夜明けと戦いの終了!
「ああ、夜が明けた……」
もう、巨大ジェムを幾つ出したのかすら分からなくなってきた頃、白み始めた東の空に気づいて思わずそう呟いた。
今いる大門は、真っ直ぐに東側を向いているので、真っ暗だった空が次第に明るさを増していき太陽が地平線から顔を出した時には、何だか泣きたくなるくらいの安心感があった。
別に夜が明けたからといって岩食いの活動が終わるわけではないんだけど、それでも真っ暗で周囲の状況がしっかり見て確認出来ないのは、何と言うか心理的な圧迫感が凄かったんだよ。
登り始めた太陽を見て安堵したのは俺だけじゃあなかったみたいで、あちこちから、ああやっと夜が明けた。とか、夜明けの空が綺麗だ。みたいな呟きが聞こえていたよ。
しかし、明るくなって見えた城壁の周囲の惨状に、俺達は一様に息を呑んだ。
綺麗に整えられていた街道沿いの並木道は言うに及ばず、周囲の手入れされた林も森も、木が折れまくって焼け焦げた跡があちこちにあり、場所によっては地面が抉れて何箇所も大穴が空いている。
どうやら、岩食いが出たのは一箇所だけじゃあなかったみたいだ。
要するに、城壁の外側部分は見渡す限り見るも無残な状況に成り果てていた。
「うわあ、これを片付けて綺麗にするだけでも相当かかりそうだな」
思わずそう言いたくなるくらいに、ひどい惨状だ。
まあ、岩食いの街への侵入を許していたらそれどころの惨状じゃあ無かっただろうから、これはもうやむを得ない事だったのだと思わないと仕方がない!
「どうやらそちらも、何とか生きて夜を越せたようですね」
その時、空を飛んできたベリーが、ふわりと俺達の目の前に現れて通路に降り立った。
「おう、何とか生きていると。そっちはどんな具合だ」
振り返ったハスフェルの言葉に、ベリーがこれ以上ないくらいににっこりと笑う。
「地下を確認していた者達からの報告です。どうやら今回の出現が最後だったようですね。岩食いの気配は一切無いとの事。もう、今回の岩食いの出現は終わったと見て間違いありませんよ」
「ええ! マジ?」
「ええ、マジです。ケンもご苦労様でしたね。まさかここで、あの巨大ジェムを出してくださるとは」
笑ったベリーの言葉に、ほぼ存在を忘れていたフクシアさんがいきなり身を乗り出すようにして俺の腕を掴んだ。
「あの。ケンタウロス様! 再生の森はどの程度の被害を受けましたか?」
真顔の彼女の叫ぶような言葉に、ベリーの突然の出現に驚いていた通路にいた人達が一斉に我に返ったように騒ぎ出した。それくらい、あのメタルブルーユリシスが出現する森は、バイゼンにとって大事なんだろう。
「ご心配なく。枝が折れる被害は出ましたが、木自体には被害が及ばないように守りましたよ。ですがそのせいで、こちらへほとんど応援を寄越せなかったので本当に申し訳なかったです。よく大門を守ってくれましたね」
突然湧きあがった地響きのような歓喜の雄叫びに、マジで飛び上がった俺だったよ。
「あ、ありがとうございます! 街と森を守ってくださり感謝の言葉もありません」
胸元で両手を握りしめたフクシアさんは、歓喜の涙を堪えようともせずにそう言ってその場に膝をついた。
「どうぞ立ってください。発明王殿。貴女とは一度ゆっくりと話をしてみたかったのです。事が落ち着けば一度工房へお邪魔させていただきたいですね」
「ええ、もちろんいつでも大歓迎です!」
顔を上げたフクシアさんの瞳は、エフェクト効果がついているかの如くキラッキラだ。その朝日に照らされた横顔はとても綺麗に見えたよ。
たとえその瞳にまだ涙があったとしても、鼻から若干垂れているものがあったとしても。
「きっと、有意義なお話を聞けると思います。どうぞいつでもお越しください!」
よだれを拭いつつキラッキラの目を輝かせるフクシアさんは、何というか……うん、良い意味でのオタクって、きっとこんな感じなんだよな。って感想を抱いた俺は、間違っていないよな?
って事で、一応ケンタウロスの口から今回の岩食い騒動の終結の宣言があったので、通路にいた人達は一旦ここで解散となった。
だけどここで気が付いたんだけど、俺達も、フクシアさんも含めて全員が煤だらけの上にあちこちに火傷だらけ。着ていた服にもあちこちに焼け焦げて小さな穴が幾つも開いている有様だ。
落ち着いて自分の体を見て、もう乾いた笑いしか出てこない俺達だったよ。
だけど中には笑い事で済まないレベルの負傷者が何人もいて、慌てて手持ちの万能薬を渡して火傷の酷い人達の手当てをしたのだった。
スライム達は、岩食いの出現の証でもあるあの真っ黒な砂が飛び散っているのを見て、体をプルンプルンさせながらそれぞれのご主人を見ている。
何も言わなくても言いたい事を理解した俺は、にっこり笑って地面を指差した。
「おう、とりあえず行って全部綺麗にしてください! あ、倒れた木は食っちゃ駄目だぞ!」
「はあい! いってきま〜〜す!」
元気な返事が帰ってきて、通路からポロポロとこぼれ落ちるみたいにして地面に転がったスライム達は、先を争うようにして飛び散る真っ黒な砂みたいなのに突っ込んでいった。
まあ、あれはマナの塊みたいなもんだって言っていたから、スライム達にしてみれば超ご馳走なわけだよ。
笑った俺達も順番に下へ降りて行ったんだけど、そこまできて気が付いた。
城門も通用門もまだ氷漬けのままだ。あ、もちろん、通用口に張り付いていた氷漬けの岩食いは、火炎放射器であっという間に駆逐されたよ。
超分厚い、だけど透明度はバッチリな氷の壁の向こうに集まってきている人達の顔が見えて、俺はもう堪えきれずに吹き出したよ。
一緒に降りてきた人達も次々に吹き出してしまい、その場はもう大爆笑になったのだった。
まあ、後始末は色々と大変だろうけど、何とかバイゼンの街とそこに住む人達を守り切れたみたいだ。
ハスフェルとお互い寄りかかるみたいにしながら、安心した俺も一緒になって遠慮なく大笑いしたのだった。