昼から肉!
ぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺし……。
「うん……なんだよ……」
最高に暖かくて幸せなもふもふに埋もれていた俺は、こめかみの辺りを力一杯叩かれて思わずそう呟いて右手で払おうとした。
「あれ、なんだこの柔らかいのは……?」
しかし、ぽふんって感じに柔らかいものに手に当たり、とりあえずそのまま掴んで顔の前へ持ってくる。
「ちょっと何失礼な事してるの! 寝ぼけてるからって、何してもいいなんて言ってないよ!」
俺に捕まってしまいペシペシと自分を握る指を叩いてお怒りなシャムエル様を見て、目を見開いた俺は堪える間も無く吹き出したよ。
「あはは、こりゃあ失礼しました。いやあ、しかし何度見ても良き尻尾をお持ちですなあ」
寝転がって上向きになった俺は、捕まえたシャムエル様の尻尾を撫でさすりながらにんまりと笑った。
「私の大事な尻尾を勝手に触るんじゃあありません!」
唐突に空気に蹴り飛ばされた俺は、もふもふな幸せ空間から吹っ飛ばされてついでに産室から転がり出てしまい、即座に展開して守ってくれたスライムベッドに顔から突っ込んでようやく止まったのだった。
「うう、窒息するって!」
首まで全部スライムに埋まった俺は、必死になってそう叫んでスライムベッドをバシバシと叩いた。まあ、叩いた反動で、ベッド全体が波打って俺を吐き出してくれたので、大事には至らなかったよ。
「はあ、空気ウマ〜〜」
スライムベッドに座って深呼吸をする俺の右肩に唐突にシャムエル様が現れる。
「いい加減起きてください! 私はもうお腹ぺこぺこすぎて今にも倒れそうだよ!」
そう言って俺の右肩でお怒りステップを踏み始めるシャムエル様。
「そっか。もふもふの海に埋もれてそのまま寝ちゃったのか。だけどこれは不可抗力だよなあ。ああ、助けてくれてありがとうな」
苦笑いしてそう言ってから立ち上がった俺は、スライム達にお礼を言ってから大きく伸びをして首を回した。
「じゃあ俺も腹が減ったから何か食べよう。さて何にしようかなあ。まあ、たくさんあるんだし、また鉱夫飯かな。サクラ、今日配達された鉱夫飯、どれでもいいから一つ出してくれるか。それと大きめのお皿が二枚と取り皿、それから麦茶も頼むよ」
「はあい、じゃあこれね」
即座に鉱夫飯を一つ出してから、大きめのお皿と取り分け用の小皿をいくつか出してくれる。
「ご主人、お味噌汁はいりますか?」
麦茶とグラスを出しながらそう聞かれて思わず吹き出す。
「おう、じゃあせっかくだから、わかめと豆腐の味噌汁をお願いします!」
「はあい、少々お待ちくださ〜〜い!」
元気よく返事をしたサクラが、モニョモニョと何度か動いた後にちゃんといつもの汁椀にお味噌汁一人分入れて取り出してくれた。
「おう、さすが! いつもありがとうな」
腕を伸ばしてサクラをおにぎりにしてやってから、鉱夫飯の蓋を開けた。
一段目はいつもの如く、ぎっしりとおにぎりが詰まっている。
「今日のおにぎりは、塩むすびと、色々具が入った炊き込みご飯っぽい。これは何味だ?」
見たところご飯自体に薄い茶色っぽい色もついているし、炒り卵も見える。何というか全体にチャーハンぽい感じで、細かく刻んだニンジンや玉ねぎ、それから大きめの角切りにしたハムっぽいのも入っているみたいだ。
「まあいいや、とりあえず一つずつ俺用と、シャムエル様にも……一個ずつな」
おにぎり自体が大きいので、二個もあれば十分だよ。大きなお皿を並べて俺用とシャムエル様用のおにぎりを取り分け、残りは一旦置いておく。足りなければここから貰えばいいからな。
「それでおかずは……おお、今日はステーキ弁当か。肉がデカいぞ! これは……シンプル塩味とスパイスか。で、付け合わせはいつもの大きなウインナーと卵二個を使った目玉焼き」
予想以上のデカさに笑いが出る。
それから、これもいつもの如く適当に入れた感満載の茹でたブロッコリーが、草履みたいな分厚くてデカいステーキの横に隠れるみたいに押し込まれていた。
「おいおい、切ってくれてあるけど、一切れが大きすぎるぞ」
しかも、別のお皿に丸ごと一枚分のステーキを取り出したら下にまだもう一枚入っていたよ。
「一食分のお弁当に、ステーキ二枚とか、どう考えてもおかしいだろうが!」
お皿に並んだ二枚のステーキに向かって真顔で突っ込んだ俺は、悪く無いよな?
結局追加でサラダも取り出してもらい、デザートは一旦置いておいてとにかくまずは食べる事にしたよ。
「ええと、お供えは全部まとめてでいいな」
食べようとして不意に気がつき、慌てていつもの敷布を取り出す。
「俺の分と、残りの弁当丸ごとと、サラダと味噌汁と麦茶っと。では!」
改めて手を合わせて目を閉じる。
「ええ、本日の昼は、ステーキ弁当です。ちょっと量がおかしいと思うんだけど、シルヴァ達なら大丈夫だろうからまあ食ってください」
目を閉じていつものように小さな声でそう呟くと、不意に頭を撫でられる感触がした。
「いつもご苦労様。さて、それじゃあ今度こそいただくとしよう!」
敷布から下ろして自分の前に持ってきて改めて並べる。
「ううん、どう考えても昼に食う量じゃあないぞ。さすがに昼からこのサイズのステーキ丸ごと一枚は俺には多すぎるって」
呆れたようにそう呟いて、ステーキ肉の半分をシャムエル様のお皿へ移動させる。それからウインナーも半分に切って半分は弁当箱に戻し、残った半分のさらに三分の一くらいを自分のお皿へ、残りはシャムエル様のお皿に並べた。
「味噌汁はここにください! 麦茶はここね!」
いそいそと食器を取り出すシャムエル様を見て、取り分けながら笑いを堪えるのに苦労した俺だったよ。
サラダのお皿はなかったので、ステーキの横に俺のお皿から取り分けてやる。
しっかり食っていいから、ちゃんと野菜も食え。
「ふわあ、昼から豪華になったね! では、いっただっきま〜〜〜す!」
準備が出来た分から、机の上で待機しているシャムエル様の目の前に並べてやると、目を輝かせたシャムエル様は、待ちきれないとばかりにそう叫んでステーキに頭から突っ込んでいった。
「相変わらず、豪快な食べっぷりだねえ」
興奮していつもの三倍サイズになっている尻尾をこっそりと突っつきながら、俺もステーキ弁当と追加のサラダを早速食べ始めたのだった。
分厚い肉にありがちな硬い筋なんか全然無くて、シンプル塩とスパイス味なのに、肉の味が濃厚でめっちゃ美味しい。
まあ、若干肉が硬くはあるが、それはこの世界では普通なので問題ない。
「ううん、いつもながら美味しいねえ」
豪快に肉を鷲掴みにして食べるシャムエル様の言葉に俺も笑って頷き、大きな口を開けてステーキをもう一切れ口に放り込んだのだった。