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早朝の大騒ぎ

 いつも誰かに起こされているのに、その日は何故だか不意に目を覚ました。

 急に目が覚めて驚いていた俺は、もふもふのフランマの尻尾を抱きしめたままゆっくりと目を開いた。右腕がちょっと痺れているのは、完全に脱力した猫サイズのタロンが、俺の腕を枕にしてこちらも熟睡しているからだ。


 どうやらまだ外は、薄暗い様で夜が明けたばかりみたいだ。

 ぼんやりと見上げたテントの屋根が、一面夜露に濡れている。

 寝息が聞こえて横を見ると、ニニの腹の上でシャムエル様までがのんびりと寝転がって熟睡しているのが見えて、俺は小さく吹き出した。

「へえ、シャムエル様もあんな風にして寝るんだ。初めて見たかも。ってか何だよ。まだ夜が明けたところじゃんか。もう一眠り出来るよな」

 小さく笑って欠伸をした俺は、ゆっくりと上下するニニの腹にもたれ掛かってもう一度目を閉じた。



 シャリン、と軽やかな鈴の音が聞こえた次の瞬間、事は起こった。



 突然のテントが破れる物凄い音と共に、いきなり、俺の腕よりも太い尖った棘が生えた尻尾が突っ込んで来たのだ。

 その瞬間に、ニニとマックス達ほぼ全員が飛び起きて、二匹揃って間で寝ていた俺を後ろに向かって叩き落としたのだ。

 いや、確かにニニの爪は出てなかったよ。だけどあれは確実に猫パンチだったね。

 飛び起きた従魔達は、全員揃って破れたテントの隙間からすっ飛んで外に出て行った。

 フランマを抱えた俺は、吹っ飛ばされた勢いのまま見事に転がり、柱ごと倒れ込んで来た破れたテントと一緒に鍾乳石の壁にぶつかって止まった。

 完全にテントに覆い被さられて身動きが出来ない。

 なんとか出ようともがいていると、身じろぎしたフランマが俺の腕からするりと抜け出して飛び出していく。

 おう、ごめんよ。多分俺が抱きついてたから逃げ損なったんだろう。


 外では何やら地響きを立てる大きな足音と、マックスやニニ達の吠える賑やかな声が聞こえていたが、すぐに静かになった。



「おい、生きてるか?」

 どうなったのか全く分からず、転がった体勢のまま身動き出来ずに固まっていたら、破れたテントを剥がしてくれたハスフェルが覗き込んで来た。

 しかし心配そうなその言葉とは裏腹に、その顔は今にも笑い出しそうなのを必死で我慢している顔だった。

 その後ろでは、こっちも破られたテントの端を握りしめて、ギイがしゃがみ込んで大笑いしている。

「いやあ、これまた豪快な朝の挨拶だったなあ。尻尾の不意打ちはいつ以来だったかなあ」

「全くだ。久し振りに飛び起きたぞ」

 ハスフェルの言葉に、笑いすぎて出た涙を拭いながら、ギイが立ち上がってそう言ってまた笑っている。

 下手をすれば死んでると思われるあれを、その程度の笑い事にして良いのかは甚だ疑問だが、まあ恐竜に文句を言っても無駄だろう。そもそも、彼らのテリトリーに入ってきているのは、こっちなんだからな。

 取り敢えずそう思って自分を納得させた俺は、苦笑いして起き上がった。

「なあ、クーヘンは?」

 不意に思い付いて俺は慌てた。俺の隣にはクーヘンのテントがあったんだぞ。姿が見えないけど……どうなったんだ?

 ミニラプトルのピノとレッドダブルホーンラビットのホワイティ、それからレッドクロージャガーのシュタルクとレッドグラスサーバルキャットのグランツは、ニニ達と一緒に飛び出して来て外にいるし、ブラックイグアノドンのチョコも、鞍を外した状態で元から外にいる。

 これで、クーヘンがいないって……?

 嫌な予感に恐る恐る隣を見ると、この騒ぎにも関わらず、何故だか無傷のクーヘンのテントがちゃんと建っていた。どうやら中でまだ寝ているらしい。

「あれだけの騒ぎに無関係で、一人だけ無傷って、なんか腹が立ってきたぞ」

 顔を見合わせた俺達は揃って頷き、クーヘンのテントに向かった。


「クーヘン、起きてるか?」

 ハスフェルが声を掛けても、全く反応が無い。仕方がないのでもう一度声を掛けてから外からテントを開いて中を覗き込むと、テントの中では、スライムのドロップとモモンガのフラールにしがみつかれた状態で、完全に気絶したクーヘンが転がっていた。

