ベーグル発見!
道具屋を後にした俺達は、まずは昼飯を確保する為に、いつもの屋台が出ている広場に来ていた。
相変わらず、この広場はいつも賑やかだ。
人が多かったので、それぞれ好きなものを買ってきて宿泊所へ戻って食べる事にした。
「じゃあ俺は、あの新しい屋台のサンドイッチにしよう」
俺がそう言って見に行ったのは、まだ布製の天幕もピカピカな、まさに新しく出したばかりです! って感じのこじんまりした店だ。
「あ、そこの店は私も気になっていたんです。一緒に見ます」
クーヘンが後ろからそう言って付いてきた。
「いらっしゃいませ。新作のどっしりもっちりパンだよ。よかったら味見だけでもして行っとくれ」
大柄なおばさんと、若い男性と女性の三人がいる。どうやら若夫婦と母親っぽい。
「どうぞ、味見です」
若い方の女性がお皿を差し出してくれたので、俺とクーヘンは一切れずつ手に取った。
「お? これってもしかして、ベーグルだ!」
口に入れた瞬間に気が付いた。これは間違いなくベーグルだよ。
太いドーナッツ状に形作られたそのパンは、俺がたまに会社帰りの乗り継ぎ駅で買っていたベーグルにそっくりだった。強いて言えば、若干こっちの方が大きい程度。これを一つ食ったら、絶対腹いっぱいになりそうだ。
噛みしめるようにしっかり噛んで頷いた。
そうそう。このもっちりした独特の食感。少量でも案外腹持ちが良く、忙しい朝にはこれにクリームチーズと蜂蜜を少しだけ垂らして食べたんだよ。
ああ、思い出したら食べたくなってきた。そう言えば蜂蜜は売ってる店を見なかったな。この世界には無いのかな?よし、後で探してみよう。
だけどその前にベーグルだよ。うん、これは絶対大量買いだな。
買う気満々で、店に並べられたベーグルを見る。
台の上に並んでいる籠は全部で六個。どうやら、籠ごとに味が違うようだ。
シンプルなノーマルベーグルと、この赤い粒々のはイチゴか? その隣のこれは恐らくブルーベリー、で、その隣にあるのはチーズっぽい。あとは見ただけでは分からないけど、胡麻か雑穀系っぽい。そして最後の一つは、定番のシンプルベーグルに、鶏肉と緑の葉物をぎっしりと挟んだベーグルサンドだった。
よし、まず今日の昼飯はこれに決定だな。
「あの……」
あんまり俺が真剣に見ていたものだから、試食を出してくれた女性にビビられたらしい。
せっかく貴重な若い女性が出てきてくれたのに、気が付けば俺の前には大柄なおばさんがトレーとトングを持って待ち構えていた。
「ええと、ちょっと相談なんですが、大量買いって構いませんか?」
俺がそう言った途端に、後ろにいたクーヘンが吹き出した。
「ケン、いきなり大量購入ですか? 私は初めて食べましたけど、ちょっと変わった食感ですよね」
「口に合わなかったか? 俺は好きだけどな」
「いえ、これは美味しいと思いましたね。ただ、パン自体に特徴があるので、好き嫌いの好みは分かれそうですけど」
その口振りから、クーヘンは余りお気に召さなかったらしい。じゃあ、他の皆の意見も聞いて、駄目だったら俺が自分で食べる事にする。
大量購入と聞いて、奥から若い男性も出て来てくれた。
「ええと、全種類十個ずつと、そっちのサンドしたのは二十個もらえますか。それから昼に食いますので、サンドを一つ、別にください」
「もちろん大丈夫です。お待ちください。箱をご用意しますね」
満面の笑みになった男性が、慌てたように後ろの箱から大きな木箱を取り出して来た。
「あ、箱代も払いますので一緒に計算してください」
男性が手にしているのは、真新しくてピカピカで綺麗な、食パンが入るサイズの平たくなった木箱だ。バイトしていた店では、ばんじゅうって呼んでたあれだ。なんでそんな名前だったのかは知らないけどね。
恐らく開店に合わせて作ったんだろう。
「よろしいんですか?」
驚く男性に、俺は笑って頷いた。
おばさんと男性が大急ぎで箱に詰めてくれている間に、女性が出て来てくれて、お金を払う。
出来上がった箱ごと鞄に入れる俺を見て、三人揃ってまん丸の目になった。
「収納の能力者って、初めて見ました。いやあ凄いですね」
