ミニヨンとカリーノ
「じゃあ、まずはテイムのし直しだな」
一つ深呼吸をして気を取り直した俺は、なんでも無い事のようにそう言ってミニヨンとカリーノを順番に撫でてやり、まず、ミニヨンをリナさんのところへ連れていって、即席の首輪にしていた細いリボンをそっと掴んでリナさんに渡した。
「ミニヨン。お前はリナさんのところへ行くんだ。この人がお前の新しいご主人だよ。可愛がってもらうんだぞ」
もう一度深呼吸をしてからそう言って、優しくミニヨンの頭を撫でてやる。
きょとんとして俺を見上げたミニヨンは、リナさんを見てからもう一度俺を見た。
涙が出そうになるのをグッと堪えて笑顔で頷いてやる。
「リナよ。よろしくねミニヨン。どうかしら。私のところへ来てくれる?」
優しいリナさんの言葉に目を瞬いたミニヨンは、もう一回俺を振り返ったので、改めて笑顔で頷いてやる。
「はい! よろちくでしゅ!」
赤ちゃん言葉ではなく若干噛んだ返事の後、ミニヨンがリナさんの胸元に飛び込んでいった。
「きゃあ〜〜〜!」
歓喜の悲鳴をあげて仰向けに押し倒されるリナさん。即座に背中に広がったスライムベッドが彼女を守り、一緒に倒れ込んできたミニヨンごと受け止める。
ルルちゃんがそれを見て、嬉しそうに横から飛び込んでいった。
「きゃあ〜〜〜!」
もう一回歓喜の悲鳴を上げてダブルもふもふに沈むリナさんを見て、俺達は堪えきれずに揃って吹き出したのだった。
「わふっ、ちょっと待ってってば。紋章を刻まないと」
なんとか起き上がったリナさんが、困ったようにそう言って改めてミニヨンの前に立つ。
ミニヨンは、ちゃんと良い子座りをして大人しく待っている。
「どう、ミニヨン。私の従魔になってくれる?」
優しい声でそう言ったリナさんの言葉に、良い子座りしたミニヨンが目を輝かせて頷く。
「はい、よろしくでしゅ。新しいご主人!」
一瞬光った後、ゆっくりと立ち上がってリナさんに甘えるみたいに頭突きをする。
これ以上ないくらいの笑顔になったリナさんが、右手をそっと俺の紋章の上に掲げてゆっくりと押し付ける。
また一瞬光るミニヨン。リナさんが手を引いた時には、俺の紋章とリナさんの紋章が混ざった可愛らしい紋章が綺麗に刻まれていた。
「ああ、紋章が変わっちまった……」
必死になって涙を堪えた俺は、大きなため息を吐いて側にいたニニに両手を広げて力一杯抱きつき、もふもふな胸毛に顔を埋めた。
「はあ、癒される……」
大きく深呼吸をしてしばらくそのままじっとしていたあと、諦めのため息を吐いて顔を上げて立ち上がった。
「よし、じゃあ次はカリーノだ」
立ち上がってそう呟いた俺は、マニの隣に並んでいたカリーノをそっと撫でてやる。
それからそのまま、カリーノをランドルさんの前へ連れていった。
「カリーノ。この人がお前の新しいご主人だよ。ランドルさんだ。可愛がってもらうんだぞ」
言い聞かせるようにそう言って、ランドルさんの前にカリーノを押しやってやる。
「ランドルだよ。どうだい? 俺の従魔になってくれるか?」
優しいランドルさんの言葉に、戸惑っていたカリーノも目を輝かせて頷く。
「はい、よろしくです。新しいご主人!」
そう言った瞬間、ピカッと光ったカリーノは、改めて良い子座りになり胸をぐいっと反らせた。
俺の紋章が刻まれているそこに、笑顔になったランドルさんは手袋を外した右手をゆっくりと押しつけた。
「改めてよろしくな。カリーノ」
その瞬間、カリーノはもう一回ピカッと光り、ランドルさんが手を引いた時には、胸元にランドルさんの紋章と俺の紋章が混じったのが綺麗に刻まれていたのだった。
ああ、とうとうミニヨンとカリーノが俺の手から離れていってしまったよ。
横を向いた俺は、もう堪えきれずにちょっとだけ出た涙を袖で乱暴に拭った。
大丈夫だ。きっとミニヨンもカリーノも幸せになる。
もしもそうじゃあなかったら……それを知った時の俺、言っておくけど、何するか分からないよ?
「お待たせ。それじゃあ、戻ろうか。従魔登録をしないとな」
残ったマニに抱きついて涙が落ち着くまでじっとしていた俺は、一つため息を吐いてから立ち上がってそう言った。
もう全員がそれぞれの騎獣の手綱を手に笑顔で俺を見つめている。
小さく頷いた俺は、駆け寄ってきてくれたミニヨンとカリーノをもう一回撫でてやってから、側に来てくれて待ち構えていたマックスの背に飛び乗った。
そのまま、また俺を先頭にして俺達はゆっくりと街へ向かって街道を戻って行った。行きと違うのは、ミニヨンとカリーノが、それぞれリナさんとランドルさんの横を歩いているって事だけ。
皆無言のままで進みながら、時折、頭上に枝を伸ばす桜の木を眺めていた。
「この桜の景色は、きっと一生忘れられないだろうな」
ごく小さな声でそう呟き、いつの間にか俺の右肩に座っていたシャムエル様にそっと頬擦りした。
そのままゆっくりと進んで街へ戻り、とにかく急いで冒険者ギルドへ向かった。
そろそろ日が傾き始めていて、俺達の足元には長い影が伸びている。
子猫達はそれが面白いらしく、時折大きく飛び跳ねて自分についてくる長い影を押さえて遊んだりしていた。
「どんなに頑張ったって、影は絶対に捕まらないぞ」
ムキになって何度も地面を引っ掻く子猫達を見て、皆苦笑いしている。
「大丈夫にゃ! きっと捕まえられるにゃ!」
しかし、三匹は夢中になって影を追いかけ回している。
「まあ、気が済むまで遊ぶといいよ」
笑った俺の言葉に、皆も小さく吹き出していた。
可愛い子猫達の様子に癒されつつ、街の中をこれ以上ないくらいにゆっくりと進み、冒険者ギルドに到着した。
到着してしまった……。
「はあ。分かっていても、やっぱり別れって寂しいもんだな」
ごく小さな声でそう呟いた俺は、大きなため息を吐いてからマックスの背から飛び降りたのだった。