お供えと収めの手
「はあ、岩豚カツサンド、美味過ぎるよ」
大満足のため息を吐きつつ、半分食べ終えたところで頬を叩かれていたのに気づいた。
「もう、やっと気がついたね。折角のダンスも収めの手も無視するし、ちょっとどういう事?」
一瞬で机の上の岩豚カツサンドのお皿の横にワープしたシャムエル様が、ダンダンと足を踏み鳴らしてお怒りだ。
「ああ、ごめんごめん。あまりの美味さにちょっと気がつかなかったよ。ええと、半分ですがどうぞ」
今更だけど、半分残ったのをそのままそっと差し出す。うん、もう一個作ろう。
すると、それを見てようやく機嫌を直してくれたシャムエル様は、笑ってステップを踏みながら俺の頭上を指差した。
「だけどその前に、そっちにあげてやってくれる? さっきからずっと待ちぼうけなんだからさ」
驚いた俺が頭上を見ると、なんと収めの手が現れてこっちに向かって手を振ったのだ。
「あれ……? だって、シルヴァ達は今こっちに来ているんだから、お供えは要らないんじゃないのか? 弁当持って行ってるし」
俺がそう言うと、収めの手が明らかにショボーンって感じになり、唐突にいつもよりも色がすうっと薄くなった。
「うええ? 分かった分かった。届けるからちょっと待ってくれって」
明らかに様子がおかしいのに気づいた俺は、慌てて自分で収納している分からタマゴサンドと鶏ハムサンドも取り出して追加でお皿に並べた。
「ええと、いつものお敷布は、ああ、そっか。俺が持っていたな」
焦るあまりそのまま手を合わせそうになって、敷布が無いのに気がついて急いでいつもの敷布を取り出す。
「サクラ、小さい方の机を出してくれるか。こうなったらいつも通りにやりたいよな」
小さく笑った俺は、そう言って寸胴鍋の中にいるサクラからいつもの机を受け取り手早く組み立てた。
いつもの敷布を敷いたそこへ、用意していたサンドイッチの並んだお皿とオーレの入ったマイカップも並べる。
「あ、折角だから美味しいスープも欲しいな。ええと、かぼちゃスープを一人前出してもらえるか」
「かぼちゃスープだね。はい、スプーンも一緒にどうぞ」
少しモゴモゴしたサクラが、いつも使っているお椀にたっぷりのかぼちゃスープを入れたのを出してくれる。しかもカトラリーまで一緒に出してくれる気遣いっぷり!
それにしても、この一人前だけ用意して出してくれるのは、俺一人だけで食べる時には本当に便利だよ。
「ありがとうな。じゃあこれも一緒にお供えしてっと」
若干腑に落ちない気もするけど、シャムエル様が供えたほうがいいというのなら、もちろん俺に否やはない。喜んでいつも通りにお供えさせていただきますよ。
「岩豚カツサンドとタマゴサンド、それから鶏ハムサンドです。カフェオーレとかぼちゃスープも一緒にどうぞ」
いつものように手を合わせてそう言うと、収めの手が俺の頭を何度も撫でてからサンドイッチを撫でてお皿を持ち上げ、オーレとかぼちゃスープも同じように撫で回してから消えていった。
収めの手の色がいつも通りになっているのを見て安心した俺は、小さく笑ってお皿を自分の前に戻す。
「向こうの世界へお供えを届ける役割を持つ収めの手は、それを受け取る時に代わりにケンに祝福を授けてくれているんだ。だから逆に言うと、お供えしてくれないと祝福を届けられないんだよね。ちなみに届けた分のマナは向こうにちゃんと保存されているから、シルヴァ達が戻ってからまとめて受け取る事になるよ。まあ、目の前にいて一緒に食事をする時には必要ないけど、今みたいに別行動をしている時には、出来れば供えてやってもらえるかな」
苦笑いしたシャムエル様の言葉に、いつも収めの手が俺の頭を撫でてくれるのを思い出す。
「ああ、あれって何か授けてくれていたんだ。ええ? そんな毎回貰って大丈夫なのか?」
思わず小さな声でシャムエル様にそう尋ねる。
「うん、届けているのはごく僅かな祝福だから気にしないでいいよ」
にっこり笑ってそう言われてしまい、まあそんなものかと納得しておく。
「じゃあ、これと、タマゴサンドをどうぞ。鶏ハムサンドは?」
もう一回自分用の食パンを取り出しながらそう尋ねると、シャムエル様は少し考えて俺の手元を見た。
「もしかしてまた作るの?」
「おう、トンカツはまだまだあるからもう一回俺用の岩豚カツサンドを作るよ」
「それなら、鶏ハムサンドも半分ください!」
「はいはい、食い過ぎて後で腹が痛いなんて言わないでくれよ」
笑いながら鶏ハムサンドを半分に切り、取り出した別のお皿に移す。
「オーレとかぼちゃスープはここにください!」
ステップを踏みつつ、いつもの盃と小さなお椀が差し出される。
「はいはい、ちょっと待ってくれよな」
まだ使っていなかったスプーンで、まずはオーレをすくって盃に入れてやり、続けてカボチャスープもお椀に取り分けてやる。
「わあい美味しそう! では、いっただっきま〜す!」
嬉しそうにそう言ったシャムエル様は、岩豚カツサンドをガシッと両手で掴むと、ものすごい勢いで齧り始めた。
「肉食リス再び」
小さく笑ってそう呟いた俺は、手早くもう一回岩豚カツサンドを作って席に座り、いつもの倍サイズに膨れたシャムエル様の尻尾を時々こっそりと突っつきつつ、今度はじっくりと味わいながらちょっとメニューの増えた食事を楽しんだのだった。