別れの前に
「はあ、ごちそうさまでした。本当に美味しかったわ。ありがとうね。ケン」
「ごちそうさまでした! 美味しかったです!」
揃って綺麗にかけらも残さずに完食したグレイとシルヴァが、満面の笑みで俺を振り返ってそう言ってくれる。
「はい、お粗末さま。まあ、それだけ喜んでくれたら、大変だったけど頑張ってデコレーションした甲斐があるよ」
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした! 本当にケンさんが作ってくれるものは、どれも最高です!」
そして、こちらも揃って満面の笑みで完食したお皿を前にそう言ってくれるリナさん一家とランドルさん。
同じくこちらも綺麗に完食したお皿を前にごちそうさまをしたハスフェル達神様軍団は、そんな皆の言葉に笑顔で頷きながら拍手をしてくれている。
「はあ、でも残念だわ。もう本当に時間が無くなりそう」
ごく小さな声で呟くシルヴァの呟きに、お皿を片付けかけていた俺の手が止まる。
「ええと、まさか……このままお別れなんて、言わないよな……?」
声が震えるのが自分でも分かった。
一瞬驚いたように目を見開いたシルヴァは、小さなため息を吐いて首を振った。
「そこまでではないけど、もう明日には……かな」
ごく小さな呟きに、俺はぐっと腹に力を込めて息を飲み込んだ。
「そ、そっか……じゃあ、今夜は送別会、かな?」
「送別会?」
俺の言葉にシルヴァ達だけでなく、神様軍団やリナさん一家も驚いたようにこっちを見ている。
「ああ、送別会。いいですね。ぜひやりましょう」
どうやら唯一通じたらしいランドルさんの言葉に、全員の視線が集まる。
「え、ええと……要するに宴会をするんですよ。別れる人や旅立つ人の無事とさらなる活躍を祈って……で、良いんですよね?」
全員の視線の集中攻撃を受けたランドルさんが、ドン引きつつ送別会の説明をして、最後は俺に向かってそう尋ねてくる。
「お、おう。その認識で間違いないよ。こっちではそういう習慣って無いのか?」
この世界は、俺が元いた世界と違って街の外への移動には相当の時間がかかる。つまり別の街へ行ってしまうって事は、一部の流れの冒険者以外は、もう二度と会えない場合がほとんどだろう。
それなのに、送別会をする習慣が無いのはちょっと意外だった。
「まあ、冒険者はそもそも出会いと別れが日常茶飯事だしなあ。別れの前にせいぜい一杯飲んで挨拶して、それで終わりだ。逆に、街の人の習慣は俺達は知らないなあ」
腕を組んだハスフェルの言葉に、ギイも苦笑いしつつ頷いている。
「どうなんでしょうねえ。俺達も、街にいる姉のところへ行っても、旅立つ時に特に何かしてもらった記憶って……無いよな?」
「確かに無いなあ」
「まあ、元気でね。また帰っておいで。って言われるくらいだ」
アーケル君達も、顔を見合わせて少し考えながらそんな事を言っている。
「送別会って言葉は、元相棒のバッカスから聞いたから、もしかしたら、元は酒好きのドワーフ達の習慣だったのかもな」
ランドルさんの言葉に、なんとなく全員が納得する。
確かに酒好きが多いと言われるドワーフ達なら、別れを口実に宴会くらいやりそうだ。
「じゃあ、せっかくだから、今夜は岩豚の肉をはじめ美味しい肉を提供するから焼肉パーティーにしよう」
笑った俺の提案に、拍手が沸き起こる。やっぱり皆、肉好きだもんなあ。
という事で話がまとまったので、この場は撤収する事になり、スライム達がせっせと片付けをしてくれる間、俺達は最後の桜をのんびりと眺めて過ごしていたのだった。
「ご主人全部片付いたよ〜〜!」
得意げなサクラの声に、マニ達を順番に撫でながら不意にある事に気がついた。
「ああ! こいつらの従魔登録って……していないよな!」
もうお別れするって事は、要するにミニヨンとカリーノとはここでお別れだって事だ。
そこまで考えて重大な事実に気がついてちょっと青ざめる。
「そ、そうですね。確かにしていませんでしたね」
リナさん達も、今更ながら気がついたみたいで揃って青ざめる。
「子猫達を連れてギルドまで行っていたのに……全然思いつかなかったよ。ええと、それじゃあ戻りがてら冒険者ギルドへ立ち寄って、それぞれ従魔登録すればいいですね」
「そうですね。早くしておくに越した事はありませんから」
苦笑いするリナさんの言葉に、ランドルさんも苦笑いしつつ頷いている。
「そうなんだって。いよいよお別れだな」
小さく呟き、順番にすっかり大きくなったカリーノとミニヨンを何度も撫でてやる。
ご機嫌で喉を鳴らす子猫達を順番に俺は両手を広げて力一杯抱きしめてやったのだった。
「可愛がってもらうんだぞ」
何度もそう言って、目を閉じてちょっと上手くなってきた喉の音に、込み上げてくる涙をグッと堪えて、耳をすませて聞いていたのだった。