道具屋筋での買い物三昧!
「はあ、ごちそうさまでした。お腹いっぱいだよ」
「ごちそうさま〜〜私もお腹いっぱいで〜〜す!」
昨日の残りの鉱夫飯に野菜を色々と追加してしっかり食べた俺は、緑茶を飲みながら大きなため息を吐いた。
そして俺と変わらないどころか下手すりゃ俺より食ったシャムエル様は、今は空になったお皿の横でせっせと毛繕いの真っ最中だ。
「相変わらず、その小さな体の何処に、そんなに入るんだよ。マジで四次元胃袋かよ」
笑ってもふもふな尻尾を突っついてやる。
「尻尾を突っつかない!」
俺の指にポフっと尻尾を叩きつけたシャムエル様は、そう言って尻尾を抱き込むみたいにして今度はせっせと尻尾のお手入れを始めた。
ああなってしまっては、もう尻尾には触れない。
苦笑いした俺は、もう一回ため息を吐いて残りの緑茶をゆっくりと飲み干した。
少し食後の休憩を取ってから、改めてマックスに乗って街へ向かった。
とりあえず、お弁当箱かそれに近いものを探すのが第一目的で、無ければ代わりに使えそうな大きめのお皿を大量購入だな。
「となると、やっぱり道具屋筋へ行くのが正解かなあ。まあ、もしも無かったらお店の人に聞いてみよう」
ご機嫌で尻尾扇風機状態なマックスは、アッカー城壁まではそりゃあもう早駆け祭りの時みたいな全力疾走で走り切り、貴族の別荘街はいつも通りの早歩きでそそくさと進んで行ったのだった。
街へ到着した後は、マックスの背中から降りて手綱を引きながらのんびりと歩き、途中で良さげな店を見つけては買い物もしつつ職人通りを抜けて無事に道具屋筋へ辿り着いた。
「ううん、いつ見てもテンションあがる光景だねえ」
ここはメイン通りから一本外れた裏通りなのだが、やや狭い路地には店舗向けの食器や調理道具をはじめ、様々な道具を売る店が所狭しと並んでいる。
「鍋は沢山あるから大丈夫。となると、やっぱり弁当箱が最優先かなあ」
キョロキョロと周りを見ては弁当箱を探すが、どこにも無い。
「鉱夫飯があるんだから、弁当箱の文化もあると見たんだけど……どうして無いんだ?」
小さな声でそう呟きながら歩いていると、一軒の店の前に座ってパイプをふかしていたドワーフの男性と目が合った。店の名前が入ったエプロンをしているから、間違いなくお店の関係者だ。
「おや、魔獣使いのケンさんじゃあないか。どうした? 何か探し物か?」
もう俺の名前はこの街でもすっかり有名になっているので、知らない相手が俺の名前を知っているのは今や日常茶飯事だ。
「ああ、お店の方ですね。ちょうど良かった。少し教えていただきたいんですが、よろしいでしょうか?」
「おう、俺に分かる事ならなんでも教えてやるぞ?」
パイプを持ったそのドワーフのおっさんは、笑顔でそう請け負ってくれた。
「弁当箱を探しているんですけど、何かありませんか? 出来れば大きいのがたくさん欲しいんですよ」
俺の言葉に、驚いたように目を見開くおっさん。
「ううん、申し訳ないがタイミングが悪すぎらあ。今、弁当箱はどこの店も品切れ中だよ。普段ならそんな事は無いんだけどなあ」
申し訳なさそうなその言葉に、俺は納得して頷いた。
「ああそうか。もしかして、仕出し弁当を作っている飲食店の方々が根こそぎ買って行った?」
「おう、その言い方は事情を知ってるんだな。その通りさ。弁当箱を作っている職人達は、突然の急な売り上げ増に対応出来なくてどこも大騒ぎになっているよ」
ガハハと豪快に笑うおっさんの説明を聞いて俺は弁当箱を諦めた。
「じゃあお皿にするか。ありがとうございました。ちょっと見せてもらいますね」
