洞窟での一夜
しばらく歩いた俺達は、以前来たのとはまた別の広いグリーンスポットに到着した。
「おお、もう外は陽が暮れていたんだな」
見上げると、完全に崩落してぽっかりと空間が開いた天井部分からは、綺麗な星空が見えていた。
「道理で腹が減る筈だな。じゃあ手早く今夜は作り置きで済ませるか」
そう言って、足元に来てくれたサクラから、まずは机と椅子一式を取り出して組み立てた。
横を見ると、丁度ベリーが戻って来たところで、俺を見てにっこり笑って頷いていたので、どうやらトリケラトプス狩りは上手く行ったみたいだ。
うん、結果を聞きたいような、聞きたくないような……。
ハスフェルに聞いたところ、このグリーンスポットは、彼らが洞窟内でキャンプする時によく使っている場所らしい。
ここには何とそのまま飲める真水の湧く綺麗な泉があり、その泉から流れ出た細い小川が洞窟の隙間に流れ込んでいるのだ。
地面には、恐らく天井の崩落の時の名残りだろう、小山ほどもある鍾乳石の破片があって、その前はテントを張るのにぴったりの、ごく短い草が生茂る乾いた平らな地面になっていた。ここなら数名いてもテントを張るのにも不自由しないのだ。
「確か、ここはハスフェルの遊び場だって言っていたものな。ちゃんとキャンプ地は確保してる訳か」
小さく笑った俺は、夕食に何を出そうか考えて、足元に座ってこっちを見上げるタロンと目があった。
「その前に、まずはタロンに鶏肉だな。ええと、お前らは? 何も食べなくて大丈夫か?」
スライム達と草食チームは、勝手にあちこちに散らばって生えている草を好きに食べている。
タロンに鶏肉を出してやり、ベリーとフランマ、モモンガ達用に果物の箱を取り出しながら、俺は猫族軍団と肉食チームを振り返った。
「たっぷり食べたから、まだ大丈夫だよ」
「水はたっぷりあるしね。いざとなったら、その鶏肉を少しもらうわ」
小さくなっているレッドグラスサーバルのソレイユの言葉に、俺は納得して頷いた、
「ああそうか。マックス達と違ってジェムモンスターチームは身体が小さくなれるから、最悪の場合でも俺が持ってる肉類で何とかなるな。よし、街へ戻ったらもう少し鶏肉を中心に肉類をまとめ買いしておこう」
生肉の在庫をもうちょっと増やすべきだろう。
そう呟いて頭の中の買い物リストを確認していたら、それを聞いたソレイユが、俺を見て嬉しそうに目を細めた。
「そうね、よろしく。あ、それなら何か大物の獲物を確保したら、アクアに持っていて貰うってのも出来るわね」
ソレイユの言葉に、思わず吹き出した。
「あはは、確かにそうだな。だけどお前らの食事は、出来たら俺の見えないところで頼むな」
苦笑いしながらそう言ったら、ソレイユだけでなく、シャムエル様にまで鼻で笑われたよ。
ヘタレな現代人でごめんよ。
だって俺は元々、テレビの野生動物のドキュメンタリー番組なんかでも、猛獣の食事風景の時には、ちょっと目を逸らす程度にはヘタレなもんで。
同僚の中には、大好きだって言ってた奴もいたけど、俺はスプラッタ系の映画とかも絶対見なかったな。
「まあ、こればっかりは馴染みがなければ仕方がないよね」
慰めるようにシャムエル様に頬を叩かれて、悔しくなった俺はもふもふの尻尾を突っついてやった。
今夜は適当に作り置きを色々出して、好きに食べてもらった。
とんかつとチーズ入りとんかつ、唐揚げ、フライドポテトと、粉吹き芋も出しておく。後は目玉焼きかな?
