寝坊した朝
「お〜き〜ろ〜〜〜〜」
「うわあ、痛い痛い!」
いきなり瞼を引っ張られて悲鳴を上げた俺は、なんとか手をついて飛び起きた。
「もう、朝です! 良い加減に起きなさい! 皆起きてるよ! 私はお腹が空きました!」
シャムエル様の言葉に驚いて窓を見ると、確かにすっかり日は上っているみたいだ。
これがサラリーマン時代なら、時計を手にして「遅刻だ〜〜!」とかって叫んでいる場面だろう。冒険者万歳! 自由人万歳!
「あはは、確かに寝過ごしたな。じゃあ起きるよ」
苦笑いして起き上がった俺は、とにかく顔を洗いに大急ぎで水場へ向かった。
「ああ、水が冷たい! ううん、だけど真冬に比べたら水温が少しは上がった気がするなあ」
確かに冷たくはあるが、真冬のキンキンに冷えた水で顔を洗った時の、あの刺されたみたいな痛い感じはもうない。
「もうすっかり春なんだなあ……」
流れる水を見つめながらぼんやりとそう呟く。
「どうしたのご主人、綺麗にして良いですか?」
俺の様子がいつもと違うのに目敏く気づいたサクラが、心配そうに伸び上がってそう聞いてくれる。
「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼうっとしただけだよ。お願いします」
笑ってそう言うと、いつものように一瞬で包み込まれてすぐに解放された。
「おお、いつもながら良い仕事しますねえ。サラッサラだ」
笑ってそう言うと、サクラがポーンと胸元に飛び込んで来た。
捕まえておにぎりにしてやってから、フリースローで水槽めがけて放り込んでやる。
綺麗な放物線を描いて水の中へ落ちるピンク色のボール。
「ご主人、アクアも〜〜!」
跳ね飛んできたアクアに始まり、スライム達を捕まえては水槽へ放り込んでやる。
それから、走ってきた水遊び大好きチームに場所を譲って俺は部屋に戻った。
「今日は出かけるので、一応フル装備だな。街へ行ったら、一応桜の咲き具合も見ておくか。満開まであと数日の猶予はあるはずなんだけど、こればかりは自然任せだから予定通りに行くかは未知数だからな」
小さくそう呟いて、収納していた胸当てを取り出した。
『おおい、まだ寝てるのか?』
『良い加減に起きて欲しいんだけどなあ』
『お腹空きました〜〜〜!』
『起きてくださ〜〜〜い!』
防具を順番に身に付け、最後の籠手をはめたところでハスフェルとギイからの念話が届いた。
ついでに、シルヴァとグレイも乱入してきて、お腹が空いたと訴えてくる。
『あはは、ごめんよ。ちょっと寝坊しました。もう準備が終わるから、あと少しだけ待っててくださ〜〜〜い!』
下手に言い訳するより、ここは素直に謝っておくべきだろう。
そう思って念話でそう返すと、吹き出すハスフェル達の音が聞こえた。
『了解だ。まあ、たまにはそんな日もあるさ。じゃあリビングで待ってるよ』
代表してハスフェルの声が聞こえ、シルヴァ達の笑う声も聞こえてから気配が消えていった。
「剣帯は出かける時でいいな。よし、じゃあ準備完了だ。おおい、水遊びはそれくらいにしてくれ〜〜リビングへ行くぞ。ああそうだ。今日は、俺は狩りに行かずに街へ行くからマックスは留守番で頼むよ」
「街へ行くんですね。了解です! あんな転がる丸太もどきなんかより、私の方がずっと乗り心地も良いし速いですからね!」
ふん! って感じに胸を張って得意げにそう言ったマックスの尻尾は、そりゃあもう大興奮の尻尾扇風機状態だ。
ムービングログは、マックスの天敵認識らしいからな。
「おう、頼りにしてるから、よろしくな〜〜」
そう言って、マックスのむくむくな首元を抱きしめてやった。
「ごめんごめん。冗談抜きで寝過ごしたよ」
「気にするな。まあそんな日もあるさ」
笑ったギイの声に机を見ると、何故かリビングの机の上には朝からワインの瓶が転がっている。しかも複数。
「お前ら今日も地下洞窟へ行くんだろう? 朝からそんなもの飲んで大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。これくらい水と変わらん」
平然と答えるハスフェル達、シルヴァとグレイも笑いながら持っていたグラスを高々と掲げている。
一応、リナさん一家とランドルさんは、お酒は飲んでいないみたいだ。
「まあ本人が大丈夫だって言うのなら大丈夫なんだろうさ。それじゃあ、適当に出すから取ってくれよな」
以前渡されていた、リナさん一家やランドルさんが用意してくれた俺が持っていたメニューも一緒に、色々と朝食メニューを取り出していく。
「俺は、いつもの鶏ハムサンドとBLTサンドにしよう。あとはホットコーヒーとコーンスープがあればいいな。シャムエル様は……タマゴサンドだな、はいはい」
タマゴサンドのお皿の横で高速ステップを踏むシャムエル様を見て、もう一枚のお皿にいつものタマゴサンドとオムレツサンドも取っておいた。
「あとは、鶏ハムとトマトのサラダくらいあれば充分かな」
別のお椀に野菜も取り席に戻る。
神様軍団に、岩豚カツサンドが大好評だよ。山ほど作ってあったのに、そろそろ在庫がつきそうだ。
「まあ、肉はまだあるから、午後からは在庫を見てもうちょい作っておくか」
美味しい美味しいと大喜びで岩豚カツサンドに齧り付く神様軍団を見ながら、せめてここにいる間くらいは好きなだけ食わせてやろうと改めて誓った俺だったよ。