工事の様子
「あっという間にアッカー城壁だよ。いやあ、マックスの足の速い事」
到着したアッカー城壁を見上げて、小さなため息を吐く俺。
城壁前で俺が合図したので止まってくれたマックスは、全力疾走の興奮冷めやらぬ風でご機嫌でステップを踏むみたいにその場で足踏みをしている。
「日陰に残っていた雪も、日に日に小さくなっていくなあ。もう言ってる間に桜も咲き始めそうだ」
毎日大量の弁当を作り、せっせと料理をするのもそこまでだ。
シルヴァ達は桜を見てから帰るって言っていたから、実際何処まで一緒にいてくれるのかはちょっと分からない。だけど、明らかに神様的な部分の用事があるって口振りだったから、地下迷宮へ行った時みたいに無闇に延長する事はないのだろう。
リナさん一家とランドルさんとも、ここを出発するのがお別れの時だ。
「寂しくなるなあ……何だか常に大所帯なのがすっかりデフォになっちゃったからなあ」
もう一度ため息を吐いてすっかり見慣れたアッカー城壁を見上げる。
「さて、春の早駆け祭りはどうなるんだろうなあ」
小さくそう呟いてマックスに合図を送り、アッカー城壁を潜り抜けた俺はそのまま並足で街へ向かって行ったのだった。
「ううん、相変わらず賑やかだねえ」
街へ到着したところでマックスから降り、手綱を引きながら途中で良さそうな物があれば買い物しつつのんびりと歩いていると、遠くに見える巨大な城壁の向こうから賑やかな槌の音や斧の音が聞こえてきた。
「ちょっとどんな風になっているか見てこようか。相当ひどい状態になっていたから、あれを復旧させるのはドワーフ達でも大変だと思うぞ」
岩食いとの戦いが済んだ後に見た、穴ぼこだらけの上に生木が燃えてメチャクチャになっていた城壁の外の光景や、綺麗に整えられていた街路樹が軒並み倒れたり折れたりした上に、石畳もあちこち剥がれて穴だらけになっていた街道の様子を思い出してそう呟く。
「あれ、ケンさん。何処かへお出かけですか? 大変申し訳ないのですが、東の街道はまだ通行止めです」
右肩にファルコ留まらせているだけの俺が、マックスに乗ったままで開けっぱなしになっている城壁から外へ出ようとしたところで、城門横の番小屋から揃いの制服を着た軍人さん達が慌てたように駆け出してきて整列した。
「いやいや、ちょっと工事がどんな風になっているのか見てみようかなって思っただけです。すぐに戻ってきますよ」
「ああ、そうなのですね。街道沿いの倒木と石畳の割れた部分の撤去はもう済んでいて、今は先に石畳を敷き直しているところですよ。まだ石畳が剥がれた部分が幾つもありますので、ご注意ください!」
槍を持って直立した兵隊さんにそう言われて、城門の外を見て納得して頷く。
ここから見える街道の工事をしているのは全員が制服を着た軍人さん達で、手押し車に平らな石を積み上げてはせっせと運んでいるのでまさしく、石畳の工事の真っ最中なのだろう
成る程。街道の石畳と街路樹や街道沿いの茂みの整備は軍部の担当で、城壁沿いの森や林、それから城壁外の緩衝帯でもある草地や郊外の森林地帯の補修は各ギルドの担当なわけか。
城門を出て横にそれて城壁横の草地を進む。広くなった場所には、あちこち焼け焦げて切られた巨大な丸太や、切った木が丸ごとそのままでゴロゴロと転がっている。
簡単に枝打ちされただけの切られたり折れたりした木々が地面に倒れている様は、何だか寂しそうだ。
「あれは薪用か。そりゃあ資源は無駄にしないよなあ」
倒れた木々の横には立て看板があって、薪用樹木置き場、と書かれている。
その奥の別の場所には、丸ごと根っこがついた木も並べられていて、こっちは多分植え直すのだろう。一応枝打ちもされてはいるが、薪用とは違ってとても丁寧な仕事なのが分かる。
「おおい、こっち側を叩くぞ!」
「せ〜の〜〜で!」
斧を打ち込む音がして横を見ると、城壁横の丸焼けになった林の中に残った半焼けになった木をドワーフさん達が切り倒しているところだった。
見ていると、見事な連携で斧を打ち込み、幹の直径が一抱えくらいはありそうな大きな木を見事に切り倒した。
音を立てて倒れる木を見たドワーフさん達が、揃って祈るように首を垂れて目を閉じた。
「せっかく何十年もかけて育って、城壁を守ってくれた木なのになあ……」
「守ってやれんで、ほんに申し訳ない。お前さんの無事だった上側の枝は、挿し木として使わせてもらうからな」
「幹だけでなく木の皮から枝葉に至るまで、残さず全部使わせていただくよ」
まるで人に話しかけるかのように、しゃがみ込んだドワーフさん達が倒れた木に手を当てて話しかけている。
「根を付けて掘り返せたのが半分ほどか。被害は甚大だなあ……またあの優しい木々のざわめきが聞こえるようになるには、最低でも十年はかかるか」
「いや、十年だとようやく根付いて枝葉を伸ばし出したぐらいだろう。新たに植え直す若木が成長してくれるには、最低でも二十年、いや三十年は必要であろうなあ」
「寂しいのう……」
「全くじゃわい」
揃ってため息を吐くドワーフさん達を見て、俺は無言で一礼した。
あの戦いの間は、とにかく街を守るのに必死だった。森の木々の被害なんて考える余裕は全くなかった。
多分だけど俺が遠慮なく飛ばした巨大な氷の塊だって、爆散する時には近くにあった木々をかなり薙ぎ倒したと思う。
何だか申し訳なくなって小さなため息を吐いた俺は、もう戻ろうと思ってマックスの踵を返した。
「おや、ケンさんじゃあないですか!」
その時、斧を持ったドワーフさんが驚いたようにこっちを見て笑顔で手を振ってくれた。
初めて見る顔だけど、マックスに乗っていれば何処にいてもすぐに気付かれるので、知らない人に話しかけられるのももう慣れたよ。
「従魔に乗って何処かへお出かけですかな? 申し訳ないがまだ東の街道は整備中で通行止めのままだから、従魔に乗っていても通れませんよ」
心配そうにそう言われて、俺は笑って顔の前で手を振る。
「いや、工事の進み具合はどうかなって思って、冒険者ギルドへ顔を出すつもりだったのでついでに見に来ただけです。お邪魔して申し訳ない」
笑ってそう言い、マックスの上からだけど軽く一礼する。
「ああ、そうだったんですね。ギルドマスターから、ケンさんがまた大きなジェムをたくさん提供してくださったと聞きました。本当にありがとうございます。おかげで大型重機が動かせるようになったので、工事の妨げになっていた倒木の撤去が一気に進みましたよ」
嬉しそうなそのドワーフさんの言葉に、作業の手を止めた周りにいた何人もがこっちを見て笑顔で手を振ってくれた。
「お役に立てたのなら良かったです。それじゃあ作業のお邪魔をしてはいけないので戻りますね。どうか、怪我などしないように気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。それじゃあ!」
笑って手を振る俺に、皆が笑顔で手を振ってくれた。
「それじゃあ戻ろうか」
ちょっと気持ちが軽くなった俺は、マックスの首を軽く叩いてそう言い、背後から聞こえ始めた斧の音を聞きながらゆっくりと街へ戻って行ったのだった。