戦いの準備
「おおい、誰かいないのか! 状況はどうなってるんだ!」
殆ど人のいない街の中をマックスをはじめとする従魔達に飛び乗って全速力で駆け抜けて到着した大門には、思ったほどの人がいなくて驚いた俺はとにかく大声でそう叫んだ。
レオが調べてくれて、もう北側には岩食いの群れはいないと判断されたところで、俺達はその場を撤収して大門へ向かったんだよ。
ちなみに、大門から問題の再生の森のある場所は、離れているとは行ってもここから見えるくらいの距離しかない。
その再生の森ではすでに戦いが始まっていたみたいで、先程見えていた黒煙と白煙はその森の横から上がっていた。
「俺達も行った方が良いのかな?」
あのケンタウロス達が総出で戦ってくれているのなら、俺達の出る幕はない気がするんだけど、どうなんだろう。
時折上がる、明らかな爆発音と巨大な黒煙に若干ドン引きしつつそう尋ねると、困ったように顔を寄せてまた相談をしていたハスフェルが振り返った。
「向こうは任せていいと思う。ケンタウロス達なら、岩食いの群れが相手でもそうそう遅れをとるような事はあるまい。下手に横から手を出すと、強力な術の邪魔をしかねないからな」
「じゃあ俺達はどうするんだ?」
「とりあえずここで待機だな」
ハスフェルがそう言った時、突然背後から声が聞こえた。
「まだいたのか。皆、表の城壁に上がっています! 危険ですから貴方達もそっちへ行って上がってください! 従魔も一緒で構いません!」
城壁の横にある兵士達の為の建物から顔を出した兵士が、俺達を見るなり慌てたようにそう叫んで手招きをする。
言われるままに城門を出たところで見上げると、城門の横にある大きな木製の階段を指差してすぐに戻ってしまった。
成る程、ここの城壁は緊急時には外からでも登れるようになっているのか。知らなかったよ。
密かに感心しながら、俺の知る五階建てのビルなんかよりもはるかに高いであろう城壁を見上げる。
よく見ると、今まで気にしていなかったけど、城壁の途中の高さ多分5メートルくらいの位置に通路と思しき木製の細長い足場が延々と設置されている。
「あれ? あんなの前からあったっけ?」
そう呟いて密かに首を傾げつつさらに上を見上げると、城壁の一番上にも手すりっぽいものがチラッと見えたので、どうやら俺が知らなかっただけで城壁には普通に上がれる仕様になっているみたいだ。
「だけど、あんなに高い位置まで上がってしまったら、術を使えない人は武器を持っていても単なる避難だよな?」
上を見上げながらそう呟くと、苦笑いしたハスフェルとギイが教えてくれた。
「あの、城壁の途中に足場が組まれて通路になっているところへ登るんだよ。あそこからなら術や弓も充分に届く。まあ今回は、弓じゃあなくていざとなったら火炎放射器の出番だろうがな」
苦笑いしたハスフェル達の言葉に納得する。
地面から現れる岩食い。しかも飛ぶ。確かに飛べない人間が戦うのなら上の位置取りをするのは大事そうだ。
言われた通りに階段を上がろうとしたところで、何やら豪快な車輪の音が聞こえて振り返る。
そこにあったのは次々に到着する複数の大きな馬が引く荷馬車の列で、その荷台には見覚えのある恐竜のジェムがヒモで縛って山積みにされていたのだ。
「おおい、ジェムを持ってきたぞ。取りに来てくれ〜〜!」
呆気に取られて見ている俺達に気付かないのか、ギルドの職員の人達が一斉に馬車から飛び降りてジェムを下ろし始めた。
「あの、手伝います! スライム達に任せてください!」
慌てて駆け寄り、鞄からスライム達に出てきてもらう。
「ああ、ケンさん。お願いします! これは火炎放射器用のジェムなんです!」
驚いて上を見ると、声に気が付いただろう大勢の人達が、通路からこっちを見て手を振っている。
何人かの人の手に、あの掃除機っぽい火炎放射器があるのが見えて納得した。
「ああ、あそこから一斉に火炎放射器で火を放って熱風を起こして、岩食いが城壁に近づかないように弾幕を張るわけか。成る程。あれなら大量のジェムがいるな」
納得して、地面に転がったスライム達を見る。
「上にいる人達に、あのジェムを運んでくれるか。普通にな」
『収納はしちゃ駄目だぞ』
最後に念話で念を押しておく。
「了解で〜〜す!」
一斉に返事をしたスライム達は、ジェムの束を一つずつ受け取って、頭上にのせたまま階段を起用にスルスルと上がり始めた。
「ああ、ケンさん! もう向こうは片付いたんですか〜〜〜!」
その時、足場の方からアーケル君の声が聞こえて慌てて探す。
「ここで〜〜す! すっごい煙が上がっているのが見えていたので心配していたんですよ」
「ジェムなら私達のスライム達にも運ばせますね〜〜!」
リナさんの声の直後に、通路からスライム達がボトボトと転がり落ちてくる。
5メートルくらいの高さなら全然平気みたいで、ポヨンと一度大きく跳ねたスライム達が次々に転がって集まってくる。
「じゃあ、これも頼むよ」
次々に到着する荷馬車から、大量のジェムが降ろされてはスライム達によって運ばれていく。
「大丈夫なんですか? こんなに使って」
どんどん運ばれていくジェムの山を見て、ちょっと冗談抜きで総額幾らになるのか考えて心配になってきた。
ちょうどに馬車から降りてきたガンスさんを見つけたので、思わず小さな声でそう尋ねる。
「街存亡の危機の今、守るためのジェムなら幾ら使っても誰も勿体無いなんて言わんよ。ここが街の守備の最前線だからな。あるものは何であれ有効に使うさ」
真顔のガンスさんの言葉に納得して頷いた俺は、万一に備えてこの大門も氷で封鎖出来るように、そのイメージを頭の中で必死になって考えていたのだった。