マックスの有り難さと鉱夫飯の配達
「ううん、街までの道のりが遠いぞ」
貴族の別荘街を進みながら、小さくそう呟いた俺はムービングログの上でため息を吐いた。
そうだよな。普段はマックスがバンバン進んでくれるからお城からアッカー城壁までなんてあっという間だったし、この貴族の別荘街もゆっくりだと思っていたけど、実はそれなりの速さで進んでいた事が今ここに証明されました。
何しろ、いつも通っているのと同じで見覚えのある道だから道を間違っているわけじゃあないのに、冗談抜きでいつまで経っても街が見えてこない。
「ううん、マックスって特に何も言わないけど実は良い仕事してくれていたんだなあ。さすがは俺の大事な家族だ」
少し嬉しくなってそう呟き、もう少しスピードを上げて石畳の道を進んでいく。
昨日よりも少し遅くなったけど無事に街へ到着したので、まずは朝市のある通りへ向かった。
ここでは出始めている春野菜や春の果物を中心に、ご迷惑にならない程度にガッツリまとめ買い。
それから牧場直営のお店では、ミルクやチーズをこれもまとめ買い。空いていた牛乳瓶が全部満杯になったよ。
それから、一緒に売っていた卵もまとめ買い。
普段俺が使っているのは、この世界では一番一般的な白か茶色の鶏。
色はあまり気にしていないけど、なんとなく茶色の方が白い卵よりも美味しい気がする。
俺の知る元の世界でよく見た卵よりも若干大きいくらいで、大きさも形も中の白身と黄身もほぼ同じ。
だけど、ここバイゼンでは、他では見ないそれよりももっと大きな卵が売っているんだよ。
ほんのりと青みを帯びたその卵は、ちょうど俺が両手を合わせて持つとピッタリとハマるくらいだから普通の卵三個か四個くらいの大きさはある。
あの大きな胸肉の青鶏の卵だそうで、値段は普通の卵とは比べ物にならないくらいに高い。まあ、ついている値段が一桁どころか二桁違うよ。
でも有り難いことに仕入予算は潤沢にあるから、俺は見つけたら気にせず買うけどな。
味は濃厚で本当に甘くて超美味しい。
これでだし巻き卵やオムレツを作ると絶品なので、帰ったら絶対に作ろう!
そろそろ朝市の終わる時間なので、ここからは開き始めた通り沿いにある食料品店を順番に見て回った。
パン屋さんや、お惣菜屋さんみたいに作ったのを単品で売っているお店もあり、よさそうなものがあれば見つけ次第ここでも迷惑にならない程度にガンガン買っていく。一応、どのお店もまとめ買い大歓迎だって言ってくれるから有り難いよ。
そして昼に近い時間になったところで広場へ移動して、屋台飯を中心にこれもいろいろ大量購入。
「よし、今日の買い出しはこれくらいにして戻ろう。弁当の配達が来たら大変だもんな」
やっぱり買い出しのある日はマックスに残ってもらおうと考えつつ、ムービングログに飛び乗った俺は大急ぎでお城へ戻って行った。
うん、帰りはさらに遠い気がした。マックス! 戻って来てくれ〜〜〜!
大急ぎでお城へ戻り、一息つく間も無く弁当の配達の人達が馬車に乗って来てくれた。
チャイムの音に慌てて玄関へ走る俺だったよ。
あっぶねえ、予想よりも早く来たからギリギリだった。明日も買い出しに行くのならもっと早く帰らないとな。
「あの、本当にこんなにたくさんよろしいのですか?」
荷馬車から飛び降りて、若干不安そうに俺を見ながらそう尋ねるスタッフさん。
見ると、乗ってきた合計三台の荷馬車いっぱいに鉱夫飯が積み込まれている。
「待ってました。もちろん大丈夫ですよ。全部いただきます」
笑顔でそう答えて、安堵のため息をもらすスタッフさんに渡された伝票と領収書を確認する。
注文した時に前金でたっぷり払ってあるけど、あれが無くなったら残りの代金は、ギルドの俺の口座から引き落とされる仕組みになっている。その際には俺が請求書にサインをして返す仕組みだ。いちいち支払いに行かなくて良いから楽でいいよ。
玄関先で、持って来てくれた弁当の数を一緒に確認して、数に間違いがないのを確認してから受け取り伝票にサインをして返した。
ちなみに、全部で百八十個あったけど、こんなものなのか?
「急遽閉まっている鉱山の分も一緒にってお願いしたのに、思ったよりも少なかったですね。もしかして、材料が足りていない?」
市場には様々な食材があふれていたけど、実は裏では逼迫したりしているのだろうか?
心配になってそう尋ねると、笑ったスタッフさんが教えてくれた。
城門の外にあるすぐ近くの森や街道周辺は、防犯や街道を通る旅人達の安全の意味もあって早急な整備が必要なので、とりあえず工事に駆り出された人達は、ほぼそのどちらかに振り分けられているらしい。
そのほとんどが、元々鉱山で働いていた人達と手の空いている職人さん達。
なので、鉱山へ納品する予定だった鉱夫飯が、まずその人達の弁当として優先して使われているらしい。これはそこで余った分と、観光案内所に届けていた分プラスアルファの数らしい。
「あの、それとですね……非常に勝手なお願いなのですが……」
弁当を収納した俺の顔を見て、何やら言いにくそうにするスタッフさん達。
何事かと思って驚いて話を聞いてみると、俺が一部を買い占めちゃって返さなかったもんだから、弁当箱自体が不足しているんだって。
確かにこの弁当箱自体も追加生産しているらしいが、そんな急には増やせないらしい。
「ああそうか。普段は鉱山や観光客が食べた場合、そのほとんどが空の弁当箱になる。なのでそれを回収して再利用していたのか。ああ、すみません! そこまで気が回らなかったです!」
確かに、相当な数の空の弁当箱がサクラの中に綺麗に洗った状態で収納してある。ちなみに俺も五十個くらいは空の弁当箱を持っているよ。
「ええと、いくつかは使いまわしているので、それ以外は全部お返ししますね。ちょっと待ってください」
サクラが入った鞄を持ち直した俺は、とりあえず俺の持っている分だけ置いておき、残りは全部お返しした。
大喜びのスタッフさん曰く、弁当箱を返すと一部返金制度があるらしく、明日の納品で一緒に持ってきてくれるらしい。これは現金で返すのが慣例らしいのでお任せしておく。
それなら、今日納品してもらった弁当も、全部とは言わないがいくつかは分解して別に取っておくべきだな。
まあこれはスライム達にお願いすればやってくれるだろうから、今後の予定に弁当の分解も入れるようにしておく。
笑顔で戻っていくスタッフさん達を見送った俺は、まずは昼飯を食べるために自分の部屋へ戻って行ったのだった。