お疲れなうたた寝タイム!
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
「うん……」
いつものように額を叩かれてぼんやりと目を開いた俺は、見慣れない天井に気付いて慌てて起き上がった。
「ちょと! 急に起き上がらないでよ! 危ないでしょう!」
俺が起き上がった勢いで吹っ飛んだシャムエル様が、くるっと空中で一回転して見事に床に着地する。
「ええ、ここ何処だよ……って、ああそうか。湯から上がって休憩していて、来てくれたフランマにくっついてそのまま寝落ちしたのか」
隣にいる巨大化したピンクのもふもふにもたれかかりながら、笑って小さくそう呟いてまた目を閉じる。
「ちょっと! もう宴会の準備はもうすぐ終わるんだよ。寝ちゃ駄目だって〜〜〜〜!」
耳元で聞こえるシャムエル様の抗議の声を聞きつつ、結構疲れていた俺は二度寝の海へ墜落していったのだった。
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
ぺしぺしぺしぺし……。
「ちょっ、痛いって!」
両頬を小さな手で叩かれ続け、不意に目を覚ました俺はそう叫びながら起き上がった。
「はあもう、やっと起きたね。私はお腹空いてもう我慢出来ないよ! 食べ損なったらどうしてくれるの!」
怒れる毛玉状態のシャムエル様が、そう言いながらぴょんぴょんと勢いよく飛び跳ねている。
どうやら今のは、シャムエル様とカリディアの両手ぺしぺしだったみたいだ。
従魔達は、スライム達以外は全員厩舎に置いてきているので、今ここにいるのは自力で出入りの出来るシャムエル様とカリディアとフランマだけだ。
「ふああ、俺も腹減ったよ。ちょっと顔洗ってくる」
大きな欠伸をしてからそう言った俺は、寝ていたベッドから下りて水場へ向かった。
床に転がっていたスライム達が、嬉々として俺の後をついてくる。
「ここは一般の宿だから、本当なら従魔は部屋に入っちゃ駄目なんだぞ。だから水槽に入る水浴びくらいは構わないけど、噴水や水浸しになる水遊びは禁止だからな」
そう言いながら手早く顔を洗い、サクラに綺麗にしてもらう。
跳ね飛んで下の段の水槽に飛び込んでいくスライム達だけど、いつものお城の水遊びの時よりもずいぶんと大人しいから、どうやらこいつらも一応気を遣ってくれているみたいだ。
「もちろん分かってるよ〜〜! ついでに水槽の中や配管も綺麗にしておきま〜〜す!」
「全部綺麗にしま〜〜す!」
アクアの返事に続いてスライム達全員集合状態のご機嫌な返事に、剣帯を取り出して装着しようとしていた俺は、思わず吹き出したのだった。
「よし、準備完了!」
剣帯をしっかりと締めていつものヘラクレスオオカブトの剣を装着した俺は、大きな声でそう言って思いっきり伸びをした。
焼け焦げだらけになっていた俺の服は、寝ている間にゴールドスライムになったアクア達が修理してくれていた。
だけどまあ、焼け焦げだらけだったところをギルドマスター達に見られているので、一応気を使って手持ちの中から普通の服の、生地が分厚めのものを取り出して着ているよ。もちろん、作ってもらった防具には傷のひとつもない。
「雪は溶けたとは言ってもまだまだそれなりに冷えるから、あまり薄着だと風邪をひきかねないしなあ。この時期って、何を着ようか迷うんだよな」
小さくそう呟いた俺は、なんだかおかしくなって側にいたサクラを抱きしめた。
「北側の街道にある街路樹の桜が咲くまで、後もう一息ってところかな」
懐かしい、川沿いの遊歩道にあった一面満開の桜と桜吹雪の光景を思い出しつつ、小さくそう呟く。
だけどその直後に、俺の毛虫嫌いになった原因でトラウマでもある、あの夏の芋虫事件を思い出してしまい、遠い目になる俺だったよ。
『おおい、そろそろ準備が出来たみたいだぞ。食うなら出てこいよ』
その時、笑ったハスフェルからの念話が届き、シャムエル様を右肩に乗せた俺はスライム達を振り返った。
「じゃあ、お前らは小さくなってこっちに入っててくれるか」
俺が指差したのは、ベルトに取り付けている革製の小さな小物入れだ。これは収納袋じゃあなくて普通の小物入れ。だけど、合体した上に小さくなったスライム達なら、ここでも入っていられる。
いつもの鞄は大きいから宴会に持って行くにはちょっと邪魔だろうからな。
「はあい! じゃあ、ご主人がお食事している間はそこにいま〜〜す!」
一瞬で合体して小さくなったアクアゴールドが小物入れの中に飛び込んでいく。それを見て、他のスライム達もそれぞれ合体して小さくなり、小物入れの中に飛び込んでいった。
もちろんスライム達を連れて行くのは、宴会の後の片付け要員だよ。
「さて、それじゃあ昼からガッツリ食べて飲ませて頂きましょうかねえ」
岩豚を始め、俺の手持ちのいろんな肉を、それぞれ丸ごと一匹単位で提供してあるので、多分、肉は食べ放題だと思う。
「おっ肉〜〜おっ肉〜〜お、に、く!」
俺の右肩の上では、すっかりご機嫌になったシャムエル様が即興お肉の歌を歌いながら、すっ飛んできたカリディアと並んで軽快なステップを踏んでいたのだった。
「あはは、お見事。ええと、フランマもカリディアも大活躍だったんだよな。腹は減っていないか?」
なんでも、フランマは姿を隠してエリゴールと一緒にずっと岩食いと戦ってくれていたらしいし、カリディアも身軽な体を活かして郊外の森の中を文字通り走り回って、散発的な岩食いの発生を察知しては、地上に出たところを即座に攻撃して森を守ってくれていたらしい。
「大丈夫だよ。ケンタウルスの皆から美味しい果物を沢山もらったからね」
笑ったフランマの言葉に、カリディアも笑って頷いている。
「そっか、じゃあ俺は飯食いに行ってくるから、ゆっくり休んでいてくれよな」
留守番の二人に手を振って廊下へ出る。
一応、明日までこの部屋は使っていいと聞いているんだけど、宴会が終わったらもう、お城へ戻ってゆっくりしたい。
「飯食ったら明るいうちにお城へ帰れるかなあ。マックス達といつもの広いベッドで一緒に寝たいよ。それに、せっかくなんだからシルヴァ達に子猫を見せてやりたい。絶対キャーキャー言って大喜びするぞ」
そう呟き、その光景があまりにも容易に想像出来てしまい、ちょっと笑った俺だったよ。