明日の予定とおやすみなさい
「おお、しばらく分配していなかったからかもしれないけど、まとめるととんでもない量だなあ」
食事を終えて一杯飲みながら、分配していなかった俺の取り分であるジェムと素材をまとめて受け取った俺は、予想以上の大量のジェムと素材を見て、感心を通り越して呆れたようにそう呟くしかなかった。何しろ俺の分だと言って渡されたジェムと素材は、もうとんでもない量になっていたのだ。
聞けばまず、普段はスルーしているのだというトライロバイトに始まり、とにかく足で行ける範囲をひたすらランドルさんと従魔達が巡回して攻めまくったらしく、通常の草食恐竜や肉食恐竜は言うに及ばず、絶対王者のジェムと素材の牙と、さらには絶対王者の素材としては超レアバージョンの鉤爪までもが、ちょっとした山になっているんだから呆れた俺は悪くないよな。
「もちろん、水没地域の恐竜やアンモナイトのジェムや素材もたっぷりあるからね〜〜!」
「私達もちゃんともらっているから、遠慮なく受け取ってね〜〜!」
「ああ、そうなんだ……ありがとうな」
嬉々としてこちらも大量のジェムと素材を積み上げながら受け取ってと言ってくれるシルヴァとグレイ。
他の皆も苦笑いしつつ、うんうんと揃って頷いているからやりすぎた自覚はあるのだろう。
積み上がる素材の中には、ここで新しく出たのだという内側部分が超分厚い真珠層になった虹色キラッキラな巨大アワビの貝殻も大量にある。よし、あれは明日にでも冒険者ギルドへ行って大量に渡して来よう。ここの職人さんなら、きっとあれですごい装飾品とかを作ってくれるだろうからな。
「いやあ、それにしてもとんでもない量だなあ。有り難いと言えば有り難いんだけど、これはもうちょっと何と言うか……頼むから、自重って言葉の意味を辞書で調べてくれよな」
俺の指なんかよりも遥かにデカい絶対王者の鉤爪を手にしながら、乾いた笑いをこぼす俺だったよ。
「ここの地下洞窟は、もう一通りは攻略したので、明日から俺達は郊外の飛び地へ行くつもりだ。お前さんも一緒に行かないか?」
にっこり笑ったハスフェルのその言葉に一瞬頷きそうになったんだけど、我に返って慌てて顔の前で手を振る。
「魅力的なお誘いだけど、残念ながら明日も明後日も午後から鉱夫飯の配達の人達が来てくれるから、ここを留守にするのは駄目だって。弁当は渡すから、頑張って行ってきてください!」
俺の説明に納得したハスフェルが、妙に嬉しそうな笑顔でギイを振り返る。
「そうなんだってよ。残念でした」
「ううん、残念! そうか。鉱夫飯の配達があったか。これは盲点だったな。賭けは俺の負けだな」
苦笑いしながらそう言って、金貨を一枚ハスフェルに投げて寄越す。
「何だよお前ら、俺が狩りに行くかどうかで賭けをしていたのかよ」
呆れたように笑いながら、ハスフェルの腕を突っついてやる。
「いや、せっかくそれだけ見事な装備を作ったのに、あまり活躍出来ていないみたいだからさ。勿体無いと思ったんだけどなあ」
わざとらしくそう言って笑うハスフェルの言葉に、俺はこれまたわざとらしく大きなため息を吐いて見せた。
「どうせ旅に出たら行った先々で、きっとあんな事やそんな事に巻き込まれて酷い目に遭う気がするから、今は安全に過ごせる貴重な引きこもり期間なんだと思っているんだよ!」
胸を張る俺の言葉に、なぜか全員揃って大爆笑になったのだった。
「じゃあ、万一泊まりになった時に困るといけないから、今ある弁当をまとめて渡しておくよ」
「ああ、それは有り難い。場合によっては現地で一泊する可能性もあるからなあ」
笑ったハスフェルの言葉に、皆も笑顔で頷く。
「じゃあ、これがそうだよ。各自収納してくれよな」
そう言って俺が取り出したあの漆塗りの重箱を見て、大歓声が上がる。
「うおお、びっくりした。何だよ急にそんな大声出して?」
次々に重箱を取り出す俺を見て、シルヴァとグレイが駆け寄ってくる。
「何それ! それもお弁当箱なの?」
「すっごく綺麗!」
キラッキラに目を輝かせる二人の後ろには、同じくらいに目を輝かせたオンハルトの爺さんもいる。
「おう、これは重箱って言って、まあ料理を入れておく道具だよ。普通ならこれは何かの祝い事とか良い事があった時や、お祭りの時なんかに使うものなんだけどさ。綺麗だろう?」
「ほう、これは見事な螺鈿細工だな。さりげない装飾だが、どれも見事な仕事だよ」
嬉しそうに目を細めたオンハルトの爺さんの言葉に、皆から感心したような声が上がる。
「確かにどれも綺麗だよな。今って東の街道が閉鎖されているから、色々と仕事がなくなって困っている人が多いらしいよ。それで、主にそういった人達相手に商売していた飲食店の人達に、ギルドが発注して城壁の外での工事に出ている人達への仕出し弁当を作ってもらっているんだって」
俺の説明にオンハルトの爺さんが納得したように頷く。
「さすがだな。仕事を作って金を回す。特に今回のような大きな災害が起こった際には、絶対に必要な処置だよ」
「で、そのせいで、通常ならたくさん売っているはずの弁当箱が根こそぎ品切れしてしまって大変なんだってさ。この辺りの重箱は、まあ値段が高いから、さすがに仕出し弁当には使えなかったみたいで売れ残っていたんだ。それでまとめて買わせてもらったんだよ。あ、持って行く時はこれに包んでくれよな」
一緒に購入した大小の風呂敷もどきも取り出すと、これまた見事な染めの数々にオンハルトの爺さんが大感激していた。
それぞれ好きな風呂敷で重箱を包んで収納してもらい、半端に残った分はハスフェルにまとめて預かっておいてもらう。
そのあと、子猫達を順番に皆が撫で回してちょっとだけ遊び、その日は解散となった。
部屋に戻って風呂に入って温まった俺は、ベッドで待っていてくれたニニと子猫達の間へ潜り込んでいった。
「ごちゅじん、あったかいにゃ〜」
「ほんとうにゃ、あったかいにゃ〜〜」
マニとカリーノがうっとりしながら俺の両横にくっついてくる。
「ええ、ごちゅじんあったかいにょ?」
カリーノの向こうにいたミニヨンが、そう言って身を乗り出して腕を伸ばしてくる。
「ミニヨン捕まえた〜〜!」
笑った俺は、伸びてきたミニヨンの前脚を捕まえて手のひらを肉球部分に当てる。
「ふにゃ〜〜あったかいにゃ!」
嬉しそうなミニヨンが、もの凄い音で喉を鳴らしながらカリーノの上へ乗り上がって両前脚を伸ばしてくる。
「おいおい、カリーノが潰れ……大丈夫そうだな」
下敷きになったカリーノは、ちょと嫌そうに動いたが、そのまま下敷きにされても平気そうで、こちらも喉を鳴らし始めた。
「じゃあ皆で一緒におやすみだな」
腕を伸ばして三匹を順番に撫でてやり、小さく欠伸をする。
「それでは消しますね。おやすみなさい」
笑ったベリーの声の後に、部屋の明かりが一斉に落とされる。
「いつもありがとうな。おやすみ……」
何とかそれだけを言った俺は、胸元に潜り込んできたカリーノを抱きしめながら、あっという間に眠りの海へ墜落していったのだった。
ああ、このもふもふの海の幸せな事……。