バイゼンの街と修理依頼!
「おう、賑やかな音が聞こえているなあ。あれってもしかして、もう城壁の外の再建を始めているって事だよな。すげえ」
貴族街の道を通り抜けて街へ入った俺の耳に聞こえてきたのは、遠くから聞こえる賑やかな槌の音と大勢の掛け声。時折、地響きみたいな振動も感じられるけど、マックスが警戒していないから危険はないんだろう。もしかしたら、もうあの大穴を埋め始めているのかもしれない。
それから、賑やかな音を立てて走ってきた大きな荷車や荷馬車が、次々に城門から外へ出ていく光景だった。
城門の外へ歩いて出ていく団体の中には、自分の体くらいある大きなノコギリを担いだドワーフ達の姿もある。
「だけどまあ、街自体には被害がなかったんだから、休んで疲れを取った後は、ガッツリ働くって事か。いやあ、皆働き者だねえ。ご苦労様」
小さくそう呟いてドワーフギルドへ向かおうとした時、ギルドのある方角からまた別のドワーフの団体が荷馬車に乗ってこっちへ向かっているのが見えた。
「おう、ケンさんじゃないか。何だ一人か?」
荷馬車の助手席に座っていたエーベルバッハさんが笑顔で手を振っているのが見えて、マックスに乗ったままだった俺はゆっくりとマックスを進ませて荷馬車の横に並んだ。
「従魔達も含めて、俺以外のほぼ全員揃って地下洞窟の攻略に嬉々として弁当持って出掛けましたよ。俺はちょっとドワーフギルドにお願いがあって街まで来たんですけど、さすがにお忙しいですよね?」
ですよね。じゃなくてどう考えても忙しいだろう。見れば分かる。
この春中に和室の修理依頼するのを諦めかけたその時、何故か荷馬車が急に止まる。それに合わせて、何となく隣を進んでいたマックスの脚も止まる。
見るとエーベルバッハさんだけでなく、荷馬車に乗っているドワーフ達が全員揃って真顔で俺を見つめていた。
ごめん、全員真顔はちょっと怖いって。
「おお、ドワーフギルドに、何の頼み事だ?」
不思議そうなエーベルバッハさんの質問に、苦笑いした俺は肩をすくめた。
「ええと、従魔達が俺の部屋で遊んでいてちょっと調子に乗り過ぎましてね。走り回って遊んでいた時に、勢い余って和室の障子をぶち破って吹っ飛ばしちゃったんですよ。そりゃあもう見事に壊れました。それで、出来れば修理をお願いしたかったんですけど……」
「それなら、ハインツとクラウス。それからアーデルも行け」
「了解っす!」
何故かエーベルバッハさんに呼ばれた三人が、笑顔で返事をして立ち上がって荷馬車からそろって飛び降りた。おお、ガタイの割に身軽ですねえ。
「ケンさんの頼みを断る奴がバイゼンにいる訳なかろうが。こいつらは、あの和室を作った時にも参加していた職人達だから、障子の作りも和室の仕組みもしっかりと理解しているよ。それくらいすぐに直せるからご心配なく」
「ああ、そうなんですね。ありがとうございます。でも俺、他にもちょっと用事があるので……ええと、どうしましょうか?」
観光案内所まで、ここからは結構距離がある。さすがにあそこまで一緒に徒歩の人を連れて行くのは失礼だろう。
「それなら、すまんがケンさんの用事が済んだらドワーフギルドへ来てくれるか。修理道具と馬を用意しておくよ」
ハインツと呼ばれた大柄なドワーフさんが、俺を見上げて笑顔でそう提案してくれる。
確かにお城まで来てもらうのなら馬は必須だよな。それに大工道具も。
「了解です。じゃあすぐに戻ってきますのでそれでお願いします」
「おう、構わないからゆっくりしてくれや。ちなみに壊れた障子は何枚だ?」
「ええと、おそらく修理不可能なくらいに大穴が空いて木枠ごと壊れたのが二枚と、一緒に吹っ飛んだせいで、木枠の中の桟の部分が割れたり折れたりしたのが三枚ですね。それから障子の紙が破れたのは……結構あちこちにありますね」
障子の紙は、子猫達だけじゃあなくてお空部隊の子達やアヴィ、それからカリディアやタロン達まで、齧ったり爪を研いだり引っ掻いたりしているせいで、割とあちこちに小さな破れや引っ掻き傷が出来ているんだよな。
もう、従魔達がいる時点で無垢の木が無事な訳はないと諦めているので、そこはもう気にしていないんだけどさ。
「了解だ。それじゃあそっちの準備もしておくよ」
笑ったハインツさんがとっても良い笑顔でそう言うと、三人はエーベルバッハさんに手を上げてドワーフギルドへ戻って行った。
「急に無理言ってすみません。お忙しいんでしょう?」
何だか申し訳なくてそう謝ったんだけど、気にするなと言って笑われてしまった。
「それじゃあ。何かあったらいつでも遠慮なく言ってくれよな」
笑顔のエーベルバッハさんの言葉に荷馬車がゆっくりと動き出す。荷馬車に乗っていたドワーフさん達も笑顔で手を振ってくれたので、俺も笑顔で手を振り返して城門へ向かう荷馬車を見送った。
「さて、それじゃあ観光案内所へ行って、鉱夫飯をたっぷりお願いしてこよう、予定を聞いて、また取りに来ればいいんだからな」
マックスの首元を軽く叩いて一つため息を吐いた俺は、賑やかな槌の音を聞きながらのんびりと観光案内所へ向かったのだった。