いってらっしゃいと肉の引き取り
「それじゃあ、気をつけて行くんだぞ。怪我なんて絶対に駄目なんだからな!」
「はあい、了解でしゅ〜〜」
俺に顔を掴まれたマニが、ご機嫌で目を細めながらそう言って喉を鳴らしている。
「本当に、本当に気を付けるんだぞ。なにしろ、今日の相手は肉食恐竜らしいからな」
無意識にもこもこの頬を揉み揉みしつつ、俺はマニの額に自分の額を当てて、そりゃあもう必死になって言い聞かせていた。
だって、今日は地下洞窟の下層まで行って、ラプトルやディノニクスと戦わせてみるって言っていたんだぞ。これが心配せずにおられようか!
と、脳内で絶叫しつつ甘えてくる他の子達も、順番に撫でたり揉んだり、おにぎりにしてやったりしたのだった。
「ご主人は心配性だにゃ!」
「本当よねえ。大丈夫なのにさ」
カリーノが半ば呆れたみたいにちょっと偉そうにそう言って笑う。
「確かにご主人は心配性ですねえ」
ミニヨンも、相当自信があるらしく平然としている。
「まあ、一応俺達も気をつけておくし、またニニちゃん達が一対一で指導してくれるだろうから、そんなに心配するなって。なんなら一緒に行くか?」
「遠慮しとく」
にんまりと笑ったハスフェルにそう言われて、ソッコー断った俺だったよ。
「行ってくるにゃ!」
「ああ、気をつけてな」
出発の準備を済ませた俺達は、お城を出たところで別れて嬉々として地下洞窟へ向かう一行を見送った。
「まあ、いざとなったら万能薬があるしな。そう言えば、春になったらどこかのタイミングでオレンジヒカリゴケの収穫にも行かないといけないのか」
岩食いほどの脅威ではなかったが、初めてモンスターを見た時の事を不意に思い出してしまい、ちょっと遠い目になる俺だったよ。
「まあ、そこはウェルミスさんが頑張って育ててくれていると信じておこう。ウェルミスさん、よろしくお願いします!」
実際のところハンプールの俺の別荘の庭で採れた青銀草もかなりあるし、一時期に比べればそれほど万能薬の材料は逼迫しているってわけではないらしい。
とはいえ、この世界を守ってくれるハスフェルやギイに無理させるなんて絶対に駄目だからな。
「春が来てほしいような、来てほしくないような……だな」
小さくそう呟き、鞍を載せたマックスの背中に飛び乗った。
「お待たせ。それじゃあまずは、街の冒険者ギルドへ行って、お願いしていた肉を引き取ってこよう。それから、ちょっと買い物をして、南の街道の桜の咲き具合を見に行こうと思うんだ。街の端まで行かなきゃならないけど、構わないかな?」
笑って首元を叩きながらそう言うと、嬉しそうにワンと吠えたマックスは一気に庭へ駆け出して行った。
「良いですね! では、まずは冒険者ギルドですね! お任せください! 街の中くらいどこへでもお連れしますよ!」
ご機嫌でそう言ったマックスは、広い庭を一気に駆け抜けアッカー城壁目指してそれはそれはすごい勢いで駆け出して行ったのだった。
「うわあ、ちょっと待って! 落ちる落ちる!」
慌てて体を伏せた俺は、振り落とされないように必死になって手綱にしがみついていたのだった。
アッカー城壁を抜けたところで、一気にスピードダウンして、そのままゆっくりと街へ向かう。
時折、建物から子供の歓声が聞こえて、俺の名前を呼ぶ声が聞こえたりしてちょっと笑っちゃったよ。
心なしかマックスも得意げだ。
もういっそ開き直って手を振り返してやりつつ、街へ入ったところで俺は密かに安堵のため息を吐いたよ。やっぱり俺は、モブその一くらいの扱いが身の丈に合っている気がする。
しかし、街へ入ってもあちこちから声はかけられるわ手を振られるわで、冒険者ギルドへ到着した頃には、俺のHPは結構ゴリゴリに削られていたのだった。
「おお、ケンさん。引き取りに来てくれないから、忘れられたのかと思っていたぞ」
ちょうど俺が中に入ったタイミングで、カウンターの中からガンスさんが笑顔で手を振ってくれた。
「ああ、おはようございます。もう出来ていますよね?」
「もちろん。預かっていた収納袋へ種類別にまとめて入れてあるよ。ほら、こっちだ」
笑ってそう言われたので、マックスを連れて奥の部屋へ向かう。
「ケンさん! お待ちしていましたよ」
笑顔のスタッフさん達がそう言い、預けてあった収納袋をすぐに持ってきて渡してくれた。
収納袋の口の部分には荷札みたいな小さな布がくくりつけてあり、中に何が入っているのか詳しい説明が書いてあった。
「鹿肉ステーキ、うう、どんな味なんだろう。楽しみだなあ」
嬉しさのあまり笑み崩れるのを必死で我慢しつつ、収納袋は一旦自分で収納しておいた。
「では、ありがとうございました」
「なんだ、もう行くのか? 茶くらい出すぞ」
笑ったガンスさんのからかうような言葉に、俺も笑って振り返る。
「南の街道の、桜の花の咲き具合を見に行こうと思いましてね」
俺の言葉に、ガンスさんは満面の笑みになった。
「ああ、そろそろ咲き始めているな。満開よりも、俺は咲き始めの今くらいが一番好きだよ」
「ああ、確かに咲き始めも良いですよね。でも俺は、ちょっと散って葉桜になりかけた頃くらいのあの感じも好きなんですよね。なんて言うか、ちょっと物悲しい独特の風情が好きなんですよ」
日本人的には侘び寂びって言うんだっけ? あまり詳しい事はわからないけど、こう言う感情は嫌いじゃない。
「これはまた詩的な言い回しだな。成る程、散り始めの頃は、確かに独特の物悲しい感じがするな」
驚いたように目を見開いたガンスさんの言葉に、俺はちょっと驚いていた。
こういう感覚って日本人独特なのかと思っていたけど、そうじゃあないみたいだ。
小さく笑って、ガンスさんに一礼した俺は、そのまま建物を出てマックスに乗り、ゆっくりと南の街道目指して街の中を進んで行ったのだった。