従魔登録
「ああ、冒険者ギルドへ到着しちゃったよ……」
もう一度大きなため息を吐いた俺は、小さくそう呟いてから軽く背筋を伸ばすように伸びをしてから出来るだけゆっくりと冒険者ギルドの建物の中へ入っていった。もちろん、従魔達は全員連れているよ。
「おう、ケンさんじゃあないか。どうした? こんな時間に」
ちょうどカウンターの中にいた冒険者ギルドのギルドマスターのガンスさんが、入ってきた俺達に気づいて笑顔で手を振りながら出てきてくれた。
「はい、ええと子猫達の従魔登録をしていないのに、今更ながら気がつきまして……それで急ぎ登録に来ました」
誤魔化すようにそう言いながら肩をすくめると、無言になったガンスさんはしばし考えてから大きく吹き出した。
「確かにその通りだな。産まれたって話は聞いていたが、従魔登録をした覚えはねえなあ。危ない危ない」
顔を見合わせてもう一回二人揃って吹き出す。
ああ良かった。実を言うと、登録するのをマジで忘れていたから、怒られるかと思ってちょっとビビっていたんだよな。
でもまあ、何か問題があった時に従魔登録をしていないと責任問題になるだけで、特に罰則なんかがあるわけでないらしいんだけどさ。
「ほれ、ここに座れ。おおい、従魔登録の準備を頼む」
カウンターを壊れそうな勢いでバンバンと叩きながら、中にいるスタッフさんを呼んでくれる。
うん、別にいいんですけど、そんなに叩くとちょっとマジでカウンターが壊れそうな勢いだよ。ギルドマスター、腕力凄すぎっす。
リナさんとランドルさんと顔を見合わせて揃って苦笑いした俺達は、空いているカウンターに並んで座った。
俺の横にマニ、リナさんの横にはミニヨンが並んで座り、ランドルさんの横にはカリーノが良い子座りしている。
「ええ、もしかして……ああ、そういう事になったのか。いやあ、実を言うと今でも大概なのに、小さくなれない魔獣がこれ以上増えたらどうするんだよって……ちょっと思っていたんだよなあ」
苦笑いするガンスさんの言葉に、俺達三人が揃って吹き出す。
「今でも大概なのにってご意見には、少々アレですが、まあ実を言うと俺も思ってますよ」
笑った俺の言葉に、ガンスさんが遠慮なく吹き出して大笑いしていた。
まあ、確かに……ちょっと色々とアレだけどさあ。別にそこまで笑う事ないじゃんか!
それぞれの前に座ってくれたスタッフさんに従魔登録の申込書を渡されて、三人揃って真剣に書き込んでいく。
最後にギルドカードと一緒に渡せば登録完了だ。
それぞれ嬉しそうにミニヨンとカリーノを撫でているリナさんとランドルさんを見て、ちょっと切なくなった俺だったよ。
子猫を拾って育てて、里親に出す人を尊敬するよ。
はあ、お別れの時、俺……泣かずにいられる自信無いよ……。
ちなみにマニは、俺が登録書を書いている間中ずっと俺の足の間に潜り込んで、俺のそんなセンチメンタルな気分なんてお構いなしに、腹に鼻先を押し付けてずっとゴロゴロと喉を鳴らしていたよ。
ああ、無邪気なその様子に癒されるよ……。
「はい、ではこれで登録完了です。ギルドカードをお返ししますね」
すっかり見慣れた自分のギルドカードを受け取り、そっと裏返す。
上位冒険者の文字と一緒に、今まで登録した街の名前がずらずらと小さな文字でプリントされている。
「これ、マジでどういう仕組みなんだろうなあ」
思わず声に出してそう呟くと、まだ側にいて従魔登録する様子を見ていたガンスさんが何故かドヤ顔になる。
「それは、このバイゼンのみで作れる特殊装置だからなあ。仮に原理を解説しても普通の人には理解出来るとは思えないくらいに複雑だぞ」
「あはは、俺も詳しく説明されてもカケラも理解出来るとは思わないですから、詳しい説明はご遠慮願います。これは単なる疑問ですって」
誤魔化すように顔の前で手を振り、ギルドカードを自分で収納しておく。
「では戻りますね。お邪魔しました」
立ち上がってそう言った時、ランドルさんとリナさん達がギルドマスターに向き直った。
「ギルドマスター。暖かくなった事ですし、俺は明日出発する事にしました。ひと冬お世話になりました。色々ありましたが、まあ楽しかったですよ」
そう言ってランドルさんが右手を差し出す。
「おう、もう行っちまうのか。ちょと寂しいが、流れの冒険者を一つの街へ閉じ込めるのは、鳥に空を飛ぶなと言うようなものだからな。またいつでも来てくれよな。優秀な冒険者はいつだって大歓迎だよ」
笑ったガンスさんとランドルさんが握手を交わし、その後にリナさん達も笑顔でそれぞれに出発の報告をして挨拶を交わしていた。
「って事は、お前さんも行っちまうのか?」
振り返ったガンスさんに寂しそうにそう言われて、咄嗟に言葉が出て来ない。ええ、俺達も出発しちゃうの?
「ええと、留守の間のお城の管理ってどうすればいいですか?」
そう言えば、確かハンプールの街の別荘みたいに、管理依頼が出来るって聞いた覚えがある。
「おう、うちでも受付をやってるよ。担当者を呼んでやるからちょっとだけ待っててくれ」
ガンスさんの言葉にスタッフさんが駆け出していき、結局担当者の人が来てくれてハンプールの街と同じように留守の間の維持管理をお願いして、契約書を交わした。
出発する際に鍵をここに預ければいいらしい。それもハンプールと同じだな。
はあ、突然だけど、俺も明日出発する事になったみたいだよ。
それから、ついでと言ってはなんだが、建物の維持管理ついでに使っていない居住区にしている部屋の掃除と修理、それから一切使っていないけど、来客用の棟の外壁工事と屋根の修理もお願いしておいた。
これでまた冬に戻って来たら、仲間達と一緒に賑やかな冬を過ごせるだろう。
申込書の写しを見ながら、そんな事をのんびりと考えた俺だったよ。