観光案内所と鉱夫飯の注文!
街中に響き渡る城壁の外から聞こえる槌の音やノコギリを引く音、それから元気な掛け声と時折響く振動を聞きながら、マックスに乗った俺はのんびりと進んで観光案内所に到着した。
「よし、到着っと。ええと……マックスはここの厩舎で待っていてくれるか? ファルコも一緒に留守番な」
観光案内所の横にある広い厩舎にマックスを連れて入った俺は、意外にガラ空きな厩舎を見回し、何頭かの馬達が並んでいるのとは反対側の端っこの空いたスペースにマックスを連れて行き手綱を柵に引っ掛けておいた。ファルコは、柵の所に留まらせておけばいいな。
「向こうにいる馬達を怖がらせないように、大人しくしていてくれよな」
多分マックスを初めて見るのだろう馬達が、チラチラとこっちを見て怯えるみたいに寄り集まっている。中には、軽く跳ねるみたいにして少し興奮している子もいるみたいだ。大丈夫かな?
「マックスは、体は大きいけど優しいんだぞ。怖くないから大丈夫だよ」
どこまで言葉が通じているかは分からないけど、一応馬達に向かってそう言っておく。
すると、何頭かがまるで返事をするかのようにいななき、他の馬達もそれっきり落ち着いたみたいで、特にマックスを気にする様子も無くなった。
「あれ? もしかして今ので通じたのか?」
首を傾げつつ、まあいいかと疑問はまとめて明後日の方向へぶん投げておく。
そして、俺は妙に静まり返った観光案内所に入って行った。
「あれ? もしかして今日はお休みなのかな? 誰もいないぞ?」
一応、玄関部分とロビーには明かりがついていたけれども、何故か壁に貼ってあるはずの今日のツアー案内が一枚も無い。
トロッコツアーには詳しいオリゴー君とカルン君によると、雪が降っている冬の間は鉱山自体がほとんど閉鎖されているから、街の中が中心の観光ツアーなどの一部のツアーを除き鉱山ツアーはほとんどがお休みらしいんだけど、雪解けと共に街に近い場所の鉱山なんかはいくつか再開されているから、今は普通にほぼ全てのツアーが再開されているはずだって言っていたんだよ。
それなのにツアーの案内が一枚も無い。そして、見る限りカウンターには誰も座っていない。
「ええと……これはどうするべきだ?」
だけど扉に鍵はかかっていなかったんだから、観光案内所自体は休みってわけでは無いと思う。
どうしようか困っていると、カウンターの奥の扉が開いて、数人の職員さん達が出てきた。
もしかしたら、また何かあったのかもしれない。
ちょっと心配になって尋ねようとした時、受付前に立ってた俺に気づいた職員さんが、慌てたように走ってきて席に座った。
「ああ、気付かなくて申し訳ありません!」
あ、座ってくれたのは、フクシアさんのお姉さんのファータさんだ。
「あ! ケンさん! お久し振りです! 舞台では大変お世話になりました!」
座って改めて顔を上げたところで、ようやく俺が誰か気付いたファータさんが、慌てたようにそう言って満面の笑みになる。
「あはは、お久し振りです。ええと、もしかして今日って……」
すると、一転してしょんぼりと眉を寄せたファータさんは、何も貼られていない壁面を見た。
「はい、いつもツアーに使っている鉱山も、内部に崩落が起こっていたり、岩食い出現により、坑道内に大きな穴が開いていたりしている箇所が何箇所もあったらしく、一旦全ての鉱山で採掘を中止して安全確認を行なっているとの事です。そんな状態なので、現在、全てのツアーを一旦休止しております。安全が確認されれば順次開始する予定ですが、今のところ再開の見通しはまだ立っておりません。せっかく来ていただいたのに、申し訳ありません!」
「申し訳ありません!」
ファータさんだけでなく、カウンター内にいた他の職員さん達まで揃って頭を下げてくれる。
