美味しいワインと子猫達
「はあ、美味しかった! ごちそうさまでした!」
切り分けてやった分厚いステーキやおにぎりなんかを、全部かけらも残さずに綺麗に平らげたシャムエル様が、ご機嫌な声でそう言って早速毛繕いを始める。
「はい、お粗末さまでした。自分で作って言うのもなんだが、確かに美味しかったな」
俺も大満足で食事を終え、追加の赤ワインをもらって飲んでいるところだ。このワイン、マジで美味〜!
「マニ達は、真っ暗な中でちゃんと狩りが出来たのかな?」
またワインを一口飲んでから、何となくそう呟いてテントの外を見る。
ランタンがいくつも灯されたテントの中やその周辺はとても明るいが、少し離れたらもうそこは漆黒の闇の世界だ。
夜目が利く俺達ならある程度のシルエットは見えるが、それでもその中で狩りが出来るかと聞かれたら答えはノーだろう。
単に見えるのと、動く獲物を認識して狩りが出来るとの間には、それこそ天と地ほど差があるよ。俺には絶対無理。どちらかというと自分が獲物になる未来しか見えないので、俺は絶対に夜に外になんて行かないよ。
「まあ、ああ見えても本来は野の獣だ。心配はいらんさ」
笑ったハスフェルの言葉にシャムエル様もうんうんと頷いているので、苦笑いした俺も頷いて赤ワインを飲み干した。
「ああ、もういいって。郊外なんだしアルコールは……ああ、注がれちゃったら飲まないわけにはいかないよなあ」
よそ見をしている間に、ギイが腕を伸ばして俺のグラスにまた赤ワインを注いでくれたのを見て、苦笑いした俺はそう呟く。
それほどアルコールに強くない俺は、一応、普段から郊外でのアルコール摂取は最低限にしていたんだけど……まあ、これだけ仲間がいて従魔達だっているんだから、万一酔い潰れても問題ないな。
よし、飲もう!
と、脳内で誰かに向かって言い訳してから赤ワインをぐいっと一口。
「あれ、これってさっきのとちょっと違うな。でもこれも美味しい」
さっき食べた時に飲んでいたのと違う赤ワインの味に、思わずグラスを見る。
「おう、さっきのと同じ工房のまた別のワインだよ。こっちの方が、香りも味も濃厚で俺の好みだな」
「確かに、さっきのワインは肉料理と一緒に食べるには最高って感じだったけど、こっちは単品でゆっくり飲むのに良さそうな感じだ」
「おお、ケンもワインの良さが分かってきたじゃあないか」
嬉しそうなハスフェルの言葉にギイも笑顔で頷いている。
「ワインの良さっていうか、俺の判断基準は自分の口に合うか合わないかだなあ。以前飲ませてもらった古いワインはすごく高いワインだったらしいけど、申し訳ないけど全然俺の好みじゃあなかったしな」
ハスフェル達は、たとえば赤ワインひとつにしても何処の工房の何年ものが美味しいとか、こっちの工房の方が好みだとか、そんな詳しい話をよくしている。だけど俺の場合は、お酒の良し悪しの判断基準は、自分の口に合うか合わないかだけだ。難しい蘊蓄とかは、よく分からないのでスルーするよ。
「それで良いんだよ。古くて高いワインだって、必ずしも口に合うとは限らない」
「そんな中で、値段や年代で判断せずに実際に飲んでみて自分好みのワインを選んで楽しめるなら、それは上手にワインを楽しんでいる証拠だよ」
笑った二人の言葉に、シルヴァ達も揃って笑顔で頷いている。
ええと、これって褒めてもらっているんだよな?
『あはは、ありがとうな。ワインはよく知らないけど、それでも俺好みのワインを見つけられるのは、俺専任のソムリエがいてくれるおかげだよ』
ソムリエって役職がこの世界にあるのか分からなかったので念話でこっそり伝えると、予想通りに不思議そうな顔をされた。
『ええと、俺の元いた世界にあった役職なんだけど、高級な飲食店なんかで、好みを聞いてその日の料理に合うお酒を勧めてくれる人の事をそう呼んでいたんだ。こっちの世界にはそんな人はいないのかな?』
一応説明すると、ハスフェルとギイが揃って首を傾げている。
『ううん、貴族の屋敷にはワインやお酒を管理する専任の執事がいたりするが、それが近いかな?』
『店では聞かないな。店で出す酒は、基本的に店主が好みで選ぶから、まあそういう意味では店主がそれに近いかな?』
『へえ、そんな役職があるんだね。それは知らなかったや』
のんびりとワインを飲みながらこっそり念話で話していると、突然シャムエル様が乱入してきた。一応トークルーム全開で話しているから、シルヴァ達も興味津々で話を聞いているみたいだ。
『まあ、こっちの世界は俺の元いた国と違って、こっちには貴族って身分があるからな。よく知らないけど、俺の世界のソムリエだって、元を正せば昔の貴族のお酒を選ぶ執事とか……じゃあないのかな?』
元いた世界では、ワインはあまり飲まなかったのでそっち方面の知識は限りなく浅い。
『話を聞く限り、それが一番近そうだね。じゃあこっちの世界に慌てて導入するほどじゃあないか』
突然の神様っぽい発言に小さく吹き出した俺は、まだ半分くらい残っているグラスを高々と掲げた。
『勤勉な創造神様に乾杯!』
『乾杯!』
笑ったシルヴァ達も揃って乾杯してくれたので、俺も笑って残りのワインを飲み干した。
「ご主人、飲み過ぎ〜お酒の匂いがするわ」
その時、不意に背後からニニの声がして、直後に子猫達が飛びついてきた。
「うわっと、いきなりはやめてくれって。転ぶ転ぶ!」
冗談抜きで椅子から転がり落ちそうになって、空になったワイングラスを置いて慌てて立ち上がる。
「ごちゅじんただいまだにゃ〜〜!」
マニの嬉しそうな声に、腕を伸ばして改めて抱きしめてやる。
「ああ、マニだけずるいにゃ!」
「カリーノもだっこしてにゃ!」
叫んだミニヨンとカリーノにもう一回飛びかかられて、わざとらしい悲鳴を上げてマニごと地面に転がった俺は、笑いが止まらなくてマニを抱きしめたままゲラゲラと笑っていた。
それを見たハスフェル達も、助けるでもなく大笑いしていたから、全員揃って単なる酔っ払い決定。ううん、ちょっと飲みすぎたかも……。
だけど、これは子猫達の初めての狩りの成功を祝う、いわば祝杯なんだからいいんだよ!
脳内で誰かに向かって言い訳しつつ、もう一回飛びかかってきたカリーノを捕まえ、ニニみたいなふわふわな顔をもみくちゃにしながら、また笑いが止まらない俺だったよ。