感心したような男性にそう言われて、俺は昼飯用に別に包んだサンドをもらった。
「お待たせ。じゃあクーヘンは何にする?」
「私は、正直言って普通のパンの方が好きですね。ちょっとなんと言うか……」
「じゃあ、クーヘンの昼飯を探しに行こうか」
まあ、これは好みの問題だから言ってくれたら配慮するよ。
「俺は気に入ったから、これは自分用だよ。ハスフェル達も聞いてみるよ」
俺のその言葉に、クーヘンは苦笑いしている。
「気にするなって、言ってくれた方が気が楽だからさ。あ、もし俺が出してる料理で、何か口に合わないのがあったら遠慮無く言ってくれよな」
ふと思ってそう言ったのだが、クーヘンは真顔で首を振った。
「とんでもないですよ。ケンの作ってくれる料理は、どれも本当に美味しいです」
真顔でそんな事を言われてしまい、俺達は顔を見合わせて照れたように笑い合った。
結局、クーヘンは別の屋台で分厚い肉を挟んだバーガーを買っていた。
従魔達を全員連れて、少し離れて金を払っている彼を待った。そのクーヘンの後ろ姿をこっそり横目で見て、俺は先ほどの道具屋での事を考える。
そもそも考えてみたら、彼が来てからまだ五日しか経ってないんだよな。そのわずか五日の間に、テイムの仕方すら知らなかった彼が、自分の紋章を持てるまでになったんだから、そう考えると、俺達良い仕事したのかなって思えた。
まあ正直言って、俺はテイムする事に関しては彼に教えられる事なんて全然無い。それどころか、俺の方がまだまだ常識を勉強中な状態だ。
「まあ、これから先どうなるかは、それこそ神のみぞ知る。いや、シャムエル様は絶対知らないよな」
チョコの鼻先を撫でてやりながらそう呟き、俺は思わず小さく笑った。
「なに? 私がどうかした?」
いつもの声が、右肩から聞こえてくる。
「いや、この後どうするのかなって思ってさ」
「え? ヘラクレスオオカブトの剣を作ってもらいに、工房都市バイゼンヘ行くんでしょう?」
目を瞬かせて首を傾げる。
その可愛いふりはやめてくれって! 油断すると俺の右手が、そのふくふくな頬っぺたを引っ張りたくなる誘惑に駆られるんだからさ!
ああ、その尻尾でも良いから、俺にもふもふさせてくれって。
「いやまあそうなんだけどさ。まあいいや。あとで皆にも相談しよう」
買い物を終えたハスフェル達と合流して、一旦宿泊所へ帰った。
「あ、もしかして、葡萄が届いたかな?」
ギルドの横にある倉庫に、大きな荷馬車が横付けされていて、見覚えのあるおばさんと一緒に、男性達が箱を下ろしている真っ最中だった。
見ると、ディアマントさんまで一緒になって荷運びをしてくれている。
「ああ、申し訳ありません! 手伝います!」
慌てて駆け寄ると、気付いたディアマントさんが笑って手を振った。
「もう終わるから構わないよ。それより残金の清算を頼むよ。そっちの机を使いな」
倉庫の端に置かれた大きな机を指差してそう言ってくれたので、もう一度お礼を言ってから、八百屋のおばさんに残金を払った。
おばさんたちがいなくなって、ディアマントさんとギルドのスタッフがいなくなったところで、ベリーとフランマが姿隠しの術を解いて現れた。
山積みになった果物を見て大喜びしている。
「おお、葡萄ではありませんか。これは嬉しい」
大喜びで早速頬張るベリーとフランマを見て、俺達もまずは昼飯を食べる事にした。
「大きな机も有るし、ここで一緒に食うか」
ハスフェルがそう言って端の椅子に座る。
俺はサクラにコーヒーの入ったピッチャーを出してもらって、自分のカップに注いだ。
「コーヒー飲むならどうぞ」
各自が鞄からそれぞれマイカップを取り出して入れるのを見て、俺はベーグルサンドの包みを開いた。
「うん、やっぱり美味しい」
食後に、蜜桃を一つ取り出して切り分けて、全員で食べてみた。
「おお、これは美味いな。確かに買ってきてくれって言った気持ちがよく分かるよ」
皆大喜びで食べているのを見て、俺も自分の分を一切れ口に入れた。
食事の間に、サクラが全部まるごと飲み込んでくれたので、倉庫を出る時にはもう、空っぽになっていたのだった。
いやあ、相変わらずうちのスライム達の収納力は凄いね。