岩食いと炎の戦い!
「爆発音と共に黒煙が上がっていた時に岩食いを焼き払っていたんだとしたら、今はずっと白煙が上がっている……って事は、もう大丈夫なのかな?」
少し前から、問題の再生の森のすぐ横の辺りからは、もうもうと数カ所から白煙が上がっているだけで、黒煙は見えない。
戦う人達の邪魔にならないように、従魔達と一緒に城壁に近い通路の端の方に立った俺は、遠くに見える白煙を見つめながら希望的観測を含めてそう呟いた。
「そうだといいんだがな。そろそろこっちにも来るぞ」
俺をチラリと横目で見たハスフェルの言葉に、俺は慌てて周囲を見回す。
少なくとも、近くに異変は見えないけれど、ハスフェルがそう言うのなら間違いなく何処かから岩食いが出てくるのだろう。
せめて、あまり城壁に近い場所じゃあなければいいなあ。
緊張のあまりカラカラになった口の中を必死で我慢しつつ、そう考えた時、不自然な突き上げるような振動を感じて慌てて下を見下ろす。
城壁から少し離れた林の辺りが不意に盛り上がったように見えて、悲鳴を飲み込んだ俺は何も出来ずにそこを見つめていた。
「来たぞ。放て!」
エリゴールの、初めて聞く轟くような大声が周囲に響き渡り、俺は文字通り飛び上がった。
温厚なエリゴールは、普段はよくしゃべるシルヴァやグレイと一緒にいても、彼女達から一歩下がって控えている事が多くほとんどしゃべらない為、こう言っては何だが神様軍団の中では少々影が薄かったのだ。
だけど今の彼は、普段とは全くの別人のように見える。
彼は何と、上の通路へは上がらずに城壁から10メートルほど離れた地面にたった一人で仁王立ちしていたのだ。
ハスフェル達でさえ通路に上がってるのに大丈夫なのかと一瞬心配したが、ハスフェル達が止めなかったって事は、あれは恐らく必要な位置取りなのだろうと無理やり納得する。
今の彼の真っ赤な髪は、まるで本当の炎のように風にあおられて大きく広がっている。そしていつも手にしているやや長めの槍の先には真っ赤な炎が宿っていた。
そして仁王立ちした彼は、ここから見てもとても大きく見える。もしかしたら本当に普段のエリゴールよりも大きくなっているのかもしれない。
その彼の周囲には、幾つもの大きな火の玉が浮かんでいて、彼の大声と同時にものすごい速さで飛んでいき、林の中から飛び出してきた岩食いの真っ黒な群れに四方八方から襲い掛かったのだ。
その瞬間、火のついた岩食いが爆発したみたいに見えた。
「ちょっ! こんな間近で爆発したら危ないって!」
そう叫びながら慌てて顔を両腕で庇ってその場にしゃがむ。
しかし、何故かこっちにはフワッと風が吹いただけで、予想したような爆風も熱風も火の粉も降ってこない。
「ちゃんと通路ごと守ってるから心配いらないわよ〜〜!」
「遠慮なく戦ってくれていいからね〜〜〜!」
「でもエリゴールみたいに、地面には降りちゃ駄目だよ〜〜〜!」
当然のようにそう言って笑って手を上げるシルヴァとグレイ、そしてレオの声に、あちこちからどよめきが起こる。
「姉ちゃん達、すっげえな」
「マジで死ぬかと思ったぜ。感謝するよ」
笑ったドワーフ達が、そう言って次々に林に向かって火の術を放つ。
そして、火炎放射器を持っていた人達が、一斉に林の方へ向かって火を噴き出した。
まるで火の蛇みたいに、長く噴き出された炎が地面まで届き倒れて折れた木に火をつけていく。
一気に燃え上がる倒れた生木。
いや、パチパチいってるから、多分だけどシルヴァ達が何かして燃えやすくしているっぽい。
こちらはさすがに熱い。マジで熱い。
だけど、火傷をするほどではないので、恐らくだけどこれも彼女達が守ってくれているのだろう。
爆発の衝撃で周囲に飛び散ってふわふわと浮遊していた小さな岩食いの破片みたいなのが、放たれた火の術の炎や火炎放射器に焼かれて一瞬で消えて無くなっていく。
地面には、あの時飛び地でも見た煤のような黒い粉が飛び散っているのも見える。
その後も大穴の空いた林の跡地からは、岩食いの群れが散発的に飛び出してくるが今のところ全てエリゴールとドワーフ達によって防がれている。
爆発の衝撃で周囲に飛び散った破片を処理してくれるのは、火の術の人達と火炎放射器の人達。
少し離れた場所ではアーケル君達が戦っているらしく、時折何やら悲鳴のような大声や感心するどよめきも聞こえている。
城壁に沿って延々と作られたこの通路に、一体どれくらいの人達がいて戦っているのだろう。
どこも、岩食いが全く城壁まで辿り着けていないのを見て、バイゼンの底力を見た気がして何だか胸が熱くなったよ。
そして、通路の後ろ側に山のように積み上がっていた恐竜のジェムが、そりゃあもう盛大にまるで氷が溶けるみたいにガンガン減っていく。
「うわあ、もう言ってる間にあれだけあったジェムが無くなるぞ」
思わずそう呟いた時、炎を怖がって俺の鞄の中に入っていた全員のスライム達、正確には金色合成やクリスタル合成などそれぞれ合体して小さくなっていたのだけれど、その鞄の口からニュルンと触手が伸びてきて俺の腕を突いた。
「ご主人、次のジェムを運んだ方がいい?」
「怖いけど、アクア達も頑張ってお手伝いするよ」
サクラとアクアの声が聞こえて俺は焦った。
だって、スライム達と火の相性は最悪で、火が付いたら一瞬で燃え尽きちまうらしい。そんなの絶対駄目だって。
なんと言って説得しようかと思っていると、にっこり笑ったグレイがこっちへ向かって投げキスを贈っている。
「大丈夫よ。スライムちゃん達は私の眷属達が守ってくれるから、今だけは火の粉の心配は無用だからね」
「ああ、ありがとうな! 大丈夫なんだってさ。じゃあ次のジェムを運んでやってくれるか」
鞄を開けてそう言うと、次々にバラけた凄い数のスライム達が、まるで手品のように次々に飛び出して地面に飛び降りていく。
周りにいた人達が一斉に目を見開くのを見て、俺は笑って地面を指差した。
「あいつらすごく小さくなれるんですよ。なのでこれくらいあれば、充分入れるんです」
感心したようなどよめきを聞きつつ、せっせと階段を上がってジェムを運んでくれるスライム達を見ていた。
だけど、これはもう完全に消耗戦の様相を呈している。
沢山あるとはいえジェムは有限だし、エリゴールはともかく、ドワーフの人達だって無限に火の術を使えるわけじゃない。
この世界には明確なステータスの数字は存在してはいないけれど、それでも体力が尽きれば術を放つのはもう不可能だろう。
一向に出現が止まる様子のない岩食い達を見ながら、俺は湧き上がる不安に足が震えてくるのを止められずにいたのだった。