ジェムの整理とこれからの相談
帰りにギルドの事務所に声を掛けて、借りていた倉庫の鍵を返した。
そのまま全員揃って宿泊所に戻り、何となく一番広い俺の部屋に集まった。
「あ、なあシャムエル様。ちょっと良いか?」
ふと思いついて、小さな声で聞いてみる。
「カーバンクルのフランマが仲間になったのって、クーヘンは気絶していて見ていないよな? 紹介した方が良いのか?」
予想通り、シャムエル様は首を振った。
「いやあ、やめた方良いと思うよ。多分また気絶するだろうからね」
「だよな。了解。じゃあそれで行くよ」
『フランマ、悪いけど、クライン族のクーヘンがいる間は、姿を見せないでくれよな。それで、クーヘンはベリーの事は知ってるけど、タロンは只の猫だと思ってるからな』
念の為、念話を使ってフランマに念押しをしておく。
『そうなんだね。分かった、注意するね』
フランマの声が頭の中に聞こえる。
うん、この念話って仲間内限定みたいだけど、あると絶対便利だよな。
全員分のカップを出してもらい、俺はリーワース村で買ってきた、緑茶を淹れてやる事にした。
缶を開けると緑茶の香りが一気にあふれた。うん、やっぱり良い香りだ。
本当は急須と湯のみが欲しいところだが、無い物は仕方がないので、大きめのピッチャーで代用する。
茶漉しは、以前道具屋で見つけて買ってあったのを使う。
「確か、緑茶のお湯はぬるめが良いんだって言ってたな」
お茶好きの同僚から教わった淹れ方を思い出しつつ、ゆっくりと淹れたお茶をカップに注ぎ、全員に渡した。
「おお、これは良い香りだな」
受け取るなり、ハスフェルとギイがそう言って嬉しそうに香りを喜んで楽しんでいる。
「レスタムのギルドから仕事を受けた時に、行った先の村で買ったんだ。紅茶もあるよ。飲みたかったら出すから言ってくれよな」
缶をサクラに戻しながら、後でお茶も作り置きしておこうと思った。
「お茶は水筒を買って入れておけばいいか。それならいつでも飲めるもんな。いや待てよ。熱いお茶って入れても大丈夫なのか?」
ふと疑問に思って、鞄から普通の水筒を取り出してまじまじと眺めてみる。
「そう言えば気にした事無かったけど、この水筒って……素材は何だ?」
思わずそう呟いて改めて見てみる。
やや楕円形で薄べったくなっているそれの横側に、飲み口になる部分が、鳥の首というよりくちばしみたいに突き出している。
キャップは後から付けた弾力性のあるコルクみたいだけど、 この本体はどうやって作っているんだろう?
雑貨屋ではかなり大きさも色々あったぞ?
思い付いたら気になって仕方がなくなり、取り敢えず、隣にいたハスフェルに聞いてみる事にした。
「なあハスフェル、ちょっと聞くけど、この水筒の素材って何なんだ?」
「水筒の素材?」
飲みかけのカップから顔を上げたハスフェルが、俺の質問を聞いて首を傾げる。
「ええと、つまり木彫りの皿みたいに、何で出来ているのかなって思ったんだよ」
「ああ、そういう意味か、そのままさ。フラットゴードの実の中の部分を取り出して綺麗に洗って、口の部分に粘性コルクで栓を作れば終わりさ。辺境の村では食器と並んでよく作られているぞ。王都へ行けば、胴体部分に細やかな細工を施した、繊細で綺麗な水筒も売っているぞ。まあ、それは携帯用には向かないがな」
へえ、まあ確かに硬いから細工は難しそうだけど、彫刻したら綺麗な水筒になりそうだ。
しかし、フラットゴートって何だ?
フラットは、そのまま平らって意味だろうから由来はこの薄べったい形状からだろう。それは分かるけど、ゴートって何だ?
無言で水筒を見つめて不意に思い付いた。
「ああ、瓢箪か! 成る程な。たしかに形がまんまじゃん」
納得した俺は小さく吹き出した。
「そっか、確かに時代劇とかで水筒といえば、竹筒か瓢箪だったよな」
一人で納得している俺を、ハスフェルが面白そうに眺めていた。
「じゃあ、先にジェムの振り分けをやってしまおうか」
水筒を鞄に戻して、アクアを呼んで鞄に入ってもらう。
「なあ、ドロップが集めた分って、別に分けてあるのか?」
「うん、ちゃんとご主人がやっつけた分と、クーヘンがやっつけた分は分けて持ってるよ。どうする順番に出そうか?」
「ええと、数を聞いてもいい?」
「クーヘンがやっつけた分は、ブラックトライロバイトのジェムが598個、亜種のジェムが186個、素材の角が408個だよ。それでご主人は、ブラックトライロバイトのジェムが286個、亜種のジェムが96個、素材の角は255個だよ」
おお、クーヘンの方が魔法を使っているから、数が多いんだな。
待てよ、この数字ってどうやって調べたのかなんて分かるか?
