この地に旗を立てるなり!
「出来たぞ。どうなった?」
全員分のおからパンケーキデコレーションバージョンが出来上がったところで、一旦収納してから後ろを振り返る。
草原エルフ三兄弟は、俺の声に顔を上げて笑って手を振っているが、それ以外の全員が無言のままで顔も上げない。
ううん、気軽に出した課題だったけど、意外に皆苦労しているみたいだ。
一つため息を吐いてから小さく笑った俺はひとまず自分の席に座って、自分用の旗を取り出して黒インクとペンを手にした。
「ケンは、何を描くの?」
どうやら書き終えたらしいレオとエリゴールが、立ち上がって俺の背後から興味津々で覗き込んでくる。
「そりゃあ、俺が描くものなんてこれに決まってるって」
笑ってさらさらと小さな旗に描いたのは、俺の紋章である肉球マークだ。一応、KENって文字も入れておいたよ。
「ああ、確かにそれはケンの紋章だものね」
「確かに、絶対にケンのものだってわかるなあ」
レオとエリゴールはおもしろそうに笑って自分が持っていた旗を見せてくれた。
エリゴールが持っていた旗には、なんと黒いインク一色で焚き火の炎が描かれていた。
数本の薪を重ねた上に踊るやや平たい炎は、今にも真っ赤な色を纏って燃え上がりそうなくらいのリアルさを見せている。
「へえ、すごい! 焚き火の炎か。エリゴールにピッタリだな」
レオが持っている旗には絵は描かれておらず、代わりにとても流暢な文字でこう書かれていた。
「大地の恵みと愛は常に共にある。うん、そうだな。まさにその通りだ」
レオが何の神様だったのかを思い出してなんだか嬉しくなってそう呟いた直後、不意にあの巨大ミミズのウェルミスさんを思い出してしまい、ちょっと虚無の目になった俺だったよ。イケボだし、すごく優しいお方なんだけど……なんだけどさあ! とにかく、あのビジュアルが強烈すぎるんだよなあ……。
「ん? どうかした?」
「べ、別に何でもないです」
目ざとく気がついてくれたレオに、誤魔化すように笑って首を振る俺。
「俺は自分の紋章にちょっと飾りを入れてみたよ!」
アーケル君が得意そうにそう言って見せてくれたのは、なんだかもの凄く描き込まれた豪華な旗で、彼の紋章の周りを取り囲む、綺麗な蔓草っぽい飾り模様があって、旗の四隅にも同じような植物のモチーフっぽい模様がぎっしりと描かれていた。ええ、これ今の時間で書いたのか? まじで凄い!
この複雑な植物の蔓っぽい模様は、俺の限りなく浅い知識では何と表現するのか知らないけど、古い本とか壁紙とかでよく見る模様のような気がする。
オリゴー君とカルン君の旗には、それぞれバラっぽい花びらが幾重にも重なる豪華な花が一輪だけ描かれていて、その四隅にはさっきのアーケル君と同じような複雑な模様がびっしりと描き込まれていた。
そして続いて見せてくれたリナさんの旗にも、同じく彼女の紋章と四隅に描かれた植物の紋様。
アルデアさんは、桜の花をこれも見事に描いていて、やっぱり同じく四隅には同じような紋様が描き込んであった。うううん、草原エルフの皆、絵が上手過ぎるよ。
「この四隅の紋様は草原エルフの間に伝わる、いわば魔除けの模様なんです。ほら、俺のベルトにも同じ紋様を入れてもらっているんです」
アーケル君が笑って見せてくれたベルトには、確かに同じ紋様が刻まれている。
「へえ、こういう伝統文化は大事にしないとな。だけど、これをサクッと描けちゃうって凄すぎるよ。俺なんてこれだよ」
笑って見せた肉球マークを見たリナさん一家は、全員揃って笑って何度も頷いてくれた。
「これはケンさんの紋章なんだから、逆にこれ以外を描かれたらそっちの方が驚きますって」
笑ったアーケル君の言葉に、レオとエリゴールも一緒に笑って頷いてくれたよ。
ちなみに、ランドルさんも同じく自分の紋章をそのまま描いていたよ。若干綴りが怪しかったけど、まあ読めるから問題無しだ!
ハスフェルとギイは、それぞれ、平和、友情、って文字をこれも綺麗な装飾文字で書いていたし、オンハルトの爺さんは、技術、って文字をこれも綺麗な装飾文字で書いていたよ。
うん、なんと言うかとっても三人それぞれに納得する旗だったね。
「描けた〜!」
「私も描けたわ!」
なんとなくまったりと和んでいると、不意にシルヴァとグレイの二人がそう叫んで腕を伸ばした。
「お疲れさん。それでどんなのになったんだ?」
彼女達がどんなのを作ったのか気になり、興味津々で見に行く。
「ほら見て!」
まずシルヴァの手にした旗には、流暢な文字で少し長めの言葉が綴られていた。
「何々……吹き寄せる風に思いを馳せて歩き、風と共に踊ろう。優しき風に祝福を」
俺が声に出して読むと、シルヴァは恥ずかしそうに笑って口元を両手で隠した。
「古典詩の一部よ。好きな一節なの」
無教養な自分がちょっと悲しくなったけど、なんと言うかとてもシルヴァらしい。
「私も同じ古典詩の一部よ」
笑ったグレイの旗にも、これもまた綺麗な文字でこう書かれていた。
「何々……遠く流るるこの川は、かの人の元へと我が想いを運んでくれるなり。清き流れに祝福を。おお、なんか二人とも凄い」
誤魔化すように笑った俺の言葉に、二人がちょっとドヤ顔になった。
「じゃあ、無事に旗も描けたところではいどうぞ!」
なんだか悔しくなった俺は、にっこり笑っておからパンケーキのお皿を取り出してやる。
超豪華なデコレーションの施されたおからパンケーキのお皿を見て、全員が狂喜乱舞したのは言うまでもない。
「では、我が領土を宣言する為に、この地に旗を立てるなり!」
唐突にシルヴァが大真面目な顔でそう言い、持っていた旗を積み上がったパンケーキにぶっさりと突き刺した。
当然しっかりと立つ旗を見て、全員揃って吹き出した後に拍手大喝采になったのだった。