お外デビュー! マニの場合
「よし、ここでなら思いっきり走り回っても大丈夫だぞ!」
広い玄関から外に出たところで俺がそう言ったんだけど、何故か扉から出てきた子猫達は、戸惑うようにくっつきあったまま後ろに下がって中に戻っていってしまった。
「おいおい、どうした?」
驚いて玄関に戻ると、なんと尻尾を五倍くらいに膨らました三匹が、プルプルと震えて固まっていたのだ。
「どうした?」
怖がらせないように、静かな声でそう言ってやる。
ハスフェル達は、もう従魔達も含めて全員外に出ているんだけど、玄関先で立ったまま、困ったみたいにこっちの様子を窺っている。
「お、おしょときょわい!」
「にゃにあれ」
「うえにかべがにゃいの!」
プルプル震えながら涙目でそんなこと言われてしまい、俺はもう堪える間も無く吹き出してしまう。
「ごちゅじんひどい!」
三匹の抗議の声が綺麗に重なる。
「あはは、ごめんごめん。大丈夫だよ。さっき見たのは、このお城の庭だよ。上に壁が無いのは当然で、あれは空。ファルコ達が飛ぶ場所だよ。外はあんな風なんだよ」
テイムした事で、間違いなく子猫達の知能は格段に上がっているから、ちゃんと詳しい説明をしてみる。
喋り方が拙いのは、単にまだ身体が未熟で舌足らずなだけだ。
「どうちて? いちゅものとこりょがおしょとでちょ?」
顔を上げた涙目のマニの言葉に驚く俺。
「ああそういう事か! お前ら、いつもの産室から出た俺の部屋が、お外、だと思っていたのか」
しばらくその言葉の意味を考え、ようやく子猫達がこんなにも怯えている理由が判って納得したよ。
まだくっつきあったままプルプルと震えている子猫達を見て、俺は小さなため息を一つ吐いてから、両手を広げて子猫達をまとめて抱きしめた。
「怖がらなくても大丈夫だよ。いつもいるのは、俺の部屋って言って、このお城の中にある区切られた小さな場所なんだ。お前達は、まだ小さかったからその中で皆に守られて大きくなったんだよ」
三匹の頭や背中を交互に撫でてやりながら、言い聞かせるように優しく話しかける。
「もう、俺の従魔になったんだろう? もう少し暖かくなったら、ここを出てまた別の街へ行くんだ。皆と一緒にな。だからお外へ出るだけで怖がってなんていたら、皆と一緒に旅が出来ないぞ? どうするんだ? 一生このお城の中だけで生きていくか?」
本当に怖がってお外に出られないようなら、どうすればいいのだろう。
このお城なら室内飼いをするのは充分に可能だろうけど、俺たちは春になったらまたハンプールへ行くんだから、子猫達だけを残して行くわけにはいかない。
割と本気で困っていると、真っ先に顔を上げたのは一番体の小さなマニだった。
「ごちゅじん……いっちょにいてくれまちゅか?」
涙目でプルプル震えながら、震える尻尾は五倍サイズ。ああ、今すぐあの尻尾に抱きついて頬擦りしたい!
脳内で叫ぶ俺をとりあえず殴り倒しておく。
すがるみたいに俺を見上げる涙目のマニ。
ああ、さっきとはまた違う意味で可愛さが大渋滞を引き起こしているぞ。
またしても無言で悶絶しつつ、俺はもうこれ以上ないくらいの笑顔で頷く。
「もちろんだよ。そんなの当たり前じゃあないか。一緒にいるから安心していいよ。お外は広いから、走ると気持ちいいぞ。さっきみたいに、物に当たったりしないからさ」
まあ、この庭には、石造りの階段や屋根付きの座れるスペースがいくつもあるし、階段状の段差や大きな木も何本もある。
部屋の中と違って遠慮なく全力疾走できるんだから、間違いなく楽しいって。それにまだまだ成長途中の子猫達にとって全力で走り回る事は、ある意味必要な運動でもあるからな。
「ん? どうする?」
笑ってなんでもない事のように軽く聞いてやる。
「い、いきまちゅ!」
最初に宣言したのは、何とマニだった。一番身体が小さいのに、勇気あるじゃん。
俺の腕からするりと抜け出したマニは、まだまだ膨れている尻尾をピンと立てて、まるで壊れたおもちゃみたいにギクシャクとした動きで扉に向かって進み出ていく。
手を離して立ち上がった俺は、そんなマニのすぐ後を追いかけて一緒に扉の外へ向かった。
置いてけぼりにされたミニヨンとカリーノが困ったように顔を見合わせて、なんとも情けない声で揃って鳴き始めた。
それを聞いたニニとカッツェが、慌てたように中に走って入って行ったので、とりあえずそっちは任せておく。
一方のマニは、扉の外へ出たところの玄関先で、前足を広げて踏ん張った状態で仁王立ちになったまま庭を睨みつけている。
従魔達は全員揃って巨大化しているが、まだ誰も庭に出ていない。
ハスフェル達やリナさん達、ランドルさんの従魔達まで全員が巨大化はしているものの、同じくじっとしたままで息を潜めてマニを見つめている。
「う、う、うびゃう……」
何やら奇妙な鳴き声を上げたマニは、仁王立ちになったままプルプルと震えている。
さすがにいきなりのお外デビューは無謀だったかな?
あまり怖がるようなら、また後日改めてにしてもいいかと思い話しかけようとしたその時、いきなりマニが跳んだ。
多分10メートルくらい。
勢いよく飛んで、そのまま庭の草のある場所に着地する。
雪の下でも枯れずにいた俺の知る芝生よりももっと柔らかな短い草の上で、これまた仁王立ちのまま硬直しているマニ。だけど両前脚が芝生をわぎわぎって感じに何度も握っている。
多分、生まれて初めての草の地面の感触を確かめているのだろう。
「にゃにこれ! きもちいいにゃ!」
振り返ったマニは、ご機嫌な声でそう言うといきなり走り出した。
即座に従魔達が全員揃ってその後を追う。お空部隊の面々は、全員がこれも巨大化して翼を広げて舞い上がった。
そしていきなり始まる追いかけっこ。
従魔達の楽しそうな声が聞こえて、俺達は揃って笑顔で拍手をしたのだった。