桜並木
「だあ〜〜〜! マックス、ストップ〜〜〜!」
目の前まで迫ったアッカー城壁の城門を見て、俺が思いっきり叫ぶと、キキー! って擬音が聞こえそうな勢いでマックス達がピタリと止まる。
またしても上がる悲鳴と笑い声。
「全く、お前らの運動神経はどうなってるんだよ」
苦笑いしながらマックスの首元を叩いてやり、目の前に迫る巨大なアッカー城壁を見上げた。
「はあ、それじゃあ行くとしようか」
ハスフェルと鞍上で顔を見合わせて揃って吹き出した俺達は、ここからは一列になってゆっくりと城門をくぐり抜けて広い道路を進んで行ったのだった。
貴族の別荘地に始まり、街を抜けて南の街道へと続く城門へ行くまでの間……完全にパレード状態。
いや、歓迎してくれるのは嬉しいんだけどさ。基本モブ体質の俺には、どうにも落ち着かなくてライフがゴリゴリと削られたのだった。
いやあ、あの大歓声に平然と手を振って応えてられるお前らの神経がマジで羨ましいよ。
「はあ、やっと到着だ〜〜〜。遠い道のりだった」
疲れ切ってマックスの背中に突っ伏していると、ハスフェルに鼻で笑われたよ。解せぬ!
「おお、これは見事だ」
「確かに見事だ。もう木によっては満開に近いものもあるな」
しかし、笑ったギイとオンハルトの爺さんの言葉に、慌てて起き上がって城門の外を見る。
「うわあ……昨日と全然違う……」
確かに昨日は五分咲きくらいだった。
まだ全然咲いていない木だってあったくらいだ。
それなのに、それなのに今俺の目の前に広がる光景は、七分咲きくらいにまで咲き誇る桜の木々だった。
「うわあ、どんどん咲いてる……もう、こんなのあっという間に満開じゃん……」
マックスの背の上で、半ば呆然とそう呟く。
「綺麗だなあ」
「今年はまた、一気に咲いたなあ」
「確かに、ここまで見事なのは久しぶりに見るよ」
草原エルフ三兄弟の感動するような呟きに、俺も言葉もなくただ頷くしかない。
リナさんとアルデアさんは、二人揃って鞍上で手を取り合って目を輝かせて仲良く桜を見上げている。
そして、ランドルさんと神様軍団は、全員揃って満面の笑みで桜を見上げていた。
「じゃあ、せっかくだからゆっくり進むとしようか」
笑ったオンハルトの爺さんが、そう言ってエラフィをゆっくりと進ませる。
なんとなく進み難くて城門の前で止まっていると、神様軍団とリナさん一家が俺を追い越して先に進んで行く。
「どうしました? 行きましょうよ」
ランドルさんが声をかけてくれて、ようやく我に返った俺も頷いて、ゆっくりとマックスを進ませた。
マニ達は、そりゃあもう大はしゃぎであっちへこっちへ走り回り、ひらひらと舞い落ちてくる小さな桜の花びらを見ては、嬉しそうに飛びかかって捕まえたりして遊んでいる。
他の従魔達も、なんだか嬉しそうにしているのを見て、俺は密かにため息を吐いて頭上を見上げた。
マックスの背の上にいると、桜の花がごく近い。
「俺の知っているソメイヨシノよりも、花が大きいな」
手を伸ばして、満開に近い桜の花をそっと撫でた。
「へえ、桜の種類が一種類じゃあないんだ。明らかに色が違う木があるなあ」
しばらくのんびりと眺めていたんだけど、ふと違和感を覚えて桜をよく見ていた俺は、あることに気がついて小さくそう呟いた。
咲いている桜の花に、白っぽい花と濃い桜色の花が何段階かあり、ある意味グラデーション状態になっている。それに、花自体の大きさもかなりの差があるみたいだ。
「へえ、これなんて、コスモスの花ぐらいありそうだ」
以前会社の事務所の玄関先の植え込みに咲いていた綺麗なコスモスの花を思い出した。
もちろん花びらの形は桜なんだけど、目の前で咲くそれの大きさは、マジでコスモスくらいありそうだ。
「桜は綺麗だからね。私のお気に入りの花の一つなんだ。それで、ケンのいた世界の桜を参考にして、幾つか種類を作ってかなり初期の頃に植えたんだ。しばらくは森の中に咲いているだけだったんだけどさ。ある時、ドワーフの庭師達が山から桜の木を取ってきて街の中や街道に植え始めたの。どうやら彼らも気に入ってくれたみたいでね。以来、代々品種改良が進んでここまで種類が増えたんだ。ここの街道には、ごく最近の新種以外は確か全部あるはずだよ」
マックスの頭に座ったシャムエル様の言葉に納得して頷く。
「へえ、そうなんだ。じゃあ枝垂れ桜なんかもあるの?」
「もちろんあるよ〜〜! 枝垂れ桜があるのはもっとウォルスに近い場所だから、楽しみにしているといいよ。すっごい巨木があるんだ」
目を輝かせて振り返ったシャムエル様の言葉に俺も笑顔になる。
「そりゃあ楽しみだな。じゃあ行くとするか」
なんとなく立ち止まっていたら皆がずいぶん先に行ってしまい、苦笑いしてため息を吐いた俺は、満開の桜並木の下をゆっくりとマックスを進ませたのだった。
しかし、本当に途切れる事なく延々と桜並木が続いている。
薄紅色から濃い桜色まで、グラデーションも楽しみつつ、俺は出来るだけゆっくりと進みながらちょっと浮かんだ涙を必死になって飲み込んでいたのだった。
「ケン! 早く早く〜〜〜! お弁当を広げるのなら、ここが良いと思うのよね!」
かなりの距離を進んだ頃、はるか前方から声が聞こえてきた。振り返ったシルヴァ達が満面の笑みで手を振っているのが見えて、小さく吹き出した俺は少し速くマックスを進ませてすぐに追い付いた。
「ほら見て、お弁当を広げるのならここがいいわよ!」
満面の笑みのシルヴァが指差しているのは、街道沿いに所々設けられている広い場所で、そこでは旅人が野営をしたり、荷運びの人達が休んだり荷物の積み直しなどが出来るように、綺麗に整地された芝生が広がっている。
確かに、そこならお弁当を広げるのにぴったりの草地だろう。
街道のすぐ横なので桜並木が見渡せるし、しかもその広い草地の周囲にも、取り囲むようにびっしりと桜の木が植えられていた。もちろんここの桜も満開だよ。
早速ハスフェル達が大きな敷布を広げ始めるのを見て、俺も笑ってマックスの背中から降りて駆け寄ったのだった。
感傷的な気分は、美味しい花見弁当で吹っ飛ばしてもらう事にしよう!