過ぎる日々と旅立ちの予感
「はあ? 俺が何をするんですって?」
その日、朝からシルヴァ達も含めて全員総出でお城を出て街へやってきたんだけど、冒険者ギルドのギルドマスターから頼まれた内容を聞いた俺は、思わず悲鳴を上げてそう聞き返したのだった。
「頼むよ。お前さんならそれくらい簡単だろう? それなら問題あるまい?」
「いやいや、問題あるとか無いとか、これはそういう問題じゃあ無いんですって!」
顔を覆って抗議の悲鳴を上げる俺の言葉に、ハスフェル達は揃って大爆笑していたのだった。
あっという間に日々は過ぎて行く。
気づけば日差しはすっかり春めいていて、もう春本番と言っても差し支えなかろう程に気温も上がっている。
お城の広い敷地の草地は、一面綺麗な春の花畑になっている。
毎日届く鉱夫飯をせっせと解体しては、重箱や追加で購入した曲げわっぱみたいな木製の弁当箱に詰め直し、敷地内の地下洞窟や郊外の地下洞窟、あるいは飛び地へ出て行くハスフェル達に弁当を渡してやる。
それから留守番している俺は、旅の準備の料理の作り置きをしっかりと仕込んでいたのだった。
それ以外には、俺は定期的に街へ出掛けてはハスフェル達がせっせと集めてくれたジェムや素材を冒険者ギルドに納品する日々を過ごしていた。もちろん、春の果物や野菜もたっぷりと買い込ませてもらったよ。
そしてようやく復旧工事が全て完了して東側の街道の開通式となったその日、何故か主賓でその開通式に招待された俺は、街の人達からのリクエストで、ヘラクレスオオカブトの剣で城門にかけられたリボンを一刀両断して見せるという、超小っ恥ずかしい役目を担わされてしまい、拍手大喝采は受けたものの慣れない事にずいぶんと恥ずかしい思いをしたのだった。
「はあ、座ってるだけだって聞いたのに、めっちゃ恥ずかしかったよ〜〜〜!」
顔を覆って椅子に座る俺を見て、完全に観客状態だったハスフェル達やランドルさん、リナさん一家までが揃って大爆笑していた。
お前ら、覚えてろよ。
「とはいえ、これであの岩食い騒動に関する災難もようやく全て終わりだな。城壁横の森や林の木々はかなり少なくなったし小さくなっちゃったけど、これはもう時間が経てばまたあの綺麗な森や林に戻ってくれるんだよな?」
「ああ、今回はウェルミス達も地面の下でかなり色々と力を貸してくれたみたいだからな。少なくとも、新たに植えた木々や移植した木々は、全て枯れる事なくしっかりと根付いてくれるだろうさ。あとはもう、日常のちょっとした世話に手をかけてやるくらいで、無事に育つかどうかは天候次第だな」
笑ったハスフェルの言葉に俺も頷く。
確かに、森や林といっても、これだけ城壁から近いと人の散歩コースになっていたり、遊び場になったりする事だってあるだろう。それなら定期的に下草を刈ったり枝を落としたりするくらいの事はしなくちゃならないだろうし、この世界にだって災害……例えば、地震は無いってシャムエル様は言っていたけど、嵐や大雨くらいはあるだろう。もしかしたら雨と風が同時に襲ってくる台風みたいな強力な災害だってあるかもしれない。
となると、せっかく植えた木が折れる事だってあるだろうし、他にも例えば野生動物に樹皮を剥がされたり、昆虫に齧られて木が枯れる事だってあるかもしれない。
だけどそれらは言ってみれば全て自然活動の中の一部なわけで、そこまでは神様達も面倒は見てくれないだろう。
「そうだな。次に戻ってきた時にどれくらい大きく育ってるか、見るのを楽しみにしておくよ」
笑顔で人が行き交い始めた街道を見ながら俺も笑顔でそう呟く。
「さてと、せっかく街まで来たんだから、南側の街道の桜並木の様子を見てこようと思うんだがどうだ?」
ハスフェルが、街の南側を指差しながらそう言ってシリウスに飛び乗った。
「へえ、もうそんな時期なんだ。行く行く!」
慌てたようにそう言って、俺もマックスの背に飛び乗る。
ちなみに今日は、この式典に参加する為に街へ来ているので、騎獣役の従魔以外は全員お城にお留守番だ。
「マニ達もすっかりお外に慣れてくれたからな。いよいよ旅立ちの日も近いな。さて、今年の早駆け祭りはどうなるんだか」
空を見上げて小さくそう呟いた俺は、ため息を一つ吐いてリナさんとランドルさんを振り返った。
すっかり大きくなった子猫達は、お城の敷地内、つまりアッカー城壁内部はもうすっかりテリトリーになったみたいで毎日飽きもせずに元気一杯に走り回っているし、人のいる貴族街の道も怖がらずに歩けるようになった。
子猫達の健康面をしっかりと支えてくれたベリーからも、もうこれなら旅に出ても大丈夫だろうとの太鼓判をもらった。子猫達の健康と成長は嬉しいけど、それを聞いて確実になった別れの寂しさに涙目になった俺は間違ってないよな?
実を言うと散歩させていた子猫達を見た貴族の人達の何人かから、ギルドマスターを通じて、あるいは直接、高額での子猫の譲渡の依頼があったんだよな。
もちろん、全て丁重にお断りさせていただいたよ。
俺は従魔を金で売買するような事は絶対しないって決めているからね。
若干未練タラタラな人はいたみたいだけど、ここの対応はもう全部まとめてギルドマスターにお任せしておいた。
第一、もうこの子達の嫁入り先は決まっているからね。
揺れるマックスの背の上で南の街道へ向かいながら、俺はぼんやりと間近に迫った子猫達との別れを考えていた。
何しろもう完全に乳離れした子猫達は、今は普通に俺が出してやるハイランドチキンやグラスランドチキンの胸肉を塊ごと豪快に食べているし、ベリーが用意してくれる結界内でのいわゆるスプラッタお弁当も、皆と一緒に平気で食べているくらいに立派に成長している。
なので相談の結果、ここを旅立つ時にリナさんはミニヨンを、そしてランドルさんにはカリーノを譲渡する事に決定したんだよな。
手元にマニを残したのは、やっぱりあの出産の時の大騒ぎの印象が大きかった事と、三匹の中では一番体が小さかった事が決める決定打になった。
同じ雄だけどミニヨンとマニでは、体格も骨の太さも全然勝負にならないくらいに違う。
今現在、雌のカリーノにもまだ負けているよ。
だけど、従魔達の物理的な問題もある俺的には、マニが小さくても健康であるのなら何ら問題ない。むしろ大歓迎だって。
ぼんやりとそんな事を考えていた俺は、大きな建物を抜けた途端に目に飛び込んできたその光景に、思わず歓声を上げたのだった。