腹が減っては戦ができぬ!
「うああ、また出た〜〜!」
林の横に開いた大穴から吹き出した真っ黒な岩食いの塊を見て、俺は情けない悲鳴をあげた。
即座にエリゴールの炎が攻撃して爆発するが、最初の頃よりも飛び散る破片の量が多くなっている気がする。
神様といえども、疲れるのだろうか? あの体は、もしかしたら人と変わらない程度の体力しかないのかもしれない。
もはや完全に消耗戦になりつつあるこの展開に、密かに俺は焦りを感じていた。
先程から、ジェムの到着が滞りがちになってきている。
ハスフェル達によると、岩食いの出現は今のところ再生の森の近くと、この大門に近い場所の二箇所のみらしく、それ以外の場所の駆逐は完了しているらしい。だが、出現の勢いが若干不安定である事を考えると、他の場所でもまた突然岩食いが出現する可能性は否定出来無いらしい。
そして何よりの大問題が、日が暮れてしまった事だ。
少し前から薄暗くなってきたなと思っていたら、あっという間に日が暮れてしまい、通路のあちこちには篝火が煌々と焚かれているとはいえ、城壁から遠い森の方はもう漆黒の闇に包まれている。
これは割とマジで大問題だ。
ハスフェル達の目には見えるのかもしれないけれども、人の目にはもう岩食いの出現があっても確認出来ない。
「なあ。これって、まずくないか?」
今のところ定期的に噴き上がる岩食いを燃やす炎のおかげで、この辺りは明るくはなっているが、周囲全部を照らせている訳ではない。
「まずいな。正直言ってかなりまずい」
ハスフェルが前を向いたままそう言うと、不意に何か考えて俺を振り返った。
「ケン、すまんが片手で食べられそうな食事を、多めにエリゴールに差し入れてやってくれないか。そろそろ限界だと思うからな」
突然のハスフェルの真顔の言葉に、俺は膝から崩れ落ちかけたところを何とか手すりに捕まって踏ん張った。
俺の言っていたまずいと、ハスフェルの言っていたまずいは意味が違ったみたいだ。だけど確かにそっちも大問題だよな。
「も、もしかしてさっきから少しエリゴールの攻撃の火力が弱まった気がしていたけど、それって……腹が減ったせい?」
笑いを堪えて尋ねると、苦笑いしつつ大きく頷かれた。
「そうかあ。燃費悪いって言ってたもんなあ。じゃあ、片手で食べられそうなのを中心に、食いごたえのありそうなのを色々と大きなお皿に出してやってくれるか」
一瞬で鞄に入ってくれたサクラに小さな声でお願いすると、少し考えたサクラは手持ちの一番大きなお皿に岩豚のカツサンド、ハイランドチキンとグラスランドチキンのカツサンド、それから岩豚の角煮まんを山盛りにして出してくれた。
「ええと、これって俺が持って……」
「それは危険だからやめろ」
真顔でそう言われて、後ろにいるマックスを見た。
「スライムに支えてもらって、マックスに届けてもらうのなら大丈夫か?」
「そうだな。それで頼む」
少し考えて頷いたハスフェルは、マックスの額に大きな手を伸ばしてそっと押さえた。
すると、マックスの額に小さな炎が宿ったのだ。だけどその炎はマックスの毛には燃え移らない。
驚いた俺が見ていると、笑ったハスフェルがお皿をキープしていたサクラを見た。そして、足元に転がっていたハスフェルに譲ったスライム達を見る。
「すまないがお前達、それをマックスと一緒に下にいるエリゴールに届けてやってくれるか。それで食べる手伝いをしてやって欲しい。順番はどうでもいいから、渡してやってくれるか。これと一緒にな」
そう言って取り出してスライムに渡したのは見慣れない水筒。
だけどここで出すって事は、恐らくあの体力回復効果のある延命水か、美味しい水が入っている水筒なのだろう。
「分かった。お手伝いするね!」
にょろんと触手が出て、スライム達が一斉に敬礼する。
「じゃあお願いします!」
サクラから大皿を受け取ったスライム達は、わっせわっせって感じで団体で大皿を運んでマックスの背中に収まった。
「では行ってきますね」
「ああ、気をつけてな」
額には炎が宿っているので触れない。少し考えて手を伸ばした俺は、マックスのモコモコな首の辺りを何度も撫でてやった。
その間にも、一度大きな爆発が起こって火炎放射と火の術による駆逐が行われている。
夜目が利くハスフェルやギイ、それからシルヴァ達が時折声を上げて撃ち漏らした破片をやっつけたりもしている。
階段を駆け降りていくマックスを見送り、小さなため息を吐く。
エリゴールが腹減りになっているって事は、そろそろ夕食の時間だって事だよな。この通路にどれくらいの人が上がっているのか分からないけど、俺の手持ちの食糧で足りるだろうか?
そんな事を考えていると、不意にベリーがすぐ目の前に現れた。正確には宙に浮かんだ状態で。
「城門の中にギルドの炊き出し部隊が来てくれています。申し訳ないのですが、またスライムちゃん達に運んでもらうようにお願い出来ますか?」
「ああ、さすがはギルドだな。ええと、じゃあ城門の中に炊き出しの人達が来てくれているそうだから、出来上がった料理を上に運んでもらえるかな?」
「はあい! やりま〜〜す!」
する事がなくて転がっていたスライム達が一斉に答えて城門の中へ飛び込んでいく。
城門の中から悲鳴が聞こえた気がしたけど、大丈夫だよな?
それを見て笑ったベリーが空中を飛んで行って城壁の中へ消える。
どうやら状況説明をしてくれたみたいでしばらくすると、頭の上にホットドッグやハンバーガーを大量に乗せたスライム達が次から次へと上がってきた。
しかも、器用な事に半分以上の子達は山盛りのお皿をキープしつつ、垂直の城壁を這うようにして登ってきているのだ。
「あいつら凄いな。階段からじゃあなくても上がって来られるんだ」
中には水の入った大きな樽や積み上がったカップを持って上がってきている子達もいる。
密かに感心しつつ、とにかく通路の奥にいる人達から順番に届けてもらうようにお願いしたよ。
キラッキラに目を輝かせてこっちを見ているシルヴァ達に苦笑いして頷いた俺は、シルヴァ達に渡す分の食事を追加でサクラから取り出していったのだった。
うん、嬉々として食べ始めたあいつらの様子を見て、作り置きの料理を大量に仕込んでいてよかったと、割とマジで思った俺だったよ。
腹が減っては戦ができぬ! だもんな。