエル様は、いつの間にか俺の右腕の手の甲に座って俺を見上げていた。
「ええ? だから俺って何かした?」
すると、シャムエル様は小さな体に似つかわしくないくらいの、ものすご〜〜く大きなため息を吐いた。
「そういうところだよね。でもまあ無理ないかなあ。ケンだものねえ」
妙に優しい声でそう言ったシャムエル様は、ぽんぽんと俺の腕を叩いて、また一瞬でお皿の横へ戻って残っていたチーズの塊を齧り始めた。
「何なんだよ。全く」
意味が分からなくて、首を傾げつつちょっとだけグラスに残っていたビールを飲み干す。
「なんか、もうちょっと食えそうだな」
小さくそう呟いて、さりげなくスタッフさんが俺の近くに寄せてくれた冷えた白ビールの瓶を手に取る。
「あ、それ欲しい!」
シャムエル様がそう言って、ショットグラスを抱えてトコトコとこっちへ歩いてきた。
「その、一瞬で移動したかと思えばわざわざ歩いたりする時の差はどこにあるんだ?」
「別に、なんとなくだね。今はちょっと運動がてら〜〜」
軽く横っ飛びステップを踏み始めるシャムエル様を見て、俺はゆっくりと自分のグラスの半分ぐらいまで白ビールを注いてから、シャムエル様のショットグラスにもこぼさないように入れてやった。
「わあい、ありがとうね」
両手で抱えてグビグビと白ビールを飲み干したシャムエル様は、上目使いに俺を見てから空になったショットグラスを差し出した。
「はいはい、おかわりだな。よくいけますねえ。お腹と相談してくださいよ〜」
笑いながらそう言って、おかわりの白ビールを入れてやる。
また自分のお皿の横に戻ったシャムエル様が、自分の顔くらいある大きなチーズまみれのお肉を齧り始めたのを見て、思わず吹き出す。冗談抜きで、自分の体重より食っていそうだ。
「よし、これにしよう」
一つため息を吐いた俺は、シルヴァ達が、俺の前に残していったお皿の中から、チーズまみれになった串焼きの肉を一本だけもらった。
肉が一番小さそうなのを取り、前歯で引っ掛けて行儀悪く食べる。
「はあ、これ冷えても美味しい。へえ、チーズが柔らかいままだ」
ここのチーズフォンデュはかなり白ワインの風味が効いているので、多分水気が多いから冷えても固まらないのだろう。
「師匠のレシピと、どれくらい違うのかなあ」
若干酔っ払ってきた自覚があるので、こっそり美味しい水の入った水筒を取り出し、そこらにあった空いたグラスに注いで飲む。多分俺が使っていたグラスの……はず。
よし、これでもうちょっとくらいは食べられるだろうし飲めるだろう。
最後にもう一口! と思ってどれにしようか考えていると、誰かが隣に座る気配がして顔を上げた。
「あの! ちょっとよろしいでしょうか!」
顔を真っ赤にしたフクシアさんが俺の隣へきて椅子に座る。
「ああ、もちろんいいですよ。ええと、飲みますか? 俺が好きな、冷えた白ビールです。それとも、ワインの方が良いですか?」
「ありがとうございます! ではその、冷えた白ビールをいただきます!」
手にしていた空のグラスを差し出されて、俺は手に持ったままだった瓶から冷えた白ビールを注いでやった。
「愉快な仲間達に、乾杯」
笑顔のフクシアさんの言葉に、俺も笑顔でグラスを掲げた。
「愉快な仲間達に乾杯」
にっこり笑ってそれぞれゆっくりとビールを飲んだ。
「もう行ってしまうんですね。何だか……ずっといてくださる気がしていたから、正直に言うと、ちょっと、寂しい、です……」
消えそうな声でそう言われて、思わず隣に座るフクシアさんをまじまじと見てしまう。
「もう、そんな見ないでください!」
耳まで真っ赤になったフクシアさんを見て、俺は無言になった。
「ええと、大丈夫ですか? あの、水で良かったら飲んでください」
てっきり酔っ払っているんだと思って、慌てて美味しい水の入った水筒を取り出す。
「は、はい、いただきます!」
またいきなり復活したフクシアさんは、俺がさっき水を飲んだグラスを持ってこっちに差し出した。
「あの、そのグラスはさっき俺が……ああ、良いんですね。じゃあどうぞ」
以前の会社の宴会でも、人のグラスでも気にせずに使う人がいたから、フクシアさんもそのタイプなのかもしれない。まあ、別に構わないか。
苦笑いして、美味しい水を注いでやる。
「あ、ありがとうございます」
まだ耳まで真っ赤なフクシアさんは、そう言って両手でグラスを持ってグイッと一気に水を飲み干した。
「プハ〜〜! ええ? 何ですかこの水。最高に甘くて美味しい!」
目を輝かせるフクシアさんを見て、俺は誤魔化すように横を向いた。飲ませちゃあまずかったかな?
「酔っ払っていると、喉が乾きますからねえ。だからきっと水が美味しく感じるんですよ」
「で、でも……?」
不思議そうに首を傾げているその姿に、小さく笑った俺は冷えた串に刺さった肉を齧った。
「そうだ。ちょっと俺もフクシアさんに話したい事があったんですよね」
何となく話題が尽きたところで、ふと思い出してフクシアさんを見た。
「ええ、何ですか?」
目を輝かせて俺に向き直るフクシアさんを見て、俺は以前から考えていた、俺の元の世界にあった電車や機関車の仕組みを彼女に少しだけ話してみる事にしたのだった。