「いやいや、今日はツアー参加じゃあなくて鉱夫飯の予約に来たんですよ」
そう言って小物入れから、以前貰ったツアー参加証明書と、草原エルフ三兄弟から大量に貰った割引券を取り出すと、それを見て笑顔で頷いたファータさんが、注文表らしき分厚いノートを取り出す。
「ええと、一度でどれくらいの数を頼めますか?」
「今でしたら、ツアーの予定が入っていませんから百個単位でご注文いただけます。あの、鉱夫飯を作ってくれている仕出し業者の方々も急な鉱山の閉鎖とツアー中止で大変なので、よければその……」
遠慮がちなファータさんの言葉に、思わず拳を握る俺。よし、これで弁当は当分の間心配しなくてもいいな。
シルヴァ達がいる以上、地下洞窟へ狩りに出かける時には、彼女達でもお腹いっぱいになるくらいにたっぷり持たせてやりたいもんな。となると、この鉱夫飯は最強なんだよ。なにしろ、あのボリュームに加えてデザートまでついているんだからさ。
「ありったけお願いします! なんならツアーが再開するまで毎日注文しますから、ありったけ作ってください!」
俺の言葉に仰け反るファータさん。背後にいたスタッフさん達もどよめいている。
「ええと、この間の岩食い騒動の時に、皆に配っちゃったので、手持ちが全部無くなっちゃったんですよ。それに新しい仲間達も増えたので、実を言うと当分の間の食料確保が大変なんですよね」
誤魔化すように笑った俺の言葉に、ファータさんだけでなく背後にいたスタッフさん達まで揃って目を輝かせている。
「エリゴール様とご友人の方々ですね! もう最高に格好よかったって皆言っています。フクシアも言っていましたよ。最強の火球をバンバン撃っていたって」
そりゃあまあ、火の神様ご自身なんだから弱かったらそっちのほうが問題だって。と、こっそり心の中で突っ込んでおき、俺はにっこり笑って金貨が入った革袋を一つ取り出した。
「って事で、前金で払っておきますので、冗談抜きでツアーが再開されるまでありったけ全部買います! 普段ここで購入している数ってどれくらいなんですか?」
「ええと……」
若干目が泳ぐファータさん。
不思議に思って聞いてみると、鉱夫飯自体はドワーフギルドが注文して、観光客用の分だけ別にして計算されているらしい。
成る程。元はと言えばあれは鉱山で働いている人達用の弁当な訳で、それを観光客がいわば分けてもらっているんだもんな。それならドワーフギルドが管理しているのは当然だよ。
「あの、それでしたら後ほどドワーフギルドのギルドマスターと相談します。毎日取りに来ていただくのも申し訳ありませんから、お城まで配達いたしますが、いかがでしょうか?」
「ええ、郊外のあそこまで配達って大変ですよ?」
取りに来るつもり満々だった俺だけど、ファータさんは苦笑いしながら首を振った。
「このような事をお客様に申し上げるのは恐縮なのですが、実を申しますと岩食いの一件で東の街道が一時閉鎖されている為に、突然仕事が無くなった人達が大勢いるんです。ですので、なんであれ仕事になりそうなら、そちらに任せていただきたいのですが、いかがでしょうか? あの、もちろん配達料などはいただきませんのでご安心を!」
「いやいや、そこはちゃんと払いますって!」
慌ててそう言った俺だったが、なんでもドワーフギルドにはその為の積み立て基金があって、今回のような緊急事態にはそこから失業者に対して資金が出るんだそうだ。
なので、今回のような臨時の仕事の場合も、そこから担当者に賃金が支払われるんだって。
ドワーフギルド、失業保険まであるなんてホワイトすぎるよ。
密かに感心した俺は、とにかく作れるだけの鉱夫飯を毎日配達してもらうようにお願いしておいたのだった。
よし、これで弁当はガッツリ確保されたぞ!