屋台と朝市での買い物三昧
ぺしぺしぺし……。
誰かに顔を叩かれて、俺はまだ寝ていたくて枕に抱きついた……?
あれ? 何だこれ……こんなデカい枕、俺は使ってないぞ?
驚いて目を開けた俺の目の前に広がっていたのは、デカいニニの腹毛の海だった。
おお、そうだったよ……夢じゃ無かった。
無言で腹毛の海に突っ伏した俺を、またしてもぺしぺし叩く奴がいる。
「もしかして……シャムエル様?」
細い目を開けて、頬を叩いている誰かを見る。予想通りの見慣れたリスもどきが、肩に座って腕を伸ばしていた。
「正解。いい加減起きたら? ってか、せっかくのベッドなのに、どうして鎧も脱がずに寝るかなあ」
呆れたような声が聞こえて、俺は小さく吹き出した。
うん、確かにその通りだ。
ベッドで寝たのに、野宿した昨日よりも体が痛いのは……何故だ?
何とか起き上がった俺は、大きな欠伸をして、それからニニみたいな伸びをした。
後ろでは俺から解放されたニニが、同じように欠伸と伸びをしている。
おお、すっげえ伸びっぷり。さすがに俺はあそこまで伸びないってな。
台所の奥の水場で顔を洗おうとして、ふと思いついて水面を覗き込んだ。
揺らぐ水面に、寝ぼけた顔のいつもの俺が覗き込んでいて、何故だか泣きたいくらいにホッとした。
顔を洗うと気分もスッキリした。
そうだ、せっかくシャムエル様がいるんだから、この鎧一度脱いでみよう。どうやって着るのか確認しとかないとな。
部屋に戻ると、ベッドに腰掛けて腕の籠手を脱いでみる。
うん、これはそのまま引っこ抜けばいいな。
脱いだ籠手を置き、脛当ても外してみた。うん、これも簡単に外れる。しかし、胸当てはどうやって脱ぐんだ?
あちこち見ていると、シャムエル様が座っている膝に現れた。
「もしかして、それを脱ごうとしてるの?」
「ああ、どういう構造なのか、見てみたくてさ」
これって、このまま頭から脱ぐのか? いや、それだと頭が引っ掛かるか?
「ここ、こことここを外すの」
呆れたような声が聞こえて、唐突に現れて左肩の肩当てを叩く。それからまた消えて現れて、左の脇の下も叩いた。
「あ、ここか」
肩当ての下と左脇腹に小さな金具が見えて、それを外した。
前後に二つに分かれて簡単に脱ぐ事が出来た。
「おお、成る程。こんな風になってたんだ」
感心したように、外した胸当てを手に眺めた。
「ご主人、綺麗にするねー!」
サクラが来て、以前やったようにニュルンと伸びて、俺を包む。
解放された時には、汗の跡もなくサラサラだった。外した鎧も飲み込んで吐き出してくれたので、順に身に着けていった。
なんか良いな、これ。
サラサラになった髪をかきあげて、立ち上がった。
「サクラ、コーヒーセットと鍋と食器セットを出してくれるか」
吐き出してくれたそれらを持って、台所へ向かった。
「昨日思ったんだけど、この机、大理石っぽいな」
台所に置いてある机、足は木製だが上に乗ってる天板は、どうみても大理石だ。
「大理石の机って……いくらするんだよ」
思わず呟き、持ってきた荷物を置いてコンロとヤカンを取り出した。
火を付けてまずは湯を沸かす。
「コーヒーって、こっちの世界では珍しいのか?」
パーコレーターにコーヒー豆をセットしながら、机の上でコンロを見ているシャムエル様に尋ねる。
「皆、普通に飲んでるよ。味も色々あるから、試してみてね」
返ってきた返事に俺は笑顔になった。それなら、街へ出たらコーヒーも探してみよう。
ゆっくりと時間をかけてコーヒーを淹れ、カップに注ぐ。
「ああ良い香り。やっぱり朝はコーヒーだよな」
椅子に座って、側に来たニニとマックスを撫でながらコーヒーを楽しんだ。
ゆっくり寛いだ俺は、手早く道具を片付けると、リュックの中を空にして、サクラに入ってもらう。
「今から、朝市へ行くんだけどさ。戻ったらまた整理するから、俺が何か買ったら鞄に入れるから、とにかく一旦飲み込んでくれるか」
鞄に入ったサクラにそう言うと、サクラは元気に返事をしてくれた。
単なる思い付きでやってみたが、これって我ながらすごいアイデアだよな。題して、冷蔵庫にもなる容量無限の四次元鞄だ。
あ、なんか異世界っぽい。
現実世界では有り得ない、四次元鞄のアイデアに、我ながら感心して嬉しくなった。
俺は、鞄を背負って振り返った。
「昨日、ヘクター達が言ってた朝市と屋台を見に行くんだけど、お前らはどうする?」
マックスは、当然のように起き上がり、ファルコも飛んできて、左肩の定位置に留まった。
ニニが当然のようにベッドへ戻るのを見て、俺は小さく吹き出した。
「じゃあ、アクアとニニは留守番な」
またしても尻尾で返事をされて、俺は声をあげて笑った。
