嵐の前の静けさ
「ああ、いた!」
北側の城門へ向かって大騒ぎになっている道路をかき分けて向かっていたところで、タイミングよくリナさん達がこっちに気づいて駆け寄ってきた。
「ああ、オンハルトさん。戻っていたんですね。ええと、後ろにいるのはどなたですか?」
久し振りのオンハルトの爺さんに気づいたアーケル君が、笑顔でそう言って手を振りながらシルヴァ達を見る。
「ああ、俺の古い友人達だよ。なんだか大変なタイミングで戻って来ちまったみたいだな」
苦笑いするオンハルトの爺さんの言葉に、アーケル君も苦笑いしている。
「岩食いが出たって街中大騒ぎになってますよ。ケンさん達は何処へ? 俺達は、有事の際には行くようにギルドマスターから指示されていた通りに、今から大門に向かいます」
大門とは、バイゼンの東側にある一番大きな城門の事で、この大門から伸びる街道が、いくつかの街を経由して王都インブルグまで続いている、北の主街道と呼ばれる大きくて広い街道だよ。
「ああ、それなら俺もそっちへ行きます。一応、後方で警備をするように言われていますから」
ランドルさんがそう言ってアーケル君に駆け寄る。
「そうだな。あれだけ強力な術が使えるお前さん達なら心配はいるまい。だが気をつけろよ。岩食いは飛ぶぞ」
「はい、気をつけます」
アーケル君達の返事が重なる。
「俺達は、北側の城門へ行く。あっちにも出ているらしい」
真顔のハスフェルの言葉に、アーケル君達の目が見開かれる。
「ええ、マジっすか!」
「まあ、こっちは任せろ。何があろうとお前達は大門を死守しろ。岩食いに街の中に入られたら、大災害だぞ」
「任せてください! じゃあ、また後で!」
アーケル君が手を振ってそう言うと、リナさん達とランドルさんは全員揃ってそれぞれの従魔に飛び乗って走って行ってしまった。
普段は街の中で従魔に乗って走るような事はしないんだけど、まあ今は緊急事態なので許されるだろう。周りの皆もそれどころじゃあないみたいだしな。
「彼らを手伝ってあげてくれるか?」
リナさん達を見送ったエリゴールが、そう言って何故か何もない空中を見上げる。
「お願い!」
シルヴァとグレイもエリゴールに続いて空中に向かって話しかける。
「頼むよ」
逆にレオが地面に向かって話しかけるのを見て、俺はなんとなく納得した。
「もしかして……眷属とやらにお願いしてる?」
俺の質問に、シルヴァ達が揃って頷く。
「そうよ。私達にはそれぞれの属性の精霊達が眷属としてついているの。あの子達なら、こっちの世界で術を使う時に、普段からお手伝いしているからね。それをちょっと頑張ってもらうようにお願いしたの。これで特に攻撃系の術に関しては最大クラスに強化されるはずよ」
「おう、そりゃあ頼もしいな。ええと、彼らを守ってあげてください。よろしくお願いします!」
俺の目には何も見えないけど、一応空中に向かって俺もお願いしておいた。
ちなみに、大騒ぎの街の人達の様子は見事なまでに別れていて、まず小さな子供や家族を守って家に篭る人達。
これは主に女性やお年寄りが多いみたいだけど、その女性達やお年寄りだってどう見ても明らかに武装している。もちろん冒険者達ほどじゃあないけど、手斧だったり薪割り用のナタや大きな包丁を持って家の玄関先で仁王立ちしている人があちこちにいるよ。
「勇ましいのは認めるけど、岩食い相手に手斧やナタや包丁ではちょっと無理があると思うけどなあ」
蛮勇とも取れるその様子に半ば感心しつつ小さく呟く。
「まあ、あれはどちらかというと騒ぎに便乗して火事場泥棒をする奴がいるので、それ向けの警戒だな」
苦笑いするギイの説明に、納得してため息を吐いた俺だったよ。どこの世界でも、そういう悪い事する奴らっているんだな。
そして剣や槍を始め、明らかに冒険者クラスの武装をして走っていく街の人達も大勢いた。
多分だけどドワーフが多いので、あれは主に冒険者を兼業している職人さん達や鉱夫さん達なのだろう。
「あっちは冗談抜きでかなりの戦力だから心配はいらんさ。火の術を使える職人も多いからな」
「へええ、そりゃあ頼もしいな」
そんな話をしつつもそれぞれの従魔達に乗って走っていた俺達は、あっという間に目的の北側の城門に到着した。
ちなみに、馬を連れていないシルヴァとグレイはティグとヤミーの背中に、エリゴールとレオはテンペストとファインの狼コンビにそれぞれ乗っているよ。
「ええと、まだ大丈夫みたいだな?」
北側の城門のある場所はちょっと街外れになっていて、周囲は倉庫街になっている。そう、スライムトランポリンをした時のあの倉庫街だよ。
だけど賑やかだったあの時と違って、今は人っ子一人いないがらんとした倉庫街はまだ雪があちこちに残っていて、大きな塊になって転がっている。
冬の間は当然人通りも少ないので、城門は今は半分だけ開いた状態で止められている。
城門前の広場でマックスから飛び降りようとしたところを、真顔のハスフェルに止められた。
「危険だからマックスの上にいろ。お前さんには万一の際に氷で城門を塞いでもらうからそのつもりで準備していてくれ。俺達は、そうなったら外に出て戦うからな」
「わ、分かった」
「お前さん達は、ケンを守ってくれよな。岩食いは危険だから、迂闊に近寄るんじゃあないぞ」
マックスにそう話しかけたハスフェルは、シリウスの背中から飛び降りた。皆もそれぞれの従魔達から飛び降りる。
「俺達の従魔も預けるからここで一緒にいてくれ。岩食い相手では、こいつらも分が悪いからな」
確かに従魔達は基本的に物理攻撃一筋だから、定まった形が無い岩食い相手では明らかに不利だ。ここは強力な術を使える彼らに任せるべきだ。
だけど、頭では解っていてもやっぱり一緒に戦いたいと思ってしまう。後方で控えているしか出来ない自分が情けない。
だけど俺の氷はあまり攻撃には向いていないから、これはどう考えても正しい配置なのだろう。
悔しい思いと湧き上がる不安をグッと飲み込んで、とにかく万一に備えて、俺は言われた通りに頭の中で城門をガッチガチに凍らせるイメージをひたすら考え続けていたのだった。