 それを見た俺達は、三人揃って堪える間も無く吹き出したのだった。



「まあ、そのうち気づくだろう。そっとしておいてやれ」

 しばらく笑っていた俺達だったが、無事なクーヘンは置いておいても問題なかろうと判断して、とにかくテントの残骸の片付けをする事にした。

「ああ、せっかく買ったテントなのに、あんまり使わないうちにお亡くなりになっちまったよ」

 見事に破れて、倒れた拍子に柱も折れてしまったこのテントは、もう使い物にならないだろう。残念だが、これは廃棄決定だな。

 しかし、そう考えていたのは俺だけだったようだ。

 それぞれの破れて潰れたテントから、硬い木製の柱を丁寧に抜き出すハスフェル達を見て、俺はグチャグチャになった自分のテントを見た。

「なあ、これどうするんだよ。処分するんじゃないのか?」

 すると、二人は揃って驚きの表情で俺を振り返った。

「処分? これを捨てるって事か?」

「え? 捨てないのか?」

 すると、二人は揃って不思議そうな顔で俺を見つめた。

「ええ? 俺、なんか変な事言ったか?」

 納得出来なくてそう言うと、突然俺の右肩にシャムエル様が現れた。

「もしかしてケンがいた世界では、破れたテントは捨てる物だったの?」

「だって、破れたテントはもう使い物にならないだろう?」

「修理すれば良いだろうが。まだ使える物をそう簡単に捨てるとは、そんな勿体無い事をするなんて、お前がいた世界は贅沢だったんだな」

「うう、確かにそうだよな。修理すれば済む事だよな」

 脳裏にゴミ問題って言葉がよぎったが、取り敢えずこれはここでは忘れても良いだろう。

 うん、気に入ってるし、直せるものなら直して使うよ。



 一番被害が大きかったのは、どうやらギイのテントらしく、見事に柱はへし折れているしテントも悲惨な有様だった。

 とは言え、俺のテントだって被害は甚大だ。一番端っこの柱は割れて歪んでいるし、尻尾が突っ込んできて破れた屋根の部分には、そのまま出入りできそうな程の大穴が開いていた。

「街へ戻ったら腕の良い修理屋を紹介してやるよ。この程度なら、あっと言う間に直してくれるぞ」

「おう、よろしく頼むよ。ってか、これでこの程度って言っちゃうんだ」

 若干遠い目になって、とにかく倒れたテントと柱をアクアとサクラに手伝ってもらって片付けた。

 それから、二匹に頼んで地面に打ち込んでいたペグも全部引っこ抜いてもらった。

 スライム達、いつもながら良い仕事してくれます。



「まあ、こんな事はそうは無いからな。朝から災難だったな」

 破れたテントを畳んだハスフェルに言われて、俺は肩を竦めた。

「夜は平和だったんだけどなあ」

「そうか、確かに無事に夜は過ごせたな」

 昨夜の寝る前の挨拶を思い出した俺達は、またしても三人同時に吹き出して大爆笑になったのだった。



「あの……何事だったのでございましょうか?」

 その時、開いたテントからクーヘンは顔を出した。そのまま散らかった周りを見て固まっている。

「おはようさん。あれだけの大騒ぎ、どこまで知ってる?」

 苦笑いしたハスフェルに聞かれて、クーヘンは困ったようにもう一度周りを見回した。

「あの、何やら大きな音が聞こえて、その直後に物凄い振動で……」

「気絶した?」

「はあ……」

「まあ無事だったから良いんじゃ無いか? しかしお前、本当にこれから先、一人で大丈夫か?」


 あ、俺が思っていた事をハスフェルが聞いてくれたよ。

 確かに、何かあった時にああも簡単に気絶されたら、色々とかなりまずい事になる気がするんだけどなあ。


 しかし、クーヘンは苦笑いして首を振った。

「こんな風に気絶したのは、皆様と一緒になってからです。郷を出てからずっと一人でいた時には、どんなに酷い目にあっても気絶するなんて事無かったんです。多分、無意識で皆様に甘えているんじゃ無いかと思います。申し訳ありません」

 ギイが何か言いたげに横目でシャムエル様を見たら、なんとシャムエル様は目を逸らした。


 あ、多分これはシャムエル様がなんかやってるな。

 なんとなく納得した俺達は、苦笑いしてその話はおしまいになった。


「ああ、朝から大騒ぎですっかり目が覚めちゃったよ。コーヒーでも飲むか? それとも、もう食事にするか?」

 大きく伸びをしながらそう言うと、三人は揃って答えた。

「食べる!」

 あまりの元気な即答に、またしても堪える間も無く吹き出した俺は、咳払いをして誤魔化して振り返った。

「おお、朝から元気だな。了解、じゃあ何か出すから待っててくれ」

 嬉しそうに頷く三人を見て、俺は食事を出す為に、倒れはしたものの無事だった机と椅子を並べ直した。

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