最初の戦いと問題点
「うう、この待ちの時間が嫌だよ……」
慌てて走ってきたものの、どうやら幸いな事に岩食いの出現はまだだったらしく、後ろに控えた俺は、城門を出たところで顔を寄せて相談しているハスフェル達をなんとも言えない気分で見つめていた。
もちろん、頭の中では城門を丸ごとカッチカチに凍らせる映像をひたすら考え続けていたよ。
遠くでまだ鳴り響いている緊急事態を知らせる鐘の音だけが、静まり返ったこの場にずっと響き続けている。
「はあ、このまま何事もなく終わってくれたら良いのになあ……こういう無駄足なら大歓迎なんだけどなあ……」
気分を紛らわせるために小さくそう呟いた時、一瞬地面が揺れたように感じて慌ててマックスの背中の上から地面を見つめた。
「も、もしかして来た?」
しかし、マックス達は警戒はしているようだがそれほど緊張しているようには見えない。って事はまだ大丈夫みたいだ。
「なあ、今思ったんだけど、街の中に地面を割って岩食いが現れる可能性もあるんじゃあないのか?」
城門があるとはいえ実際には地続きなわけだから、地面の下から見れば街の中か外かはあまり関係ないような気がする。不意にその可能性を考えて慌てた俺だったけど、こっちを振り返ったハスフェルが苦笑いして首を振った。
「城壁で囲まれている空間には、特殊な結界が常時発動しているから、その事は心配いらないよ」
「ええ、そうなのか?」
初めて聞く話に思わず大声でそう聞き返す。
「だって、街の中に突然ジェムモンスターの群れが現れるような事はないだろう。あれと同じ仕組みだよ。要するに街の地面に特殊な結界があるおかげで、街の中と石畳を敷いた街道部分とそのすぐ近くには、地脈の吹き出し口自体が発生しないようになっている。あの岩食いを含むモンスター全てが、発生の際には地脈の吹き出し口から出てくるんだよ。だから、地脈の吹き出し口がそもそも発生しない街の中には、モンスターの出現自体が無いんだよ」
「し、信用して良いんだよな? そこは大雑把な設定とか絶対やめてくれよ」
割とマジでそう言ったら、神様達が揃って吹き出していた。
「まあ、気持ちは分かるがそこは信用して良い、あいつはそういう所はしっかりやってくれるからな」
神様達が口を揃えてそう言うのなら、信用して……良いんだよな?
シャムエル様の適当大雑把過ぎる事例を色々と見ているだけに若干不安が残るが、一応そこは信用しておく事にしたよ。
「じゃあ、そこは信用して……あ、また揺れた」
今度はマックスの背の上にいても明らかにわかるくらいの衝撃だった。
だけどそれは地震大国出身の俺が知る地震とは明らかに違っていて、まるで地面の下から何かが突き上げているみたいな感じだ。これは嫌な予感しかしない
「そろそろおいでになるぞ。準備はいいな?」
真剣なエリゴールの言葉に納得する。
だって、彼は火の神様だって言っていたもんな。それって火が弱点だっていう岩食いの対処の為にあるような能力じゃんか。
身を乗り出して彼らの様子を見ていると、周囲にいくつもの火の玉が浮かび上がり始めた。俺には見えないけど、あれがその火の精霊達なのだろう。
しばしの沈黙の後、ものすごい轟音がして城壁が大きく震えた。
「じょ、城壁が壊れたら結界はどうなるんだよ!」
「大丈夫だから心配するな!」
俺の叫ぶ声に笑ったギイの大声の直後、城壁の外が真っ黒に塗りつぶされた。
間違いなく岩食いの群れだ。
そしてそれと同時に炸裂する、もの凄い爆音に次ぐ爆音に次ぐ爆音の嵐! 絨毯爆撃みたいな轟音が響き渡る。
今度は爆発の衝撃波のせいで発生した地震に、思わず身を伏せてマックスの背中にしがみつく。
従魔達が一斉に下がって身構えるのが見えて、俺はマックスにしがみついたままで慌てて顔を上げた。
見たところ、主にエリゴールとオンハルトの爺さんが戦っているみたいで、ハスフェル達はその場で仁王立ちしたまま全く動いていない。
だけど彼らの場合、動いていないからと言って何もしていない訳ではないだろう。俺はもう、彼らを信じてひたすら黙って控えていた。無駄かもしれないけど、後方待機も大事な作戦のうちだからな。
その後も何度か大きな爆発音が聞こえ、大きく燃え上がる炎が城壁の上にまで上がった後、しばらくして不意に静かになった。
「ええと……もう終わった?」
多分、三分ぐらいは静まり返ったまま誰も動こうとしなかったんだけど、とうとう我慢出来なくなって俺は小さな声でそう尋ねた。
「ああ、思ったよりも小さかったな。拍子抜けだ」
ため息を吐いたハスフェルの言葉に、思わず突っ込む。
「待て待て、どうしてちょっと残念そうなんだよ。相手が予想よりも弱かったのなら結構な事じゃないか」
しかし、ハスフェルだけでなく真顔の神様達が全員揃ってこっちを振り返った。
「いや、逆だよ。明らかに大きな群れだったはずなのに、ここにはその半分も出てこなかった。分かるか? つまり、まだ出て来ていないデカい群れがどこかにいるって事だ。しかも、時間をかければかけるだけ岩食いの繁殖力は増していく。これは考える中でも最悪の事態に近い」
驚く俺に、真顔のハスフェルが首を振る。
「ずっと城門を閉ざして厳戒態勢のまま、いつ終わるのかも分からずに街の中や家の中にこもっていられると思うか?」
「そ、それは確かに……」
「今、レオが眷属達に命じて地下を調べてくれている。その答え次第ではここには監視用の精霊達を残して、俺達も大門へ応援に行ったほうがいいかもしれん。もしもあっちに残りの岩食いが出たら、彼らだけでは街への侵入を防げたとしても、守備に当たっている人達にとんでもない被害が出るだろうからな」
振り返った大門のある方角では、黒い煙や白っぽい煙がもうもうと上がっている。ここまで爆音は聞こえないけど、おそらく火の術者の人達が頑張っているのだろう。
あそこにはリナさん一家やランドルさん、そして彼らの従魔達だっている。
街の冒険者の人達だけでなく、ドワーフの職人さん達や鉱山の鉱夫の人達だって大勢が武器を持って集結しているはずだ。だからもしもそこに大きな人的被害が出たとしたら、今後のバイゼンの存在意義が揺らぐような事態だってありうる。
考えれば考えるだけ、いくらでも恐ろしい考えが浮かんできて、俺はマックスの上で震えながら唾を飲み込む事しか出来ないでいたのだった。