いってらっしゃいと街での色々
「それじゃあ、いってきま〜〜す!」
「お弁当ありがとうね〜〜〜! いってきま〜〜〜す!」
食事の後、昨日作った鉱夫飯アレンジ弁当を全員に渡してやると、大喜びで早速それぞれに収納した後、揃って嬉々として地下洞窟へと出発していった。
「気をつけてな〜〜無茶は禁止だぞ〜〜〜!」
「はあい!」
玄関先で見送った俺の言葉に、笑ったシルヴァグレイの元気な返事とハスフェル達神様軍団やリナさん達の笑う声が重なる。
「さて、それじゃあ俺も出掛けるとするか」
と言ってもひとまず部屋に戻って改めて子猫達とガッツリ触れ合ってから、今日は留守番してくれたマックスに乗って、ファルコを護衛にとにかく街へ向かった。
「ええと、朝市でいつもの買い出しと、今日は弁当箱を探すつもりだったんだよな。どこで売ってるかなあ?」
マックスの背の上でのんびりとそんな事を考えていると、もうアッカー城壁が見えてきた。
「いやあ、さすがにマックスは早いなあ」
腕を伸ばしてそう言いながら首元を撫でてやると、ご機嫌に一声吠えたマックスが一気に加速してあっという間にアッカー城壁へ到着してしまった。いやあ、速い速い。
アッカー城壁を抜けると、貴族街だ。ここは並足ぐらいの速さでサクッと通り抜け、街へ到着したところでもう少しゆっくり進み、朝市の通りの前でマックスから飛び降りた。
「ああそうだ。なあ皆、ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」
鞄に入っているスライム達に、声をひそめてとあるお願いをする。
「後で冒険者ギルドへ行くから、それまでに準備しておいてもらえるかな?」
「はあい、それくらいすぐに出来るからやっておくね〜〜!」
アクアの元気な返事に、他のスライム達の声が重なる。
「おう、それじゃあよろしくな」
笑ってマックスの背中に乗せた鞄をそっと撫でて顔を上げる。今朝も、賑やかな工事の音が聞こえている。
立ち止まっていると、工事に行くのだろう、ぎっしりと大勢の人達が乗り込んだ荷馬車が何台も通り過ぎていく。
「ケンさんじゃないか! おはよう!」
「おお、その装備、似合っとるぞ!」
聞き覚えのあるその声にあわてて周りを見渡すと、少し離れたところに止まった荷馬車の荷台から、フュンフさんとギュンターさん、それからホルストさんの三人が揃って手を振っているのが見えた。
そしてその手には、大きなノコギリやショベル、武器かと見紛うくらいの巨大なハンマーなどがある。
「おはようございます。ええ、その道具を持ってるって事は、もしかして皆さんも工事の応援ですか?」
マックスの手綱を引いて荷馬車に駆け寄る。
「おう、ギルドからの要請で、職人達も順番に交代で手伝っているんだ。まあ、大した事は出来ないけど力仕事なら任せろって」
笑ったフュンフさんがグイッと右腕を上げて曲げると、それは見事な筋肉が盛り上がった。おお、ハスフェル達とタイマン張れるレベルの筋肉だぞ。すっげえ!
「あはは、そりゃあ頼もしいですね。でも、怪我だけはしないように頑張ってください!」
敬礼するみたいに右手を上げると、笑ったフュンフさんが大きく頷く。
「もちろん気をつけるさ。まあ、あの騒動のおかげで、保管してあった工事用のジェムがすっからかんになってしまったらしいからな。こうなったらジェムの工具がほぼ使えない。あとはひたすら人力頼りだから、逆に皆張り切っているよ。それじゃあな」
笑ってなんでもない事のように言われて、慌てて彼らを見る。
「ケンさんには、とんでもない量のジェムを提供してもらった。本当に感謝している。ここからは、バイゼンに住む俺達が頑張る番だよ」
口を開こうとした俺を見て、フュンフさん達だけじゃなあくて荷馬車に乗っていた他のドワーフさん達までが揃って笑顔になった。
「それじゃあ良い一日を!」
御者台に乗っていた大柄なドワーフさんが、大きな声でそう言い、ゆっくりと荷馬車を進ませる。
笑顔で手を振る彼らを見送った俺は、一つ深呼吸をしてからマックスを振り返った。
「料理用の材料はまだまだあるからな。とにかく先にギルドへ行ってあのジェムを置いてこよう。買い出しはそのあとだ」
どうやらジェム不足は、俺が思っていた以上に深刻みたいだ。
マックスの背中に飛び乗った俺は心持ち早足でマックスを進ませて、ここから一番近い冒険者ギルドへ向かったのだった。
冒険者ギルドは、未だかつてないくらいの人であふれていた。
「初心者で、飛び地や地下洞窟に行けない方は、こっちの受付で工事の応援依頼を受けてください!」
「中級以上の皆様は、出来るだけジェムの確保をお願いします!」
外まで続く大行列の横で、案内の看板を持ったスタッフさんが大声で列に並ぶ人に声をかけている。
「ああ成る程。雪かきの時と同じで初心者は工事の応援に、ある程度以上の腕と装備がある人は狩りに行ってジェムの確保優先なんだ」
「おお、ケンさんじゃあないか! よく来てくれたな!」
納得したようにそう呟いてギルドの中に入ったところで、冒険者ギルドのギルドマスターであるガンスさんが笑顔で手を振りながらカウンターから駆け出して来た。
「ええと、ちょっとお話をと思ったんですが……お忙しいですよね?」
もうこうなったら黙って置いていくべきかなんて考えていると、にっこり笑ったガンスさんに腕を掴まれた。
「ちょうどよかった。俺も話があるんだよ。ほらこっちこっち」
そう言ってぐいぐいと腕を引っ張られて、そのまま別室へ案内というか強制連行された。
マックスは当然のようについてきて部屋の隅に大人しく座る。
「恥を承知で頼む! もし手持ちのジェムにまだ余裕があれば、一個でもいいから売ってくれないか!」
俺がソファーに座るなり、テーブルを挟んで向かいに座ったガンスさんが大声でそう言って深々と頭を下げた。低いテーブルに額が当たる寸前だよ。
「ちょ、ちょっとやめてくださいよ! 顔を上げてくださいって!」
慌てて立ち上がり、まだ顔を上げようとしないガンスさんの背中を叩いてから肩を掴んで無理矢理顔を上げさせる。
「ここへ来て、予想以上にジェム不足が深刻なのに驚きました。もっと早く言ってくださればよかったのに」
一つため息を吐いた俺は、手にしていたいつもの鞄に手を突っ込んだ。
『ご主人、はいどうぞ。三個の収納袋に、言われた分は全部入ったよ』
こっそり教えてくれたサクラの念話の声に頷き、サクラが渡してくれた三個の収納袋を取り出して机の上に並べた。
「これをお渡ししようと思って来たんです。これは、頑張る皆様への寄付ですからね! この収納袋、かなりの収納力がありますから、工事の荷物運びなんかに使えると思います。どうぞ使ってください!」
「おお、そりゃあ有り難いが、良いのか?」
俺が突然取り出したやや大きめの三つの収納袋を見たガンスさんの言葉に笑って頷き、何か言われる前に立ち上がる。
「それは、寄付、ですからね! では頑張ってください!」
にっこり笑った俺は、マックスの手綱を手に逃げるみたいに部屋から駆け出していき、背後で聞こえたガンスさんの悲鳴は聞こえない振りをして、そのまま素知らぬ顔で冒険者ギルドを後にしたのだった。