ブラッシングタイムと意外な事実
「それじゃあ、明日は昼前くらいに出掛けて、外でお弁当ね!」
「わあい、お弁当楽しみ〜〜〜!」
手を取り合ったシルヴァとグレイが、何やら大はしゃぎしている。花見弁当がよほど気に入ったらしい。
「それならもう、明日は朝から出かけて、のんびり桜並木を散歩しましょうよ。従魔に乗って行けば、ウォルスの街まで行っても余裕で戻って来られますよ」
笑ったアーケル君の提案に、皆が口々に賛成する。
俺はいまいち距離感が分からないんだけど、聞くところによるとあの桜並木は、途中いくつか途切れる箇所はあるものの、街道沿いにある大きなウォルスという街まで延々と続いているんだそうだ。ウォルスまでは徒歩なら数日かかる距離だと聞き、まあマックスの脚ならすぐだろうなと納得した。
って事で相談の結果、明日は朝から出掛ける事になった。
「じゃあ、明日はよろしくね〜〜」
「お弁当、楽しみにしてるわ!」
目を輝かせたシルヴァの言葉に、男性陣は苦笑いだ。どうやら彼女達の中では、桜の花より食欲が勝ったみたいだ。
「ああ、おやすみ。また明日な」
笑って部屋に戻る皆を見送り、リビングを片付けてから俺も従魔達を引き連れて部屋に戻った。
「さて、寝る前にちょっとスキンシップタイムにしよう。ほら、ブラッシングしてやるからおいで」
大きな布の束とブラシを取り出した俺を見て、従魔達の目が輝く。
まずは、水場へ行って従魔達用にしている大きな布をじゃぶじゃぶと水で濡らして軽く絞る。
当然一番は自分と言わんばかりに、マックスが飛びつくみたいに駆け寄ってくる。
「一番はマックスか。よし、じゃあまずは拭きますよ〜〜」
笑って大きな頭を撫でてやってから、広げた布でまずは拭いてやる。
乾燥した布で乾拭きしてから、ブラッシング開始だ。
いやあ、抜ける抜ける。
毎年恒例の、春の脱皮シーズン到来だ。
向こうの世界にいた頃でも、春先のマックスとニニの抜け毛はそりゃあ凄かった。
元々ブラシ好きな子達だったので、普段からブラッシングはしてやっていたんだけど、やっぱり春の抜け毛は半端なかった。
俺はこれを密かに脱皮と呼んでいたんだ。
だって、ブラシに絡まった抜け毛って、毎回完全なるシート状態。あれを一気にベリっと剥がすのは、結構楽しかったんだっけ。
「今年も、世界を抜け毛で覆い尽くす計画発動中だなあ」
足元に溜まった抜け毛を見てもう笑うしかない。
スライム達に抜け毛は片付けてもらい、仕上げにもう一度濡れた布と乾いた布で拭いてやり、次はニニの番だ。
もちろん、ニニの毛はマックスよりもさらに抜けたよ。
世界を抜け毛で覆い尽くす計画の首謀者は絶対にニニだと思うぞ。
布はスライム達が水場で洗って絞ったのを運んできてくれるので、俺は待ち構えている従魔達をせっせとブラッシングしてやったのだった。
もちろん毛のない子達は、濡れタオルでしっかりと拭いてやった。
「ほら、お前らもおいで」
最後に、逃げ回っていた子猫達を捕まえて順番に拭いてからブラッシングしてやる。
最初は嫌がっていたんだけど、三匹ともどうやらブラッシングの気持ち良さが分かったみたいで、途中からはうっとりと目を閉じてされるがままになっていたし、最後にはへそ天状態でご機嫌で転がっていたよ。
ふかふかになった子猫達は、もう最高に可愛かった。
あと何日、この子達と一緒にいられるのかを不意に考えてしまい、ちょっと涙目になった俺だったよ。
最後にカリディアとフランマ、それからシャムエル様もブラッシングした後、ふと思いついてベリーを見る。
出会った頃はマナの不足から可愛い子供だったベリーも、完全回復した今では、すっかり貫禄のある初老の爺さんだ。しかも長髪で髭あり……まあ、あの長い髪と髭は、ブラッシングしようと思えば出来なくはない。
「ええと、ベリー、ブラシしようか?」
一応仲間なんだし、今まではやっていなかったけど実はやって欲しかったりするかもしれない。
そう思って自分用の、つまり人間用の普通のブラシを手にして尋ねてみる。
すると、何故かいきなりベリーは吹き出して大爆笑になった。
「ありがとうございます、ケン。お気持ちだけ受け取っておきます。その程度は自分で出来ますから大丈夫ですよ」
笑いながら顔の前で手を振られて、何故か安堵する俺。
「ですが、ケン。他のケンタウロスには、その言葉を言ってはいけませんよ」
何やら意味深なその言葉に、片付けをしていた俺の手が止まる。
「へ? 何が駄目って?」
そう言って振り返ると、もう一回吹き出したベリーは一瞬で大きな櫛を取り出して自分の髪をとかし始めた
「ケンタウロスの仲間の間で、あなたの髪をとかせてください。っていうのは、要するに……あなたと一生一緒にいたいです。って意味なんですよ」
笑いながらの説明に、思いっきり吹き出した俺だったよ。
おう、まさかの求婚の言葉だったとは。
「あはは、そりゃあ知らなかったとはいえ失礼しました! 前言撤回させていただきます!」
「ああ、振られてしまいましたね。せっかく人生の伴侶が見つかったかと思ったのに」
ものすごく残念そうにそう言って泣く真似をするベリーの言葉に、顔を見合わせた俺達はもう一回吹き出して大爆笑になったのだった。
ううん、異種族間でこういう危険があったとは。
予想外の出来事に、ちょっと笑いが止まらない俺だったよ。うん、気をつけよう。