今回の裏事情の話その一
「はあ、ずっと言いたかった事をやっとお伝え出来て、それなのに笑顔ですぐに了承してもらえるなんて、本当に大感激です。ありがとうございます。約束します。決してケンさんの信頼を裏切るような事はしません」
胸元で両手を握り締めたリナさんの言葉に、ちょっと目を潤ませているランドルさんもうんうんと頷いている。
「あの、俺は本当にどの子もたまらないくらいに可愛いと思っていますので、ミニヨンちゃんがリナさんのところへ行くのなら、残り二匹のうちケンさんが手元に置きたいと思う子をどうぞ先に選んでください。残った子を俺に譲って頂きます」
正直に言って、俺もどの子を残すか決めていなかったので、ランドルさんに選んでもらって残った子を手元に置くつもりだったから、先に選んでくれと言われたその言葉にちょっと驚いてランドルさんを見た。
笑顔のランドルさんは、グレイとシルヴィアにまたしても押し倒されている子猫達を見てから俺を振り返った。
「俺の故郷の言葉に、残りものには福がある、って言葉がありましてね。誰からも選ばれなかったものにこそ幸運が宿っている、みたいな意味です。実際、俺も何度かそういった経験をしているんでね。なので、せっかくだから残り福をいただこうかな、と」
「あはは、そうなんですね。同じような言葉が俺の故郷にもありますよ。素敵な考えですよね。じゃあ、じっくり考えて選ばせて頂きます」
笑った俺の言葉に、ランドルさんも大きく頷く。笑顔でもう一度頷き合った俺とランドルさんは握った拳をぶつけ合ったのだった。
「じゃあ、そろそろ部屋に戻りますね。おやすみなさい」
最後に残ったお酒を飲み干したリナさんの言葉に、アーケル君達やランドルさんも頷いて立ち上がる。
「おう、おやすみ。明日はもう一日休みにしよう。皆、頑張ったもんな」
冷静に考えたら、頑張ったどころの騒ぎでは無かったんだけど、俺の言葉に皆も苦笑いしていた。
それぞれに部屋へ戻る彼らを見送り、俺は一つため息を吐く。
「で、こっちは色々と聞かせてもらわないと駄目な事がありそうだよな」
にっこり笑った俺の言葉に、シルヴァとグレイが、誤魔化すように笑ってミニヨンのとカリーノのお腹に飛びついた。
「まず、私達が急遽ここへきた一番の理由は、あの岩食い」
カリーノのお腹に顔を埋めていたシルヴァが、意外なくらいに真剣な声でそう言う。
まあそれは予想の範囲だったので俺も無言で頷く。
「しかも、あの岩食い、実は相当危険な岩食いだったのよね」
同じくミニヨンのお腹から起き上がって子猫のすぐ横に座ったグレイが、こちらも真剣な声でそう言う。
「そりゃあこの世界の理から外れたモンスターなんだから危険なのは当然だけど、その口ぶりだとちょっと意味が違う?」
彼女達だけでなく、神様達全員のそれはそれは真剣な様子を見て若干ドン引きな俺がそう言うと、二人は顔を見合わせてから揃って頷いた。
「まず、全体の出現数自体が異常に多かった事。これは恐らくだけど、地脈の回復と無縁ではないと思うわ」
グレイの言葉に、真顔のハスフェル達も揃って頷く。
「確かに俺やギイの知る歴代の岩食いの中でも、今回の奴は特別に出現自体が多かったな」
「うへえ、よく死者無しで解決出来たな」
感心した俺の言葉に、シルヴァ達も苦笑いしている。
「岩食いの出現自体はこれ以上ない不運だが、出た場所がバイゼンだったのは、こちらとしては結果としてこれ以上ないくらいの幸運だったな」
「確かにそうだね」
オンハルトの爺さんの言葉に、レオが頷いている。
「幸運?」
人的被害が出なかっただけで、物理的にはこれ以上ない被害だったと思うが……?
「だって、例えばこれがハンプールの街のすぐ側で出現していたとしたら、そりゃあとんでもない被害になっていたと思うぞ。もちろん、人的被害も、物の被害もな」
ギイの言葉に、俺は無言になる。
「そっか、ここは職人の街バイゼンで、加工に携わるドワーフ達の中には火の術を使える人が、他の街の人数よりも圧倒的に多い。しかも、それ以外の職人さん達の中にも冒険者を兼業している人が大勢いるから、とにかく全体に一般人の戦闘力が高いわけか。戦うための武器さえあれば、今回の場合は主に火炎放射器だったけど、確かに火をつけた矢を放っていた人も大勢いたよな。つまり武器さえあれば、危険な岩食い相手でも臆せず戦える人材が大勢いた事自体が、バイゼンの幸運ってわけか」
確かにハンプールではそうはいかないだろう。街の人達のほとんどは戦いなんて知らない普通の街の人達で、万一にも今回のような事態になれば、それこそ先を争うようにして街から人が逃げていくだろう。
それは容易くパニックとなり、そうなった群衆を止める事などハスフェル達にも出来はしない。
その結果、岩食いの直接の被害だけでなく、パニックになった事による二次被害で恐らくとんでもない被害が出るだろう。人的にも、物理的にも。
そして、王都から近い大きな街であるハンプールが万一にでもそんな事になれば、川沿いにある他の街も無関係ではいられない。
俺の言葉に、神様達が全員揃って真顔で頷く。
「それでも、今回はそれであっても非常に危険……つまり、ケン達にも危険が及ぶ可能性がかなり高かったの。だから、だから必死になって大急ぎで駆け付けたんだからね!」
「そ、そうよ! 別に、子猫達に会えるからラッキー! なんて思っていないんだからね!」
何故か急に拳を握って力説するシルヴァとグレイの言葉に、俺達は揃って思いっきり吹き出したのだった。
大丈夫だよ。もし同じ事態になれば俺でも同じ事考えるから誰も責めないって。
手を伸ばして、ニニのもふもふな胸元に顔を埋めた俺は、誰一人かける事なく無事に帰ってこられた幸運を、今更ながらに噛み締めていたのだった。
本当に、平和がいいよ……。