生野菜と温野菜もマヨネーズと一緒にたっぷりと出しておき、野菜スープも小鍋に取り出して温めておく。それから自分が食べたかったので、クリームシチューも大鍋から少し取り出して温める。
ふと思い付いて、道具屋で買った簡易オーブンで食パンを焼いてみた。凄くカリッと美味しく焼けたので、これは街へ戻ったらもう一台買っておこうと思った。
うん、オーブンの部分もかなりしっかりしているから、これなら大皿でグラタンでも焼けそうだ。あ、ジャガイモのチーズ焼きなんかも美味そう。
シャムエル様は机の上に座って、取り分けてやったクリームシチューにご満悦だ。
「鼻の先にシチューが付いてますよ」
ちぎった食パンで拭いてやると、それをそのまま奪い取って齧り始める。
笑ってそれを眺めながら、カリッと焼けたトーストをシチューと一緒に俺も美味しく食べた。
いやあ、しかし皆よく食べるね。本当に間違い無く、このメンバーだったら俺が一番少食だよ。
山盛りに出した食事が食べ尽くされ、サクラとアクアに手伝ってもらって汚れた食器を綺麗にする。それから、全員に緑茶を淹れてやった。
うん、ただ単に俺が緑茶を飲みたかったからなんだけどね。
のんびりとお茶を飲む俺達から少し離れた茂みでは、巨大なステゴザウルスがのそのそと動き回っている。
「あれ、こっちへ来たりしないか? 寝ていてうっかり踏み潰されたりしたらシャレにならないと思うんだけど」
あの巨体なら、悪意が無くても踏まれただけで大惨事だろう。割と本気で心配したが、俺の言葉にハスフェル達は笑って首を振った。
「大丈夫だよ。ちゃんとグリーンスポットでキャンプする時の為に、恐竜よけの方法が有るんだよ。ほら、これだ」
ハスフェルが見せてくれたのは、片側の先に鈴の付いた、50センチぐらいはある太い鉄の棒だ。鈴の反対側の先の部分が尖っているので、どうやら地面に突き刺す大きなペグみたいだ。
「これを、キャンプ地の周りに刺して、入って来て欲しくない部分を紐で囲うんだ。そうすれば知らずに近寄ったら紐に引っ掛かってこの鈴が鳴るだろう。こいつは恐竜達が嫌うミスリル製の鈴なんだ。ごく軽い音だから、俺達には心地良い音なんだが、恐竜達は嫌がるのでこの音のする所に近寄って来ない」
試しに振ってみたが、ごく軽い音で確かに全然苦じゃない音だ。それどころか心地良い。
「へえ、そんな便利な道具があるんだ。じゃあ安心だな」
立ち上がった俺達は、まずはそれぞれ持っているテントを張った。
いつもなら少し離れた所に好きに張るんだが、今回ばかりはギリギリ近くに立てて、ハスフェルとギイが出してくれた鈴付きペグをテント周りにぐるっと打ち込み、同じくハスフェルが出してくれたロープを通してテントの周りを囲った。
「これで大丈夫だな」
周りを見回してそう言ったが、視界に入る巨大な草食恐竜達に、どうしても不安を隠せなかった。
「心配するな。まあ、たまに尻尾がテントを突き抜けて突っ込んで来る事もあるが、それはもう災難だと思って諦めろ。心配しなくても、そんな事になったら、向こうもびっくりして逃げていくよ」
「不安しかない慰めをありがとう。確かにそうなったら諦めて新しいテントを買うよ」
「それから、今夜は防具は身に着けたままの方が良いぞ。万一の時、かなりの確率で命を守ってくれるからな」
「了解です。ってか、そんな事聞かされて、俺、今夜寝られるかなぁ」
若干遠い目になった俺の言葉に、ハスフェルは小さく吹き出したのだった。
「それじゃあお休み」
「ああ、無事に夜を過ごせるように祈っててやるよ」
「不安しかない慰めを有難うな」
しかし、そうは言ってもハスフェルとギイのテントが草地に近い前側で、俺とクーヘンのテントを小山ほどもある鍾乳石の破片の横にしてくれているのは、恐らく気遣ってくれているのだろう。
いつもの大きなテントの中に入ると、マックスとニニが並んでいて、草食チーム達は既にいつもの定位置に収まっていた。
プティラとファルコは、出したままの椅子の背に並んで留まっている。
「じゃあ今夜もよろしくお願いします!」
剣帯を外して机に置き、そのまま俺は、いつものニニの腹毛の海に潜り込んだ。
横にマックスが並んでくっつき俺を間にサンドする。俺の背中側には巨大化したラパンとコニーが並び、タロンとソレイユとフォールが無言の位置争いをしている間に、カーバンクルのフランマが俺の腹の横に潜り込んで来た。おお、堪らんぞ。この尻尾のもふもふ具合。
無意識に、抱きしめたフランマの尻尾をもふもふした。
「あ! 狡いよフランマ!」
タロンがそう言い、慌てたようにその隣に潜り込んで俺の腕の中に顔を突っ込んで来た。
笑ってタロンの顔も撫で回してやった。
場所の無くなったソレイユとフォールは、二匹揃ってベリーの所へ向かう。
「じゃあ、今夜は私と一緒に寝ましょうね」
嬉しそうなベリーの声に、俺は堪える間も無く吹き出したよ。あれ、平気そうに言ってるけど、絶対大喜びしてる声だぞ。
「皆、仲良くな。それじゃあお休み」
俺の声に、机に置いていたランタンの灯りは、スライムのアクアが消してくれた。
「アクア、有難うな……おやすみ……」
緊張して寝られないと思っていたのだが、もふもふの癒しパワーは凄かったです。
潜り込んで目を閉じた直後からの記憶が全く無いって、ほんとに毎回どれだけ垂直落下睡眠なんだよ。