「じゃあ行こう。ニニはすっかり引きこもりになっちゃったみたいだな」
からかうようにそう言うと。突然起き上がってベッドから飛び降りて来た。
「やっぱり行く! 別に引きこもりじゃないもん」
ムキになったような言い方が可笑しくて、俺はまた笑った。
結局、全員で出掛ける事になり、まずは昨日見た屋台が出てる広場へ行ってみる事にした。
ヘクターからの情報によると、あの広場に通じる別の道で朝市をやってる通りがあるそうだ。
俺達が通りへ出ると、明らかに周りがビビってる。
ちょっと考えて、俺はマックスの横を歩き、すぐ後ろをニニについて来てもらう事にした。
注目されてるのは、もう諦める事にする。
魔獣使いが珍しいって言ってたから仕方ないよ。まあ、もし逆の立場だったら……俺も絶対逃げるよな。
時々、マックスの首筋を叩いてやり、安全なことをアピールしつつ広場へ向かった。
屋台で、ホットドッグっぽい物を買い、食べながら歩く。聞いてみたが、マックス達は要らないと言うので、食べてるのは俺だけだ。
次にカットフルーツぽい物も買ってみた。
りんごっぽいのとオレンジっぽいのが入ってて、中々美味しかった。
そのまま広場を通り過ぎて、朝市をやってるのだと言う通りに入ってみた。
俺の姿が見えた途端にどよめきが起こったのは聞こえないフリをした。
おお、素晴らしい。まさに朝市だよ。
目の前に広がる、食材の山に、俺はちょっとテンションが上がったよ。
ちょっと離れて見ていたが、だいたい俺が知ってる食材と変わりない。よしよし、これなら何とかなりそうだ。
野菜や果物を中心に、色々少しずつ買ってみる。
買う時にさり気無く料理方法や扱い方を聞いてみたが、どこの店も気安く教えてくれて、ここにいるだけでものすごく勉強になったね。
肉屋は屋台には出ないらしく、別の店舗が立ち並ぶ通りへ行けば、いい店がたくさんある事も教えてもらった。
結果、この世界は、食生活については、ほとんど俺の知識と変わらないらしい事が分かった。
郊外へ行けば酪農もやっていて、豚や牛、山羊や羊を飼い、鶏も飼ってるらしいから、牛乳やチーズ、卵も探せばありそうだ。
よしよし、俺の食生活改善の為にも、頑張って色々探そう。
色々買っては鞄に押し込み、一通りの買い物が終わる頃には、すっかり日が高くなっていた。
「昼になっちまったな。もう一度戻って、さっきの広場の屋台で何か食うか。それで昼からは、郊外へ出て、お前らの飯だな」
「少しぐらいなら、我慢出来ますよ?」
マックスはそう言ってくれたが、俺が嫌なんだよ。自分だけバクバク食って、こいつらは何も食えないなんてさ。
引き返してもう一度朝市の通りを抜けて、さっきの広場へ戻る。
気になってた串焼きの肉を買って、食いながら歩く。
「あ、こっちって、さっき聞いた店舗が並ぶ通りだな。ちょっと見てもいいか?」
「もちろんですよ、肉が欲しいんでしょう?」
マックスに言われて、俺は誤魔化すように笑った。
だって、これで肉があれば、一気に食生活は豊かになるぞ。
角を曲がってその通りに入ると、またしてもあちこちからどよめきが聞こえた。
もう、ここまで同じ反応だと、なんか面白くなって来たぞ。
開き直って堂々と通りへ入る。
お、肉屋発見。
覗き込むと、大きな肉の塊が金属製の箱の中に入ってる。扉はガラスみたいだ。
まさかあれって……冷蔵庫か?
近くまで行ってガラスに触れてみるとひんやりしてる。
すげえ、これは完全に冷蔵庫だよ。
感心して見てみると、一番上の棚に、ぎっしりと氷が入ってるのが見えた。
あ、これと同じような物を博物館で見た事ある。上に氷を入れておいて、その冷気で中の物を冷やした、初期の冷蔵庫だよ。
隣の箱には、ウインナーっぽいのもぎっしり入ってる。これは買いでしょう!
ビビる店員に声を掛けて、分厚く切った肉五枚と、三種類あったウインナーをそれぞれ五人前買った。
数に意味は無い、これぐらいなら、まとめて買っても変に思われないだろう作戦だ。
頼んで無いのに、焼く時の牛脂も幾つも入れてくれた。うん、良いね。今夜はステーキだ!
隣の店は鶏肉と卵が売ってた。嬉しい!
卵は十個入りの箱を三つと、鶏肉も色々種類別に買ってみた。
これで、食生活はかなり改善されそうだ。よしよし。
一旦部屋に戻って、手早く買って来た食材を整理する。
順番にサクラに説明しながら渡して、全部終わってからマックス達の食事の為に外へ出てみる事にした。
でも、その前に……ニニとマックスに抱きついてもふもふとむくむくを堪能した。
何度やっても幸せになれるよ。この、大きさに抱きつけるって最高……。
すっかり存在を忘れてるシャムエル様に、またしても冷たい目で見られていたようだが、構うもんか!
もふもふは幸せの素なんだよ!