街へ行こう!
「うわあ、確かに一気に春って感じになってきたなあ」
俺達はその日、溜まりに溜まったジェムと素材とドロップアイテムを少しでも減らす為に、揃って冒険者ギルドへ向かっていた。
しばらくお城にこもってひたすら料理の仕込みと地下洞窟しか行っていなかった俺達は、久しぶりの外出にかなりテンションが上がっていた。
もちろんニニと子猫達、それからカッツェやいつもの留守番組は、揃ってお城でお留守番だ。
マックスも久し振りの外出に、ご機嫌で尻尾扇風機状態だ。
そして、いつもならばセーブルとティグとヤミーを先頭にして雪かきラッセル状態で進んでいたのだが、たったひと月ちょっとの間に庭に積もっていた雪は一気に減り、場所によっては地面の土や雪に潰されてぺちゃんこになった草が見えているくらいになっていた。
「へえ、雪解けはもっと遅いのかと思っていたけど、案外一気に進むんだな」
リアル雪国の生活初体験の俺にとっては、このバイゼンでの暮らしは、何もかもが驚きの連続だよ。
「この時期なら少し郊外へ出ればまだまだ雪も多いが、もう後は降ったところで大した事はないから溶けるだけだよ。まあ、場合によっては多少寒の戻りがあって、花が咲く時期に突然寒くなって雪が降る、なんて事もあるけどな」
笑ったハスフェルの説明に、周囲を見回していた俺も納得して頷いた。
確かに、俺の元いた世界でも桜が咲く頃になって、いきなり気温が下がって雪が降ったなんて事が何度かあったよ。
まさかの、満開の桜の花に雪が積もる映像をニュースで見て驚いた覚えがある。
確か、うっかり冬物のコートやセーターをクリーニングに出してしまって着るものが無くて、翌朝の通勤時に震え上がったんだっけ。
「まあ、それでも三寒四温。どんどんと暖かくなるだけだもんな」
案外ひんやりとした風に軽く身震いをして、襟を引き上げながら笑ってそう呟く。
「そうだな。風はまだ冷たいが日差しはもうすっかり春だなあ。そう言えば、バイゼンから南へ真っ直ぐに伸びる街道。ダリア川を越えてカデリー平原を横断して、最終的にはゴウル川沿いにあるターポートの街まで続いている通称西街道だが、バイゼンからウォルスの街の間は、桜並木がずっと続いていているんだよ。あの街道の春は、一見の価値ありだぞ。一面ピンクに染まって、そりゃあ綺麗なのさ」
「確かにあれは綺麗だよな。街道沿いの水路も、あの時期は一面ピンクに染まるからなあ」
ハスフェルの言葉に、うんうんと頷きつつギイもそう言って笑っている。
「へえ、桜並木があるんだ。それは絶対に見たいなあ。上手く満開の時期に行けたら最高じゃないか」
異世界まで来て満開の桜並木が見られるなんて最高じゃあないか。ちょっと途中で止まって昼から花を見ながら一杯飲めたら、もう最高じゃね?
間違いなく目の前まで来ている春の楽しみに心躍らせつつ、ようやく見えてきたアッカー城壁を見た。
「ううん、この辺りはまだまだ雪が残っているなあ。見事に、日の当たる場所と日陰になる場所で雪の溶け具合に差が出ているよ」
見上げるほどに巨大なアッカー城壁は、当然だが影になる部分も大きい。
城壁沿いの影になった部分に積み上がっている、まだまだ積もった形のまま固まっている雪の山を見ながら、苦笑いする俺だったよ。
「おお、街の中もかなり雪は減っているなあ」
久し振りの街の中は、思ったよりも雪が少なくて道が広々としている。
結局、大雪で俺達がスライム達を引き連れて出動したのはあの一回きりだったんだけど、街の人達はちゃんと覚えていてくれたみたいで、途中に何度も名前を呼ばれてスライム達に改めてお礼を言われた。
「へえ、スライムを連れた人がいる。二匹だけって事はテイマーなのかな?」
途中に通りがかった店先で、道の端に積み上がった大きな雪の塊を処理しているスライム達を見つけて思わずマックスを止めた。スライムに紋章は無いから、どうやらあの子達のご主人はテイマーのようだ。
まだ若いその男性は、時折スライム達に声をかけながら、それはそれは真剣な様子で雪の山を見ている。
「ああ、この時期にしては雪が少ないと思ったら、そういう事か。スライム達を連れたテイマーに、定期的に処理をさせているのか。考えたな」
感心したようなハスフェルの言葉に、その男性が慌てたようにこっちを振り返った。どうやらハスフェルの声が聞こえたみたいだ。
「ああ! 魔獣使いのケンさんですよね!」
その男性は、よく見るとおそらくはまだ十代と思われ、青春の象徴であるニキビだらけの頬をしている。
「あ、あの! 僕、まだスライム二匹だけしかテイム出来ていないんですが、魔獣使いになるのが夢なんです! どうしたら、もっとたくさんの子達をテイム出来ますか?」
目を輝かせて駆け寄って来たその男性は、マックスを見て歓声をあげた。
「うわあ、すごい! ヘルハウンドの亜種だ! すごい! 他にもいっぱいいる〜〜〜!」
ちょっとマックス達が揃ってドヤ顔になっていて、俺は笑いを堪えるのに苦労していた。
「ううん、まだあんまり力は強くは無いねえ。魔獣使いになれるかどうかは、ぎりぎりって感じかな。なれるかどうかは本人の努力次第ってところだね」
マックスの頭に座ったシャムエル様の言葉に、少し考える。
「本人の努力って、具体的には何をするんだ?」
小さな声でそう尋ねると、振り返ったシャムエル様はそっとマックスの頭を撫でた。
「まず、自分の従魔と、どれだけ心を通わせられるかってところからだね。従魔達側が寄せてくれる信頼と愛情、そして主人の側から従魔達に寄せる信頼と愛情。それらが均等であればあるほど、魔獣使いの力は少しずつだけど増していくんだよ。そうすれば、いずれはもっと強い魔獣やジェムモンスターもテイム出来るようになるね」
「へえ、成る程ねえ」
納得して、自分がここまで強い力を得られた理由がちょっと分かった気がした。
「頑張って従魔達と仲良くな。君がちゃんと従魔達に信頼と愛情を寄せれば、間違いなく従魔達もそれ以上の真っ直ぐな信頼と愛情を君に寄せてくれるよ。いわば相思相愛になれば、もっともっと強くなれる、かもな。まずは、今いる従魔達を大事にするといいよ」
笑った俺の言葉に、その青年は目を輝かせて何度も頷いた。
「ありがとうございます! もっともっと従魔達と仲良くします!」
「頑張ってな!」
笑って手を振ると、雪の塊の上にいた二匹のスライム達がビヨンと伸び上がった。
「ご主人の事大好きだもんね〜〜〜!」
「ね〜〜〜!」
どうやら既に相思相愛みたいだから、大丈夫そうだな。
笑って手を振ってその場を後にした俺達は、街の人達に声をかけられつつ、ギルドへと向かったのだった。