以前、ハスフェルと一緒にジェムモンスターをやっつけた時は、ハスフェルに希望の数を渡して残りを俺が貰ったんだったよな。
どうするべきだ? 平均で割ったら俺の方がもらい過ぎるし……。
鞄を前に考え込んでいたら、心配そうにクーヘンが覗き込んできた。
「あのケン? どうかしたんですか? ジェムに何か問題でも?」
クーヘンの足元にはスライムのドロップが得意げにやや伸び上がって俺の方を向いている。目は無いけど紋章がこっちを向いてるから、そうなんだろう……多分。
「ドロップは、クーヘンが倒したジェムモンスターの数って分かってるのか?」
「ジェムを見れば、自分のご主人や、他の従魔達が倒したモンスターは分かるよ! だけど、それ以外の人の分は判らないの」
「へえ、凄えな。じゃあこの数でクーヘンに渡すな」
「うん、ありがとう!」
クーヘンの従魔と平気で話をする俺を、ギイは無言で見つめている。
うん、後でハスフェルかシャムエル様にでも説明しておいてもらおう。
「ええと、ドロップが集めてくれたジェムなんだけど、聞いたら全部お前が倒した分なんだってさ。従魔には自分の主人が倒したジェムは判るらしいぞ」
「ええ? そうなんですか?」
驚くクーヘンに笑って頷き、俺は順番にクーヘンの分のトライロバイトのジェムと亜種のジェム、それから素材の角を取り出してやった。
机の上に、ちょっとしたジェムと素材の山が出来上がる。
「これだけが、クーヘンの取り分だよ。収納袋に入るか? 入らないなら、また預かっておくけど」
あっけにとられたように、積み上がったジェムを見ていたクーヘンは、真剣な顔で俺を振り返った。
「貴方の分は? ケン、貴方の取り分は有るんですか?」
ああ、集めたジェムを全部出したと思われてるな。これは。
「大丈夫だよ、俺の分もちゃんと有るから。それより、ベリーが確保してくれたジェムなんだけど、ちょっと引き取ってもらえたら……」
「無茶言わないでください! あ、でもせっかくですから、それならば記念に一つずつだけ素材も含めて譲って頂けますか。故郷の家族に、恐竜のジェムを見せてやりたいんです」
鞄からジェムを取り出しかけて、俺は思わず顔を上げた。
「家族? ええ! もしかして結婚しているのか?」
「まさか。こんな放浪してばかりいる様な奴の所に、嫁に来てくれる物好きはいませんよ。故郷に老いた両親と兄夫婦と姉夫婦がいるんです。どちらも子沢山ですので、一度戻ってジェムを渡してやりたくて……それであの……ケンはこの後の予定はどうなっているんですか? どこか目的地があるんでしょうか?」
改まって聞かれて、俺は椅子に座りなおした。
ハスフェルとギイは黙って見ている。
「夕べ、ハスフェル様と少し話したんですが、詳しい話は貴方にしろと言われました。最初から、自分は紋章を持てる様になったら独り立ちするつもりだったんです。元々押し掛けて一方的に仲間に入れていただいた形だったのに、こんなにお世話になって、本当に感謝の言葉もありません。それで……」
「まさか、出て行くつもり?」
ちょっと拗ねた口調になったのは大人気ないと思うけど、正直、もっと一緒に居られると思っていたから、いきなりそんな事言われて、なんだか悲しくなってきた。
「たったの五日間だよ」
「はい、ですが私にとっては、人生を変えた、まさに特別な五日間でした。この出会いに、心から感謝します。形としてはハスフェル様にお世話になる形でしたが、私は貴方の弟子のつもりです。ハスフェル様もそれが良いと言ってくださいましたから」
ハスフェルが気を悪くするんじゃ無いかって言おうとしたら、先に予防線を張られたよ。まあ、俺が知らない間に、二人で色々話していたみたいだったもんな。
「ハスフェルはどう思うんだ?」
振り返ってそう尋ねると、ハスフェルは笑ってカップを上げた。
「テイムと従魔の飼育に関しては、必要な事は一通り教えたぞ。後はもう、本人が経験して理解するしか無いからな」
困った様にクーヘンを見ると、彼は笑っていた。
「私の故郷は、このアポンの北にそびえるカルーシュ山岳地帯の険しい山の中に有るんです。特別に作られた地下通路を通って行く、クライン族で無いと辿り着けない場所です」
「おお、そりゃあ凄いな」
「なので、もしもケンがここから船に乗って北上する予定なら、この先にあるハンプールまではご一緒させてもらおうと思っていたんですが、予定は決まっていますか?」
少し寂しそうなクーヘンの言葉を聞いて、俺はハスフェル達を振り返った。
「ええと、今のところ最終目的地は工房都市のバイゼンなんだよ。だけど、急ぐ旅じゃ無いから、まあ色々寄り道しながら行くつもりだったんだ。だから、正直この先どこに行くかは全然決めていないよ」
「確かに決めていないな」
ハスフェルがそう言って頷く。
「じゃあ、せっかく乗船券を手に入れた事だし、そのハンプールって街まで船で行ってみるか?」
俺の提案に、ハスフェルとギイは笑って頷いてくれた。
「良いんじゃ無いか。のんびり船旅も良いもんだ」
二人がそう言ってくれたので、俺も笑って頷いた。
「じゃあ、次の目的地はそのハンプールまでの船旅だな」
俺の言葉に、ハスフェルとギイは持っていたカップを差し出して乾杯してくれた。
「ありがとうございます、ケン。じゃあもうしばらくだけお世話になります」
深々と頭を下げられて、俺の方こそと、俺も慌てて頭を下げた。