俺の知識と料理三昧
書きながら、ガリ版印刷とか青焼きとかって、読者の皆様は知っているのかなあ……と、ちょっと遠い目になった、バリバリ昭和生まれの作者でした……皆、知ってるよね?(震え声)
「まあ、そんなところかな。インクの詳しい成分なんかまではさすがに知らないけど、結構粘着性のあるインクだった覚えがあるなあ」
「ああ、それはこちらで研究します。大丈夫ですからご心配なく」
「それで、その手書きの文字が印刷出来るのだという、ガリ版印刷についてもう少し詳しくお教えいただけますか!」
「うええ、それは俺も詳しくは知らないよ。ええとなんだったけ……確か、薄い紙に蝋を引いた原紙に、先の尖った鉄筆で書いたら蝋の部分が削れるんだったはず。それで、蝋が無くなった部分からインクが滲んで、当てた紙に文字が印刷出来る仕組みだったったはず。ごめん、俺も聞いただけで実際に使ったわけじゃあないからあまり詳しくは知らないです!」
活版印刷のご主人から聞いた程度で俺も実際の現物は知らないので、分からない事は正直に申告している。
「それでも印刷の仕組みが分かれば充分です。ありがとうございます!」
嬉々として目を輝かせながらメモを取っているケンタウロス達。ごめんよ、こんな中途半端な知識しかない奴でさ。
でも考えたんだけど、パソコンの知識や運転技術なんかこっちでは何の役にも立たないから、俺自身が持っている知識なんて、どう考えてもたかが知れているんだよな。特にそれをこっちで完璧に再現するなんて、マジで無理ゲー。
岩豚トンカツで作る、ソースカツサンドと味噌カツサンドとシンプルキャベツ入りカツサンドを大量生産しながら、三人のケンタウロス達に、とにかく、俺の知っている印刷技術や製本の話を思いつくままにつらつらと話して聞かせていた。
なんでも、今回長老と一緒に来ていたケンタウロスのお二人は、こういった技術的な、特に印刷に関する知識や経験が豊富で、郷では緻密な木版画を作っている職人さんなんだって。
彼らも、全く知らない印刷に関する知識を知ったもんだから、まずは活字を作るには誰に頼むか、俺の中途半端な知識を元にしてガリ版印刷の原紙を作るにはどうすれば良いか、なんて話で長老も含めて三人でめっちゃ盛り上がってたよ。
なんて言うか……どこの世界でも、職人って自分の知らない知識を得ると盛り上がって燃えるんだよね。絶対に物にしてやるぞって感じでさ。
でもまあ、これは俺がこっちの世界にもたらした知識になるんだろうけれど、別に誰かに迷惑をかけるような事にはならないだろうから、良いよな?
例えば、鉄砲や火薬作りの技術なんかを仮に俺が知っていたとしても、それは絶対にこちらの世界に俺が教えてはいけない知識な気がする。こちらの人がそれに気付いて新たに作り始めたのならいざ知らず、俺が教えるのは絶対に違うよな。
そもそもこっちの世界では、科学技術や石油産業の代わりに、魔法があってジェムがある。
実際にこの世界を裏から守ってくれる創造神様を始め様々な役割を持った神様達がいて、世界には果てがある。
俺のいた元の世界とは、根本的に成り立ちそのものが違う。だから、似た世界ではあるけれども全く同じではないんだよな。ここのところは絶対に忘れてはいけない部分だと思う。
水が豊かで平和なこの世界の軍隊には、街道の警備と消防を含む街の中の治安維持。それから野生動物をはじめとするジェムモンスターや魔獣達から街を守る、いわゆる警備のお仕事だけをしていて欲しい。
彼らが戦う相手は、ジェムモンスターや魔獣だけでいいよ。
何だか果ての無い事を頭の中で延々と考えつつ、スライム達には茹で卵でマヨ卵を大量に作ってもらい、タマゴサンドも大量生産しておく。今回は、食パンとコッペパンを使って作ってみたよ。マヨタマゴ入りのコッペパン、いわゆるタマゴドッグも美味しいもんな。
もちろんシャムエル様は、ガンガン出来上がっていくタマゴサンドやタマゴドッグのお皿の横で、ずっと大興奮の高速ステップ状態だったよ。
今回はお椀にちょっとだけ残ったマヨ卵を最後に舐めさせてやったら、興奮のあまり尻尾が五倍くらいに膨らんで、長老達と一緒になって大爆笑したよ。
もちろん、五倍尻尾様は心置きなくもふらせていただきました!
その後は、在庫を確認しつつ減っているサンドイッチを色々作ったり、適当おかずを色々作ったり、もちろんミルクをもらって熟睡するタイミングで、子猫達を撫でて一緒に遊んだりして過ごした。
昼食は、焼きおにぎりを作ってだし巻き卵とお味噌汁、それから湯豆腐を一人前、小鍋で作ってシンプル和食を食べたよ。湯豆腐の小鍋に湯葉をちょっと揉み込んで入れたらなんだかすごく豪華になったので、俺的には大満足だったよ。
シャムエル様は、湯豆腐はちょっと物足りなそうにしていたので、さっきのカツサンドで出た半端の岩豚トンカツの切れ端を出してあげたら一気にご機嫌になっていた。
「うう、あれは俺が後で冷えたビールと一緒におつまみ代わりに食べようと思っていたのに、シャムエル様に食われちゃったよ」
苦笑いしながらそう呟くと、かけらを齧っていたシャムエル様が驚いたように手を止めて俺を見上げた。
「じゃあ、一つあげるね。はい、どうぞ」
山盛りの切れ端の中から一つ摘んで差し出してくれる。あの山から一つだけって……。
「あはは、そりゃあどうも。じゃあ遠慮なくいただくよ」
まあ、神様がくれると言うんだから、ここはたとえ切れ端一つだったとしても有り難く貰っておくべきだよな。
そう考えて、笑って受け取り口に放り込む。切れ端とは思えないくらいのジューシーな甘い油の味が口いっぱいに広がる。ううん、やっぱり岩豚トンカツはどこを食っても美味いよな。
笑ってサムズアップするシャムエル様に俺もサムズアップを返し、残りの焼きおにぎりを口に放り込んだ。
その後は、午後からも時折休憩しては熟睡している子猫達にこっそり添い寝などしつつ、在庫と相談しながらせっせと料理を作って過ごしたのだった。