この店でも、真っ白な業務用と思われるお皿が、いろんなサイズごとに大量に積み上がっている。
あの大きいのなら、鉱夫飯を半分くらいなら並べても大丈夫だろう。
「兄さん、重箱で良ければあるぞ。ただし、お値段は少々張るがな」
「ええ、重箱ですか?」
思いもよらないおっさんの提案に、お皿を見ていた俺は思わずそう言って振り返る。
「ほら、こっちだよ」
手招きされて入った店の奥には、確かに重箱を展示したコーナーがあり、三段から五段くらいまでの大小の華やかな重箱がいくつも並んでいた。
しかも素材もさまざまな物があり、陶器製やごく細かな竹みたいなのを編んで作った籠風の物、漆と思われる真っ黒でツルツルな表面に花や鳥などの細やかな絵が描かれた物、あるいは寄木細工っていうんだっけ? いろんな色の木を組み合わせて模様を作った木箱など、明らかに日常使いではなく特別な晴れの日に使う的な品々が並んでいたのだ。
「さすがにこれを買っていく強者はいなかったよ。まあ、値段が値段だから無理にとは言わねえよ。こういうのもあるって知っていてもらえば……」
しかし、おっさんにみなまで言わせず、俺は自分で収納していた金貨が入った袋を取り出した。まあ、ギルドカードの口座から支払いも出来るけど、たまには手持ちの金貨も減らさないとな。
「買います! 買わせてください!」
予算は潤沢にあるんだから、工事が終わった後の職人さん達のお仕事を増やす意味でも、これを買うのは有りだと思う。何よりも物が良いのは間違いないんだからさ!
「ええ、良いのか? 無理するなよ? 俺はもっと安い重箱を売っている店が隣にあるから、そこを紹介するつもりだったんだけどなあ」
完全に買う気になっている俺の言葉に驚いたおっさんが、慌てたようにそう言って顔の前で手を振る。
「ああ、もちろんその店も教えてください。だけど、これは素晴らしいのでぜひ欲しいです。冗談抜きで、買い占めても構いませんか?」
「本気か?」
「ご迷惑でなければ!」
金貨の入った袋を持つ真顔の俺を見たおっさんは、泣きそうな顔で大きく頷いた。
「迷惑な訳あるかよ。もちろん喜んで売るよ。どれでも好きなのを好きなだけ選んでくれ」
笑顔で頷き合い、そこからはおっさんにそれぞれの重箱の細工がどんなものなのかなどの詳しい説明をしてもらいつつ、大きなサイズを中心にして、宣言通り綺麗な重箱を買い占めたよ。
きっとこれは、オンハルトの爺さんが見たら喜んでくれるだろう。
それに全員が収納の能力持ちか大容量の収納袋持ちだから、通常の場合と違って重ねているだけの重箱でも、水気が漏れたり倒れて中身がぐちゃぐちゃになる心配はしなくていい。小さいと言っても普通の弁当箱よりは遥かに大きいから、案外良い買い物だったと思う。
しっかりとお金を払って重箱を収納した俺は、隣にあるもう一軒の重箱を売っているお店へ行き、ここではシンプルな無垢の木で作った普段使い用の曲げわっぱみたいな重箱を大量購入させてもらった。
そしてその隣の店には重箱を包めるサイズのいわゆる風呂敷が大量に用意されていたよ。
うん、この店の並びはとても正しい並びだと思うな。
花模様や動物の模様、植物をモチーフにした複雑な紋様などなど、多色で染められたドワーフさん達の芸術性が見えるそれらの布を見て、シャムエル様が大感激していた。
なので、当然これもまとめてお買い上げ。まあ、この世界では布は比較的高価なので、値段はそれなりになったけどね。
思った以上の収穫に大満足した俺は、満面の笑みで見送ってくれたおっさん達に手を振り返して、道具屋筋を後にしたのだった。
さて、帰ったらまずは鉱夫飯の解体からだね!