試作品と問題点?
「おお、これこれ。このいかにも物作りのためにあるような作業場の感じが良いよねえ」
前回同様に職人さん達がそれぞれに作業をしているヴォルカン工房の作業場を見て、入り口に入った所で立ち止まった俺は思わずそう呟いていた。
確か初めてバイゼンへ来た時に、ここの裏庭でフクシアさんと初めて会ったんだっけ。しかも彼女は四徹明けで意識朦朧としていて、寝ぼけてマックスに抱きついたんだよな。
のんびりとあの時の事を思い出していると、俺達に気付いた白衣を着たフクシアさんが、ここの工房の責任者のジャックさんと一緒に駆け寄って来た。
「ああ、ケンさん達もご一緒だったんですね。ようこそヴォルカン工房へ! あの、先日は大変お世話になりました。姉も、それからグッズを買えた友人達もとっても喜んでいました。本当にありがとうございました!」
そうそう、年明け早々に自分が主人公の演劇が開催されるイベント会場で、自分の名前の入った限定キャラグッズを買うという、ある意味超レアな羞恥プレイを体験したんだっけ。
満面の笑みのフクシアさんの言葉に、あの時の大量の自分の名前が入ったグッズを思い出して、ちょっと遠い目になった俺だったよ。
「あはは、お役に立てたのなら良かったです。ええと、新製品があるんだって聞いてご一緒させていただいたんですけど……」
もう、あの時の事は全部まとめて封印する事にしてあるので、若干無理矢理だが強引に話題を変える。背後で、それを聞いたハスフェル達が揃って吹き出していたよ。
「ああ、失礼しました。もちろん見てください! 実際のイバラの強度をご存じの皆様方のご意見を聞かせていただきたいです!」
さすがは物作りの職人、一気に真顔になってジャックさんと顔を見合わせて頷き合った。
「どうぞ中へ」
ジャックさんの言葉に、俺達は揃って作業部屋を後にして、案内されて別の部屋に向かった。
ちなみに、俺達の声が聞こえていただろうに、工房内にいた職人達は誰一人作業の手を止める事なく、黙々とそれぞれの作業を続けていたよ。
ううん、何というか……すごい集中力だね。
案内されたその部屋は、金属製の大きな机が数台と大きな木の箱が数個置かれているだけの、だだっ広い部屋だった。しかも何故か、部屋の床も壁も天井も、その全てが分厚い石で全面にわたって覆われていたのだ。
もちろんこの建物自体も石造りなんだから、別に建築素材である石のままでもおかしくはないんだけど、さっきの広い作業部屋の床は綺麗に磨かれた木製だったし、石造りの壁には窓もあった。その壁だって、場所によっては分厚いタペストリーみたいなのが掛けられていたり、あるいは綺麗な木目の木が貼り付けられたりしていたんだよ。
今まで見てきたギルドの建物やお店なども、石造りではあっても、部屋の中はそれなりに綺麗な内装工事が施されていた。
だから、この部屋の壁や床が全部剥き出しになった石のままってのは、逆に何だかすごく不自然に感じた。
もちろん、一応、平らになる様には床も壁も天井も磨かれているんだけどね。
「しかもこの石……なんか、ところどころ焦げてるっぽくないか?」
石が部分的に黒っぽく煤けたみたいになっているのに気付いて、思わずそう呟く。
「ああ、ここは試作品の動作確認をするための部屋だからな。この煤けているのは、先日作った火炎放射器の改良版をここで作動させたからだよ。一応、あそこに風取り用の窓はあるから火を使っても窒息の心配はいらないぞ」
天井に近い部分に、よく見ると細長い風切り窓がある。
成る程、この世界の人達も窓の無い部屋で火を使う事の危険性は分かっているみたいで、それを聞いて密かに安心したよ。
「何だか火炎放射器の話をよく聞きますけど、そんなに必要なんですか?」
気になったのでそう尋ねると、苦笑いしたフクシアさんが頷いて木箱に駆け寄った。
「以前説明したように、ここでは畑の雑草や害虫の駆除の為に春になると畝焼をしたり、牧草地帯の野焼きをしたりするんです。それにお聞き及びかもしれませんが、この街は以前、モンスターの駆除に失敗して大切な森を焼く羽目になったんです。未だにその被害の影響は続いています。あの岩食いの脅威がまだ消えていない以上、無駄になるかもしれないとは言っても、我々はこれを用意しないわけにはいかないのです」
そう言って真顔のフクシアさんが取り出したのは、ちょうどハンディタイプの掃除機みたいな一品だった。
話を聞く限り、これがその改良型の火炎放射器なんだろう。
しかもこれ、何故かコードと思しきものが本体の後ろ側に付いている。
ええ? もしかしてこの世界にも電気があるのか?
驚いてそれをまじまじと見ていると、にっこり笑ったフクシアさんは、持っていた掃除機もどきを床に置くとその謎のコードを手にして手繰り寄せた。木箱の中から、謎の箱が出てくる。
細長いその箱の蓋を開けて見せてくれたんだけど、俺はもう吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。
だってそれは、例えて言うなら巨大な乾電池ケースそのまんまだったんだよな。
「まずここにジェムを入れます。そして私が開発したこのヒモを本体と繋ぎ合わせてスイッチを入れると、ここに入れたジェムと繋がって本体側から火が出る仕組みです。ジェムの大きさに合わせて、この箱は変更が可能なんです」
得意そうなフクシアさんの言葉に、思わず拍手をする。
さすがはオンハルトの爺さんから直接祝福を受けた物作りの達人だよ。
成る程、岩食いが万一街の近くに出てくるような事があっても、強力な火炎放射器があれば大丈夫って事だな。
「な、凄えだろう?」
何故かドヤ顔のジャックさんの言葉に、もう一回拍手をした俺達だったよ。
「ですが実際に稼働させてみたところ、大きな問題点が発見されました。ジェムと本体をこの紐で繋いで稼働させるのは何とか上手くいったんですが、どうやら本体に直接ジェムを仕込むのと違い、紐でジェムを繋いだ場合には火力を弱くしてもジェムの減り具合が異様に早いんです。恐竜のジェムでも数十秒程度しか保たなかったので、残念ですがこれはお蔵入りですね。時間のある時に、もう少し考えます」
苦笑いしつつも悔しそうなフクシアさんの言葉に納得する。
成る程。このコードを伝って燃料を補給させると、直接よりも燃費がかなり悪くなるわけか。
ジェムを入れなくても済むのなら、本体の大きさはぐっと小さく出来る。アイデア自体は悪くないんだから、確かにこれは、彼女にとっては要改良って事なのだろう。
だけど彼女ならきっと、いずれもっとすごい改良版を作ってくれるだろう事は容易に想像出来る。
「凄いじゃあないですか。頑張ってもっと良いのを作ってくださいね」
「はい、今年中には改良版を作るつもりです!」
俺の言葉に、にっこり笑って断言するフクシアさん。
俺達は揃って、そんな彼女にもう一回拍手を贈ったのだった。