光苔とケンタウロス達の気遣い
「はあ、自分で作って言うのも何だが、弁当はどれも美味しいよな。特に、労働の後に食う弁当は美味いに決まってるって」
分厚い岩豚のパテを挟んだハンバーガーを食べ終えた俺は、最後の一切れのポテトを口に放り込んでから小さくそう呟いた。
「ああ! 後でポテトをもう少し貰おうと思っていたのに、食べられちゃった〜〜〜!」
タマゴサンドの最後の一切れを食べ終えたシャムエル様が、空っぽになった俺の弁当箱を見てショックを受けてる。
「欲しかったのなら早めに言ってくれよ。何も言わないからいらないんだと思ったぞ」
苦笑いした俺は、立ち上がって並べてあった単品メニューからフライドポテトを小皿に取ってシャムエル様の前に置いてやった。
俺はもうお腹一杯なので、コーヒーだけ追加でもらっておく。
「わあい、ありがとうね」
目を細めてそう言ったシャムエル様は、早速揚げたてのフライドポテトを齧りはじめた。
「あれ、絶対に俺より食ってるよなあ」
小さく笑ってそう呟き、シャムエル様がポテトを食べ終えるまでの間、俺はのんびりともふもふ尻尾を突っつきつつ、食後のコーヒーを味わっていたのだった。
「さて、それじゃあそろそろ次へ行くか。まずはステゴザウルスだな」
少し休憩してから立ち上がったハスフェルの言葉にあちこちから返事が返り、俺も飲み終わっていたマイカップをサクラに綺麗にしてもらって自分で収納した。
「よし、次はステゴザウルスなんだってさ。いいか。尻尾の棘には絶対に気をつけるんだぞ。それからあいつらは体当たりしてくるから、それにも気をつけるようにな。いいな。絶対に怪我は駄目だぞ」
「うん、いっぱい教えてもらったから大丈夫だよ。ちゃんと気をちゅけるからね!」
目を細めたマニが俺の心配そうな言葉を聞いて、得意げにそう言ってくれる。
「本当に気をつけるんだぞ。尻尾の棘は特に危険なんだからな!」
「ご主人は心配性だにゃ。大丈夫です!」
尻尾をピンと立てたマニの言葉に、それでも心配が尽きない俺は密かにため息を吐いて両手を広げてマニに抱きついた。
「怪我なんかしたら絶対に駄目なんだからな。危ないと思ったらすぐに下がるように。いいな!」
「はい、にゃのだにゃ!」
もう一回そう言って笑ったマニを、俺はもう一回力一杯抱きしめてやったのだった。
ハスフェルとギイを先頭に、また列を作って通路を進んでいく。
「あれ? この辺りまで来ると通路にも光苔が繁殖しているけど、どうなってるんだ?」
妙に明るい天井を見上げて思わずそう呟く。
一応ランタンは各自持って歩いているんだけど、地下洞窟へ入ってすぐの頃と違い、この辺りは通路にまで光苔が繁殖していてそれなりの明るさになっているのだ。
やや薄暗くはあるが、夜目の利く俺達ならもうランタン無しでも平気なくらいには明るい。
「以前はこんなの生えていなかったよなあ。ええ、いつの間に繁殖したんだ? ってか、繁殖スピード早すぎじゃね?」
前回入った時は、確かに真っ暗だったのを思い出してそう呟くと、不意に蹄の音がしてベリーが姿を現した。
「上手く定着してくれたようですね。我らは光の術を使って宙に浮く光の玉をいつでも出せるので苦労しませんが、人の子は暗闇ではランタンが必要なのでしょう? 不意のジェムモンスターの襲撃に備えて、出来れば地下洞窟内では両手を空けておいた方が安全ですからね」
笑ってそう言い、頭上に広がる光苔を見上げる。
「それで、ここへ来る度に皆で手分けして、下層の光苔を持ってきて上の階層にも繁殖させているんです。この冬中に全ての場所に光苔を繁殖させるのは間に合いませんでしたが、次の冬にここへ戻って来られる頃には、ランタン無しで地下洞窟に入れるようにしておきますね」
笑顔のベリーの言葉に、俺だけじゃあなく全員が呆気にとられて天井を見上げた。
さっきの会議室にあった光苔よりもやや白っぽい光は、何と言うか全体に弱めの蛍光灯の灯りっぽい。
「まあ、何であれ明るいのは有難いよ。手伝ってくれたケンタウロスの皆にもお礼を言っておいてくれよな」
天井を見上げながらそう言うと、ベリーは何故か安堵したように笑って天井を見上げた。
「喜んでもらえたようで良かったです。実を言うと、勝手な事をするなと言われたらどうしようかと思っていたので、そう言ってもらえて安心しました」
「ええ、どうして?」
驚く俺がそう言うと、苦笑いしたハスフェルが天井を指差しながら教えてくれた。
「冒険者の中には、地下洞窟は真っ暗なものだと考えている奴は案外多くてな。光苔がこれだけあると、もうそれだけで嫌がって入らない奴もいるくらいだ」
予想外の言葉に俺が思わず振り返ると、ランドルさんやリナさん一家も苦笑いして頷いている。
「ああ、もちろん俺は、そんな事は言いませんよ。ランタン無しで入れるなら、手が空いて安心です」
笑ったランドルさんの言葉に、リナさん一家も首がもげそうな勢いで頷いている。
「なるほどなあ、文句を言うのは地下洞窟の暗闇にロマンを見出すタイプだって事か。そんな無駄なこだわりは、スライム達に食わせてやれって」
笑った俺の言葉に全員揃って大爆笑になった。
「ああ、なんか来たぞ!」
その時、やや棒読みのギイの声が聞こえて慌てて進行方向を振り返る。
明るい通路の先には、やや小柄なステゴザウルスが一頭、こっちへ向かって駆け出してくるところだった。
「行くにゃ〜〜〜!」
妙に嬉しそうな声をあげて突撃していくミニヨンとカリーノ、出遅れたマニが慌てたように駆け出していく。
「おい! 狭い通路でいきなり対決って……」
慌ててあとを追おうとしたんだけど、マックスやニニ達が俺の前を塞いでいるので出られない。
心配しつつ見ていると、小柄な子猫達が突撃してきたステゴザウルスの胸元へスルリと潜り込み、そのまま首元や足の付け根のあたりに思い切り噛み付く。
悲鳴のようなステゴザウルスの声が通路に響き渡り、次の瞬間ジェムになって転がった。素材の背板は数枚だけ落ちたのを見て、そそくさと近くにいたスライム達がそれを飲み込んでいく。
「おお、お見事。一瞬だったな」
感心する俺に、ハスフェル達も笑っている。
「まあ、今のはある意味狭い通路での対決だったから周囲を警戒する必要が無かった。逆に言えば広場よりも安全に狩りが出来た訳だよ」
得意そうな子猫達を見て、俺も納得してため息を吐く。
「格好良かったぞ。だけど、突っ込む時はもうちょっとくらいは警戒してくれよ」
「心配性のご主人だにゃあ」
マニに呆れたようにそう言われてしまい、ハスフェルと顔を見合わせて笑った。
「さて、それじゃあ、この先にあるステゴザウルスのいる広場へ突撃だな!」
笑った俺の言葉に歓声が上がり、全員揃って明るい通路を一気に駆け出して行ったのだった。
さて、子猫達の戦いを見届けつつ、俺もステゴザウルスとの再戦だぞ!